第2話 キスして、お願い〈2〉
柚奈はすぐに目を覚ました。
どうやら、キスされた瞬間に意識を取り戻すらしい。
「悠太、どう?」
真っ先に俺の方を見て、質問してくる柚奈。
親子で全く同じ聞き方をしているのが、なんだかおかしかった。
「本当だって、分かった――。ごめん柚奈、疑ってしまって」
「いや、いいよ。ほんとはね、信じるわけないって思ってたから」
柚奈がソファに座って、俺が前に立つという形で話しているから、柚奈の顔は少し上を向くことになってしまう。
その見上げる視線で、良かった――と言ってニカっと微笑むのが、とても可愛かった。
なぜさっきまで柚奈を信じていなかったのかと、5分前の自分が嫌になってしまいそうだ。
「じゃあ、お願いがあるんだけど。いいかな?」
「もちろん」
申し訳なさで、柚奈のお願いならなんでも聞き入れてしまうかもな。
「わたし、今日からここに住んでもいい?」
「もちろ――、え?」
すんでのところで踏み留まることができた。
柚奈は、なにを言っているのか。
多分、柚奈母が『これからどうする』と漏らしたのは、このことなのだろうけど。
全く分からない。
「そして、わたしと3時間に一回……」
柚奈は首を動かして、視線を左斜め下に落とす。
そして熱い頬を冷ますように、右手で右頬に軽く触れながら、目だけをこちらに向けてきた。
「キス、してくれたらな――って」
なるほど。
いや、でも、それは柚奈の両親がすれば解決する問題ではないのか?
そんな疑問はお見通しのようで、柚奈母が俺の隣から付け加えて言う。
「私が何かできたらいいんだけど、学校で倒れたりしちゃわないように、誰か同級生には頼まないとダメなの」
「それなら女子とかでもいいんじゃないですか?」
学校で何人かの友達と仲良く話しているのを見たことがある。
だから名案だと思ったのだが、すぐに「いや、それがね――」と否定されてしまった。
「私もパパも、土日に仕事があったりするし、その人の家に住んだ方がいいんじゃない? ってなって、これを頼めるのは、昔から親しい月城さん家だけなの」
「俺はいいですけど、柚奈はいいのかどうか」
俺は柚奈の様子を窺ってみる。
柚奈は何も気にしていない様子でいた。
キスという単語を言うときにだけ恥ずかしがるのだろうか、とても不思議な人だ。
「悠太なら大丈夫だよ。変なこともしないでしょ」
「まぁ、しないけども……」
俺は簡単に手を出すような男じゃない。
暴露してしまえば、柚奈はとても可愛いと学年でも知られているし、俺は柚奈のことが好きだけれど、自制することぐらいできる。
それに、柚奈が俺のことをどうも思っていないのは、この状況を見れば分かる。
「ならいいじゃん、ね。私の生活――人生が掛かってるの」
そんなことを言われれば、俺は弱くなってしまう。
人生というのが、決して大袈裟なことではないのは俺でも分かるからだ。
俺は決断しないといけない場面に立っている。
…………。
「分かった。一緒に住もう」
少しの間があって、柚奈の表情がパーっと明るくなった。
「いいの、やったっ。ありがとっ」
柚奈は勢いよくソファから立ち上がり、弾むような声を出す。
そして俺の両手を両手で包み込み、「これからよろしくね」と言った。
「服とか、荷物はちょっとずつ持っていけばいいから、今日は、柚奈はゆっくりさせてもらいなさい」
「うん、そうする。しばらく悠太に迷惑かけちゃうかもだけど……」
結局柚奈が家にいるなら、いくら迷惑をかけられても同じ気がする。
「気長にすればいいよ。俺も、荷物運ぶの手伝うからさ」
ここから柚奈の家はまあまあ近いから、それぐらいはしてもいいかもしれない。
「ありがと――。悠太の隣の空き部屋使って良いらしいから、そこに置いていく感じだね」
…………?
「それって誰に聞いたんだ?」
「悠太のお母さんだけど……」
まさか――と思った、その通りだった。
「じゃあ、もう、お母さんはこのこと知ってるのか?」
「当たり前じゃん、今日の朝に伝えたよ。勝手に人様の家に居候するわけにはいかないしね」
「それはそうだが……」
全くの予想外だ。
つまり、初めからこの家に住む以外の選択肢はなかった。
それなら先に言ってくれてたら良かったのに――。
声には出さなかったが、そう思った。
「まぁ、無事、柚奈の住むところも決まったわけだし、私は家に帰るわね」
若い人たちに任せておいて、おばさんはおいとまするね――みたいな調子で、柚奈母は去ってしまった。
「ママ、いっちゃったね」
「あぁ、そうだな」
俺たちは立ち尽くしたまま。
一気に冷静になったような感じだ。
「わたし、料理とかできるから、結構役に立つと思うよ。もちろん、洗濯とか掃除とかもするし、安心して」
「それはありがとう」
さっきとは全然違い、一気に現実味溢れる話になって、逆になんだか落ち着かない。
「ひとまず、あの部屋結構ホコリ被ってるかもだから、掃除するか?」
「する。手伝ってくれるの?」
「そりゃそうだろ」
柚奈は和やかに微笑んだ。
その嬉しそうな顔がとても愛おしくて、毎朝毎晩見れると思うと、どうにかなってしまいそうだ。
「これから毎日大変になっちゃうかもだから、もし無理だったらすぐに言ってね」
「…………? 大変って何がだ?」
家事の話かと思ったが、どうやら違うらしい。
「3時間に一回会ってするんだから、大変でしょ?」
「あー、そっか、なるほど」
「あと、悠太に好きな人がいるなら、申し訳ないし……」
「いないから、大丈夫。これからも、できる予定はない」
俺の気持ちを知られるわけにはいかなくて、少し早口になってしまった。
「…………。もしもできたら、わたしはなんとかするから、遠慮しないでね」
ちょっと不審がられたけど、バレてないようでよかった。
俺はふと時計を見た。
今から3時間以内に、俺は柚奈とキスしないといけないのか――。
だんだん実感が湧いてきて、緊張してきた。
◇あとがき◇
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