第8話 学校では、隠れて〈3〉
教室の席は名前の五十音順に並んでいるから、俺と柚奈は必然的に離れてしまう。
俺たちはようやく別れて、それぞれ自分の席に向かう。
そして俺が席に座ると、待ってましたと言わんばかりに晴樹がこちらへと歩いてきた。
「おはよう」
「おはよう」
挨拶をするために晴樹の顔を見上げた。
やっぱり顔が良い。
別に好きとかでは決してないが、女子ウケしそうな髪型と顔をしている。
まぁ、晴樹には抜けているというか、馬鹿っぽいというか、そういうところがあって、そこまでモテているわけではないのがせめてもの救いだ。
だからこそ、俺は嫌にならずに、晴樹と友達でいられていると思う。
中学生のときの話だけれど、俺を置いてけぼりにして友達だけ女子にチヤホヤされるのは、かなり辛いものがある。
そんな経験も、晴樹ではあまり感じない、
だが事実、晴樹は何度か告白されている。
しかし、好きな人がいるからと全て断っているらしく、純情で羨ましい。
閑話休題。
目の前の晴樹が、なにか言いたげな表情をしている。
自分から言うのは何だか憚られるけど、ここは一つ、俺から言ってしまうべきかもしれない。
「そんな顔してどうしたんだ? 一応言っておくと、俺と柚奈はただの幼馴染だぞ」
「幼馴染……。それっていつからなんだ?」
「幼稚園ぐらいからだな。また話すようになったのは最近だけど」
晴樹は少し考え込んだ。
そして俺を見て、笑いながら言う。
「さっきはびっくりしちゃったじゃないか。女の影もなかった悠太に、彼女ができたのかと思ったよ」
女の影もないと堂々と言われるのは、それはそれで悲しい。
そういうちょっとしたことをぽろっと言ってしまうのが、晴樹の純粋ゆえの部分である。
でも、あらぬ方向に誤解されなくてひとまず安心だ。
「それよりさ、今年も一年間同じクラスだぜ。やっぱりオレ、運いいかもしれない」
「確かにな」
自信満々に言う姿が、なんだか面白かった。
/ / / / /
朝のホームルームは、担任の軽い自己紹介から始まった。
趣味は本を読むことで、主に小説だけど、漫画も時々読むらしい。
他にも色々、身の上話を含めて話していた。
今年の担任は、陽気な国語の先生で楽しそうだ。
そして15分後に始業式をするから、各自で体育館に集合しておいてと伝え、ホームルームは終わった。
早速体育館に向かおうかと、俺は席を立つ。
すると視界の端に、こちらに歩いてくる春樹が見えた。
目が合うと、手を挙げて俺にアイコンタクトを送ってくる。
おそらく、一緒に行こうということだろう。
しかし、それは背後からの手によって妨げられた。
俺の方をトントンと叩いてくる。
「悠太、ちょっと良い?」
「なんだ、柚奈か」
「なんだってなに? わたしで不服っ?」
「いや、そんなことはない」
口を軽く尖らせて怒ったように言うけど、顔は和やかで、本気で怒っているわけではないっぽい。
「始業式の前にしときたいんだけど……アレ」
「あぁ、そういうことか」
確かに、もうちょっとで2時間ぐらいが経つし、校長先生の話がどれだけ長いかも分からないから、今のうちにしておくべきだ。
でも、晴樹にはどう伝えたら良いだろうか。
考えながら晴樹の方を見ると、先を越された――みたいな表情をしながら、どうぞというジェスチャーをしてきた。
そのまま去ってしまったし、もう柚奈についていってしまおう。
「今、大丈夫?」
「大丈夫だ」
「じゃあ、ついてきて」
そう言って、柚奈は教室を出ていく。
「どこにいくんだ?」
「あっちの校舎のとこ。あそこ、ちょうど良いと思うし」
柚奈に連れられて到着したのは、とある人気のない廊下だった。
ここの校舎は理科室や調理室と言った特別な教室しかなくて、次が授業でない今は、誰一人ここに来ない。
言ってしまえば、ここは絶好のキススポットだろう。
「ここでしよ」
「あぁ、分かった」
側から見れば、かなりやばい会話をしているかもしれない。
でもそんなことは突っ込まずに、ただ柚奈の言うことを聞く。
「はい、お願い」
目を閉じてそう言ってきた。
昨日も一昨日も何度かしたけれど、制服のままするのは初めてだ。
だから余計にイケないことしているような気がして、土曜の最初のキスのようなドキドキがある。
学園ドラマの青春って感じがする。
しっかりと柚奈の顔を捉える。
髪がくくられているからか、頬が全く隠れていない。
そして雰囲気も変わっていて、色々と気になってしまう。
去年よく見た顔が、そこにはある。
俺は距離感を掴むためにも、柚奈の肩に手を置く。
しなやかで柔らかくて、大切にしたいと思わせられるものだった。
よし――。
俺は決心して、柚奈の頬に顔を近づけていく。
いつしか感覚がわかってきて、俺も目を閉じてするようになっていた。
…………。
キスを終えた後は、第一声に何を言えば良いのか迷う。
しかし迷っていると、先に柚奈が口を開く。
「ありがと」
「どういたしまして」
感謝されるほどではないと思うけど、ありがたくその言葉を受け止める。
少しの沈黙が生まれてしまうのは、しょうがないのだろう。
「それじゃあ、体育館に行こっか」
「そうだな」
柚奈が俺の前を歩きはじめた。
俺は取り残されないように、早歩きをして柚奈の隣に並ぶ。
「もし、わたしたちがしてるのを誰かに見られてたらどうする?」
「どうするって言われても……」
言い訳をしたら良いじゃないか――。
そう言おうと思ったのだが、それだけでは信じてくれるわけないし、事態は解決しないだろう。
梅井さんみたいな人なら尚更、どうにもならない。
俺はこれではないと、言うのをやめた。
悩んでも答えは見つからない。
「やっぱりバレないのが一番だよね」
「あぁ、バレなけりゃいいもんな」
俺たちは考えるのをやめて、隠し続けることを決めた。




