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クロード

 年も明け、ミモザの花が鮮やかな黄色で咲きはじめると、ようやくパリにも春がおとずれた。

 マリナは相変わらず夜のカフェバーの仕事をしていたが、なんとか占い師として独立するため、パリ市内の天使のショップで占いのアルバイトを掛け持ちしていた。

 お店のオーナーがカフェバーでマリナのタロットを見て能力を高く評価してくれたのがきっかけだった。

 そんなある日、マリナの占いの噂を聞きつけ、クロードという起業家が天使の店にやってきた。

 クロードは四十代という若さでIT関連の会社を幾つか経営する実業家だった。彼はセキュリティソフトの分野で新しいプログラムを開発し、一気にシェアをひろげ、瞬く間に一代で成り上がったのだ。

お店でマリナがカードの整理をしていると、クロードがにこにこしながら声をかけてきた。

「ここにマリナさんという占い師がいると聞きましたが、いらっしゃいますか?」

 若いが物腰が柔らかい紳士が入り口を少し入ったところに立っていた。

「わたしがマリナですが」

 マリナは仕事の手を休めその紳士の方に向き直った。

「あなたが?」

 クロードはわざとらしく大げさにびっくりしてみせる。

「はいそうですが……」

 マリナはお客とはいえ、怪訝な顔をした。

「占い師さんだから、魔法使いのおばあさんをイメージしていましたが、こんなに美人さんだなんて思いもしませんでした」

クロードは持ち前の笑顔で悪びれもせずペラペラ喋る。

 魔法使いと言われても悪い気はしなかった。

「イメージにそぐわなくて失礼しました」

マリナも羽振りの良さそうなお客だったので言葉とは裏腹に笑顔でこたえた。

「初めまして、クロードと申します」

クロードはかんたんに自己紹介すると、さっそく占ってほしいことがあると申し出たので、マリナは店の奥の鑑定ルームに彼を案内した。

 鑑定ルームとは言ってもテーブル席にコロナ対策の透明な間仕切りを立てただけの簡素な場所だった。

「あなたの占いはよく当たると私の仲間うちでは有名ですよ」

 クロードは大げさに両手を左右に広げる。

「ありがとうございます。お知り合いの方はどこで私のことを?」

 事務的に相手をするマリナ。

 この手の接客は手慣れたものである。

「モンマルトルのバーで。普段あなたはそのお店にいらっしゃるのですか?」

 クロードは無遠慮に細かいことを訊いてきた。

「そうです。そのバーで占いを始めたんです」

 マリナは相変わらず素っ気なくそれでいて微笑みを忘れないで接客した。

「もったいないですね。貴女のような才能あるかたが。ご自分でお店をもたないのですか?」

 クロードの遠慮無い質問が続く。

「もちたいのですが、今はまだその時期ではないと。ところで今日はなにを占いましょうか?」

 マリナは真顔になり話の本題に入った。

「実はこれから新しい事業を立ち上げようと思っているのですが、はじめるタイミングはいつがいいのか、今予定しているパートナー企業で大丈夫なのか、わかる範囲でかまいませんので鑑定していただきたいのです」

 クロードはテーブルに身を乗り出し両手を組む。

マリナはクロードの出生データや会社の設立年月日などの基本的なデータを教えてもらい、パソコンでホロスコープを作成。新規事業のタイミングなどを詳しくアドバイスした。次にタロットカードでパートナー企業に悪意や隠し事はないかリーディングした。

「クロードさま。今は星の後押しがありますから、新規事業の計画は今年中に立ち上げるのがベストです」

 カードやホロスコープを真剣に見比べながら、マリナはアドバイスを続ける。

「年内ですね。実はパートナー企業との交渉がまとまり次第すぐにでもスタートしようと思っていたところです」

 クロードは嬉しそうに両手をひろげてみせた。

「そのパートナー企業さんですが、きちんと財務内容を確認しましたか? カードはその企業に不正があると警告しています。別の提携先をみつけたほうがいいかもしれませんね」

 マリナは顔を曇らせ心配そうに眉間にシワを寄せた。

「まさか! あの会社はフランス国内でも有数の優良企業ですよ」

 とんでもないと言わんばかりにクロードはその会社を擁護する。

「そうかもしれませんが……わたしはただカードの結果を伝えているにすぎません。このカードがそう警告しているので」

 マリナは自信たっぷりにカードの上で右手を広げた。

クロードはしばらく考え込んだあと、

「わかりました、もう一度よくリサーチしてみます」

そう言ってマリナに鑑定料とは別に謝礼を渡しお店を出ていった。

 マリナは玄関までクロードを見送ると、彼は待たせてあった黒いシトロエンの高級車に乗りパリの街に消えた。


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