第5話 屋根の下、柚奈と〈3〉
風呂に入ったり、歯を磨いたりして、寝るためにベッドに行くまでの暇な時間になった。
俺と柚奈は、土曜の夜の定番バラエティー番組を二人ソファで見ている。
色々なことを思い返してみる。
たくさんのことがあったかなり濃い一日も、もうそろそろ終わり。
そう思うと、なんだか寂しい気もした。
「そうだ、悠太。わたし、今日はどこで寝たらいいのかな?」
「あー、そうだな……。お母さんたちの部屋にベッドがあったから、それ使ってくれたらいいけど」
「なら、使わせてもらおうかな」
「そういえば――」
俺はさっきから疑問に思っていたことを、柚奈に聞こうと思った。
「寝るのって、どうするんだ? もしかして、寝てる最中も、アレはしないといけないとかじゃ……」
「いやいや、そんなことはないよ。ベッドとかで寝ているなら、3時間経っちゃっても問題ない。でも起きるときには、キスして起こしてもらわないとダメだね――」
なるほど、そういうことか。
キスで起こす――とは、どこかで聞いたことのあるお話みたいだ。
しかし、俺が寝過ごしたら、柚奈まで一緒に遅刻する羽目になる。
それは、ちょっと、荷が重すぎる。
でも――。
「分かった。俺が責任持って起こさないといけないんだな」
「まぁ、そういうこと。わたし、悠太頼りにしてるから、お願い」
「もちろん、期待に応えてみせるよ」
「ありがと、わたしのためにそんなにしてくれて」
「いえいえ」
それにしても、柚奈は「わたしのため」やら「お願い」やら、下から来すぎている気がする。
柚奈が悪いわけじゃないんだから、もう少し気楽にお願いしてくれたらいいと思う。
でも、わざわざ口に出すほどじゃないと、これは言わないでおいた。
前のキスから3時間経たないうちに、柚奈は「おやすみ」と言って、ベッドのある部屋に向かっていった。
一人になったリビングで、ただソファに座る。
一軒家に一人という、空間を持て余していた感じも、柚奈が来てなくなった。
基本的に自分の部屋で生活していたが、今日の午後は主にリビングで過ごした。
今の段階でもかなり生活が変わった。
これからもっと変わっていくかもしれない。
不安はほとんどなく、期待ばっかりで満ちている。
/ / / / /
次の日、俺はベッドの上で目を覚ました。
うるさいアラームを消して、時間を確認する。
時計は8時ちょうどをさしていて、予定通りに起きれたようだ。
「あー、そうだった」
重いまぶたをこすりながら、二つ隣の部屋にいる柚奈を思い出した。
昨日、8時ぐらいに起こしてと伝えられたから、柚奈を起こしに行かなければならない。
しかも、キスで――。
二度寝をしたかったが、ベッドから降りて部屋を出る。
そして柚奈がいる部屋に入った。
柚奈はベッドで、寝息も立てずに寝ている。
寝ているというよりも意識がないのだけれど、まあ同じことだろう。
本当に、柚奈と生活をともにするのが俺でよかったのか。
こんな無防備でいて、可愛い顔を晒していて、俺になんの感情も湧かないわけがない。
柚奈が俺を信用してくれてのことだし、手を出したりはしないのだけれど、悶々とした気持ちになる。
寝顔というものは、予想以上にすごいものなのだと思った。
「じゃあするか」
一度ふっと深呼吸して、心を落ち着かせる。
「よし――」
自分に発破をかけ、ベッドの脇の、柚奈の顔に一番近いところに立った。
不安になって怯んでしまう前に、顔を柚奈の頬めがけて近づける。
唇を触れさせて、少しするとすぐに離した。
「おはよう」
そう言いながら、柚奈の肩をぽんぽんと優しく触る。
「んっ――。はぁ」
寝ぼけた声を出しながら、柚奈は目を開けた。
いつもと違うベッドに違和感を持っているのか、周囲を一瞥して確かめている。
そして俺と目が合うと、「あっ」と言って軽く笑った。
「悠太、おはよう」
「おはよう。柚奈」
無事にキスで起こすことができた。
俺は一安心した。
すぐに部屋を出ていくのはなんだか嫌で、柚奈が完全に目を覚ますまで待ってみる。
うまく呂律を回せていないが、横になったままの柚奈は話し始めた。
「起きたら悠太がいるなんて、なんか新鮮。お泊まりとかなら小学校の低学年ぶりかな」
「そんなのしてたっけ?」
「覚えてないの? わたしはちゃんと覚えてるのに――」
「ごめんごめん」
「もう……」
少し柚奈の機嫌が悪くなった。
でもすぐに元の声色に戻る。
まだ眠たそうな声ではある。
「まぁ、いいけどね」
少しの沈黙のあと、不意に柚奈が俺の方へと手を伸ばしてきた。
意味がわからなかったが、とりあえず手を掴んだ。
しかしそれ以上はなにをしたら良いのか――。
なにもせずにいると、痺れを切らして柚奈は口を開いた。
「起こして。引っ張って」
「……あぁ」
急に甘えたみたいになって、どうしてしまったのか。
多分、寝ぼけていておかしくなっているだけだろうが、不思議な感覚なのは間違いない。
俺は柚奈の腕を引っ張った。
軽い柚奈の身体は、簡単に上半身を起き上がらせることができた。
すると柚奈は脚をベッドから落とさせて、ベッドに座っている形になる。
だが、再び動かなくなってしまった。
「…………」
俺はもう一度腕を引っ張って、柚奈を完璧に立たせた。
「下、行くか」
「うん。行く」
俺たちは一緒に部屋を出て、一階へと階段を降りていった。
今日は、柚奈の家から荷物を取りに来ることになっている。
俺もついて行って、手伝う予定だ。
3時間に一回の非日常があるけど、それ以外は平和な一日が始まった。




