第9話 放課後に、デート〈1〉
始業式は色んな先生の話だけでなくて、春休みの間に行われた大会の表彰もあった。
そこで初めて、梅井さんがテニス部ということを知ったりした。
その後はクラスでアイスブレイクをして、今年度初日ということもあり、午前のうちに放課後になった。
ちなみに、柚奈が自己紹介のときに「悠太とは幼稚園のころからの幼馴染です」とみんなに言ってくれたから、俺たちに向けられる奇異を見るような目線は減った。
もちろん、隠すべきことは隠していた。
「明日もちゃんと来いよー」
先生がそんなことを言いながら、教室を出ていく。
するとすぐに、教室が騒がしくなった。
もともと仲良い人と話している人もいれば、新しい友達を作ろうとしている人もいる。
俺はというと、現状維持で良いというスタンスだ。
「悠太、ちょっと良い?」
朝も聞いた声が聞こえてきた。
同じ家に帰るのだから、その後するのかと思っていたが、早いめにしておきたいのかもしれない。
「もう3時間か?」
「いや、そうじゃなくてさ。まあそれもしないとなんだけど……」
「――――?」
はっきりしない返答をする柚奈を、俺は不審に思って首を傾げる。
すると柚奈は小声で耳打ちしてきた。
「これからずっと住むんだから、わたし用のカトラリーとか食器とか、欲しいなーって思って」
俺の耳元から顔を離した。
クラスメイトにこんなことを聞かれれば、質問攻めにされるに決まってる。
だからみんなに聞こえないようにしたのだろう。
「あぁ、分かっ――」
「――でさ、一緒にショッピング行こっ」
いやいや。
なんでその部分は、普通の声量で言ってしまうのか。
さっきまでコソコソ話していたのは、あくまで同居しているのを隠すだけだったのだと思い知らされた。
柚奈の発言に気づいた人は、こちらを不思議とか羨ましいとか、そんな顔で見てきている。
気づいていない人も、変な空気を感じ取って何事かと教えてもらっている様子だ。
もういいや――。
「そうだな、行こう」
周りのことは気にせずに、俺は普通に賛成した。
俺たちは最寄り駅の前にあるショッピングモールにやってきた。
「柚奈とここに来るのも久しぶりか」
「うん、そうだね。前は確か、中2のときだったっけ」
「あぁ、柚奈がお母さんに誕生日プレゼント買いたいって来た気がする」
「そうそう、そんなこともあったね」
思い出話に花を咲かせながら、雑貨屋が並ぶ三階に行くためにエスカレーターを目指して歩く。
あ、ひとつ思い出した。
「あのときは急にレジで『財布忘れたー』って言い出して、俺が代わりに払ったんだよな……」
「なんでそんな余計なことまで覚えてるのよ」
「そりゃあな、あのすごく焦ってる顔は忘れられないしな」
柚奈が不服そうな顔をする。
そんな姿まで、思わず可愛いと思ってしまう。
「わたしも悠太の恥ずかしいこと、色々知ってるんだからね。みんなにバラしちゃっても良いんだよ?」
「それはやめて欲しいな、俺も言いふらしちゃうかもだし」
「それなら、わたしはもっと言うから」
「じゃあ俺も――――」
子どもっぽい堂々巡りのケンカみたいで、なんだか可笑しくて、俺と柚奈は二人笑ってしまった。
そんなことをしていると、目的の階に到着していた。
柚奈はどのお店がいいか、悩みながらうろうろする。
俺はその後ろをついていく。
「ここ見てみよっかな」
「あぁ、良さそうな店だな」
シンプル系な雑貨が並んでいるお店で、店内の一角にはカトラリーコーナーがある。
俺たちはそこに向かう。
どんなのがいいかな――と呟いて、いろいろ物色している。
俺は口を出すわけにもいかなくて、隣を歩くだけだ。
そのとき、店員さんがやってきた。
「なにかお探しですか?」
「皿とか食器を探してて……」
「もしかして、彼氏さんへのプレゼントとかですか?」
店員さんは俺の方を見てくる。
なんの悪気も屈託もない、素晴らしい笑顔だった。
「いえ、彼の家に住みはじめたので自分用に欲しいんですよ」
「なるほど、そうだったんですね」
彼氏ってことを否定しないし、俺のことを『彼』って呼ぶから、完全に店員さんには同棲するカップルだと思われているだろう。
俺たちは制服を着ているが、あり得ないことはない。
店員さんの目が、より微笑ましい人を見る温かいものに変わった。
「こんなのとかどうですか?」
「あー、いいですね」
柚奈と店員さんが仲良く探しているから、俺は口を挟めない。
いつの間にか柚奈は会話を終えていて俺に、他の店も見てみよう――と言ってきた。
「分かった、行こう」
店員さんに提案されても買わなかったのは、やっぱり大阪生まれの魂を感じた。
結局3店舗ぐらい見て回って、はじめの店で気に入ったのを数点買っていた。
「また一緒に来ようね」
他にも必要な食器は、いつか買いに来るらしい。
次も俺も行っていいのだと、嬉しかった。




