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プロローグの墓場

すり鉢とすり粉木 ─しゃべれる万能魔道具です─

作者: 調彩雨

※導入のみ存在する未完作品です

 いまを逃したら、次の機会が来るとは限らない。

 そんな思いに駆られて、手を伸ばしていた。

「あ、の!」

 薄汚れたぼろぼろの子供が、綺麗に洗濯され、火熨斗もされた服を掴んだと言うのに、男はわたしを蹴り飛ばすこともなく、ただ、見下ろした。

「なんだ?」

「その、すり鉢と、すり粉木っ」

「すり鉢とすり粉木?」

 心臓が、どきどきと暴れ回る。緊張に、息が上がり、胃の中身どころか、胃、そのものを吐き出してしまいそうだ。そもそも、胃の中身なんて胃液くらいしか入っていないけど。

「そう。すり鉢とすり粉木、要りませんかっ!?」

「くれるのか?それとも、商売の話か?」

 男は長身を折り畳んでしゃがみ込み、わたしの顔を覗き込んだ。間近で見た男の顔の、あまりの美しさにほうけそうになる。義母はははこの国いちばんの美人だなんて褒めそやされているようだが、この男の方が、ずっと美しい顔をしている。

「しょう、ばいの、話、です」

「そう。おれが買うに値する良品を、差し出せると言うか。いま持っておるのか?どれ?見せてみよ」

 こんなみすぼらしい子供の言葉を、この男は信じてくれると言うのだろうか。それとも、単なる暇潰しだろうか。

 それでも、ここを逃げ出したいわたしは、この藁にすがるしかないのだ。

「わ、わた、し、です!」

「は?」

「わたしが、すり鉢とすり粉木になります」

「どう言うことだ?」

「あ、の、えっと」

 幸いにも、ここは街外れの公道。道端の雑草ならば、わたしが摘んでも怒られない。貴重な食糧だ。

 適当な雑草を引っ掴んで引き千切り、男に見せる。

「見ていて、下さい」

 握った手を開けば、ふわりと草は浮き上がり、

「ほお……」

 片眉を上げる男の前で、脱水され粉々の粉末になった。

「どんなに硬いものでも、粉砕出来ます。抽出や分離、調合や混合も、お任せ下さい」

「どれ、その粉を渡してみよ」

「はい」

 男が出した手に、雑草だったものの粉末を乗せる。それを眺めたり触れてみたりした男は、ふむ、と頷いた。

「確かに、さっきの草が粉末になっておるな。脱水はされているが、熱変成もしていないと見える。しかし、どんな硬いものでも、と言う割に、ずいぶんとやわいものを見本に選んだようだが?」

「それは」

 世の中には、脆い石、と言うものも存在する。チーズを岩と偽って粉砕し、巨人を騙す男もいるくらいだ。

「石を砕いても、イカサマだと思われたら、意味がないので」

 いままさに生えていた雑草ならば偽りようがないし、強度も知れている。適当に拾って見せた石より、信頼されるかと思った。

「なるほど?では、これを砕いてみよ。砕いたあとは、この瓶のなかに」

 ぽいと気軽に渡されたのは、鋼玉コランダムと薬瓶。それも、鶏卵ほどの大きさのある、鮮やかな赤色の紅玉と、気泡や歪みのひとつもない、空気のように透明な瓶だ。

「これ、宝石、じゃ」

 綺麗に切り出して磨けば、高額で売れるはずだ。粉砕して粉にするなど、正気の沙汰ではない。

「構わん。やれ」

「で、でも」

「うちの使い魔がしょっちゅう吐き出すから有り余っておる。気にせず砕け。それとも、なんでも粉砕出来ると言うのは偽りか?」

 天然の大粒石と、極小の屑石を継ぎ合わせて偽造した大粒石では、価値が全く異なる。ハンプティダンプティと同じ、砕いたら取り返しがつかないのだ。

「嘘では、あの、あとで、弁償とか、言わないで、下さいね?」

「言わぬ。ほれ、やらんか」

「わかりました」

 砕こうとして、止まる。

「どうした?」

「ええと、どのくらいの、大きさが、良いですか?粒は、揃っていた方が?」

「おお、そうだな。おぬしが先ほど砕いた草、あれの半分の大きさで頼む。粒は出来るだけ揃えてくれ」

「わかりました」

 頷いて、腹をくくる。どうせわたしには後も未来もないのだ。もし弁償を求められたら、働いて返すとでも言って連れて行って貰おう。

 しかし、この大きさの宝石など、父も義母も義姉あねも持っていないはずだ。妹辺りは、誰かに貢がせているかもしれないが。

 腹をくくったとは言え、畏れ多さに手が震える。意識して、息を深く吐き、心を落ち着ける。

 ふわりとわたしの目の前に、紅玉と瓶が浮く。

 細かく。そして均一に。

 さらさらと、紅玉は砕けて、瓶の中へと収まった。

 ああ、砕いてしまった。

「出来ました。どうぞ」

 瓶を差し出せば、受け取った男が目を細める。

「大きさだけでなく、粒の形状まで均一、か」

 まずかっただろうか。

「いや、これで良い。大きさや形を不均一に砕くことも出来るのか?」

「出来ます」

「大きさをそろえて、形だけ不均一にすることは?」

「出来ます。その逆も」

「ほうほう」

 瓶を振って中身を揺らしながら、男が頷く。

「おれに売りつけようとするだけあって、おぬしは優秀なすり鉢とすり粉木のようだのう。さてしかし、そなたを買うとはどう言うことだ?おれの弟子か、助手にでもなりたいか?」

「いえ。一緒に、連れて行って貰えれば、それで。その、しゃべれる便利な道具とでも、思って下さい」

「ほほう」

 すがめた目で、男はわたしを眺める。顔の造作だけでなく、目も髪も肌も綺麗だ。

 不意に、男がひょいと立ち上がる。上背はあるのにひどく華奢で、針金のような男だ。

「いくらだ」

「え」

「そなたを買うと言っておる。値を教えよ」

 値段。

「もしや考えていなかったのか?」

 呆れた顔をした男が、息を吐いて懐から袋を取り出し、わたしの手に乗せる。

「ほれ」

「え、あ」

 揃えた両手に乗るほどの小さな袋だ。けれどずしりと重たい。

「金貨二百枚」

 きんか、にひゃくまい。

「鉱物を砕くためのすり鉢の相場だ。覚えておけ。最高級品だとそのくらいはする」

「は、い。わかりました」

「それと」

 針金のような男に、ひょいと、本当に軽々しく、持ち上げられる。

「おれは道具にこだわる。使う道具で、格が量られるゆえ」

 やっぱりいらないとでも、言う気だろうか。

「一緒に連れて行くだけで良いとおぬしは言ったが、おれがちっとも良くない。道具の手入れはするぞ。そなたは、おれの道具になったのだ。そのように襤褸ぼろを着て、痩せ細って、いられると思うな」

「そんな、あの、お金も頂きましたし、自分の世話は自分で、」

「道具が生意気な口を聞くな」

「す、すみません」

「それから」

 まだ言うか。

 もしや相手を、失敗した、だろうか。

「そなた、名は」

「え、いえ、あの、わたしは、道具、なので」

「道具だろうがしゃべるならば、名がなくては不便であろう。名乗れ」

 わたしの、名前、なんて。

「ユーノー」

「ユーノーか。良い名ではないか。おれはカイルだ」

 男が目を細めて、わたしを見る。

「近しいものに敬称で呼ばれるのは好きでない。カイルと呼べ」

「──、」

 反論しようとして、けれど、反論すればまた嫌がられるだろうと思ってやめる。呼ばなければ、なにも問題はないのだ。

「わかりました」

「ん?」

 やっぱり、失敗したかもしれない。

「わかりました、カイル」

「よろしい」

 カイルは満足げに頷くと、歩き出す。

「そなた、ここの領主の血縁だな」

「ご存知で」

「いや?だが、領主に挨拶はされたゆえな。血の繋がり程度ならばわかる」

 ふむ、とカイルは頷いた。

「そなた、良い母を得たのだな。己の幸運に感謝せよ」

「はい」

「素直でよろしい。さて、おぬしは不本意であろうが、父親は父親であるからな。そなたを貰い受けると、挨拶だけはして行く」

 思いのほか、そのあたりは几帳面らしい。

「お手間を」

「あとから文句を言われる方が面倒だ。手間の分、役立てばそれで良い」

「ありがとうございます」

「ふむ。礼が言えるものは好ましいぞ。大抵の道具はいくら手を掛けてやっても、礼のひとつも言わぬからな。まあ、その分、働きで返すから構わんのだが、礼を言われるのは気分が良い。しゃべる道具と言うのも悪くないな。我ながら、良い買い物をした」

 どうやら気に入ってくれたらしく、ふんふんと鼻歌さえ歌い出す。

「そなた、すり鉢とすり粉木としても十分優秀だが、しゃべれると言うところも売りにすると良い。挨拶と礼はしっかり述べるのだ。良いな?」

「わかりました、カイル」

「そう。賢いな。名も呼ぶのだ。それで良い」

 もしやこんな飄々とした雰囲気で、実は寂しがりだったりするのだろうか。

「はい。あの」

「なんだ」

「これから、よろしくお願いします、カイル」

 たぶん喜ぶだろうと思って告げた言葉は、やはり正解だったらしい。

「うむ」

 頷いたカイルは、とても満足そうだった。

未完のお話をお読み頂きありがとうございます


ここから旅ものになるはずだった

旅ものは読む専門の作者だったのであえなく断念

読むのは得意なのですけれどねえ……

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