第18話 無邪気な、キスを〈1〉
平日の真ん中に休みがあった次の日の学校は、登校中から憂鬱だ。
柚奈と並んで歩いていると、初々しい顔ぶれが目についた。
高校の授業は難しいのかな――。
可愛い/かっこいい先生はいるのかな――。
などと会話をしていて、その人たちが一年生なんだと分かった。
「わたしたち、もう二年生なんだね」
「あぁ、そうだな。こうやって一年生を見ると、なんか実感する」
「そうそう。わたしも部活に入ったし、後輩と仲良くしていかないとダメだし」
優しい子が良いけど、少し生意気そうな子も可愛いよね……と呟いて、柚奈は想像を膨らませている。
俺もどんな後輩がやって来るのか、変に考えすぎるのは良くない気がしたが、少し考えてみた。
「でも文芸部、入ってくれるかどうかも怪しいくらいだぞ」
二年生はもともと俺と韮沢の2人だけだったし、一つ上は幽霊部員の1人だけだ。
今年がゼロとなっても、全然不思議なことはない。
しかし、柚奈は妙に自信を持っていた。
「大丈夫だよ。入ってくれる、入ってくれる」
自分に言い聞かせているようだったが、俺も杞憂で終わると根拠もなく思った。
1時間目の授業が終わると、柚奈が俺の肩をトントン――と叩いた。
アイコンタクトだけで、キスということが分かった。
俺と柚奈は廊下に出る。
向かう場所も言わずに歩いていく柚奈に、俺はついて行く。
到着した場所は、特別な教室がある校舎の最上階だった。
一昨日も一度、ここに来た覚えがある。
「やっぱり、ここが一番誰も来ないと思うんだよね」
「確かにな――、そこの部屋とか、一回も授業で使ったことないかも」
「うんうんっ。だからね、これからは基本的に、ここで良いんじゃないかな?」
「良いと思う」
「でしょ。わたし昨日から考えてたんだ」
そういうところはちゃんとしていて、俺は柚奈のことを頭ごなしに否定できない。
「すごいな、ありがとう」
「どういたしまして」
照れたように言うのも愛嬌があって、純粋な良い人だと思わせられる。
それも、否定できない一つの要因である。
最後には、はい――と言って認めてしまう。
「もう休み時間半分過ぎてるし、早くしよっか」
「だな――」
「じゃあ、悠太、目つぶってくれる?」
つまり、柚奈からするということだ。
昨日の映画後のキスから、寝ている柚奈を起こすとき以外はずっと、柚奈が俺にする形な気がする。
それまでは俺からするのが大半だったはずだが、柚奈の考えのどこかが変わったのだろう。
「柚奈がしてくれるんだな――」
言うつもりはなかったのに、思わずそう呟いてしまった。
気持ち悪い言い方になっていなかったか不安になったけど、柚奈の顔を見る限り大丈夫そうだ。
「ん? 悠太がしたいの? 別に良いけど――」
「いや、そう言う訳じゃ……」
「なんだ、そう。もしそうなら、言ってくれて良いからね」
「あぁ」
柚奈がいつの間にか、キスがプラスの行為として話しているのに気づいた。
なにが柚奈をそうさせたのか、分かりたくなかったが、分かってしまう。
善意のところ申し訳ないが、俺からそんなことを言うことはない。
恥ずかしくて言えやしない。
「目つぶって」
俺は柚奈に言われた通りに目をつぶる。
口か頰かを聞こうと口を開いた。
しかしその瞬間に――。
あ……。
柔らかい何かによって、喋るのを遮られた。
明らかにそれは、柚奈の唇に間違いなかった。
昨日2度したというのに全く慣れない。
不思議な感覚が俺を襲う。
昨日と違うかったのは、すぐに離れてくれたことだ。
さすがに、学校でロングキスをするわけにはいかないと思ったのだろう。
しかし、あっさりとしたキスが、俺の脳を刺激してくる。
柚奈に振り回されてこんなキスをして、いくらダメだと抑えようとしても、癖になってしまいそうだ。
諦めて欲に忠実になれば、楽なのかもしれない――。
「悠太、何か話そうとした?」
「いやまぁ、なんでもないよ」
「ふーん、そう」
適当な相槌のあと、柚奈は階段の方向に体を向け、首だけ俺を振り返った。
「戻ろっか、みんなに怪しまれちゃうよ」
「……あぁ、早く戻ろう」
すでに梅井さんには怪しまれているし、韮沢には怪しまれているどころではない。
頭の中でだけそう思って、口には出さずに、ただ歩く柚奈の隣をついて行く。
「3時間に一回、キスしなくても良くなったら、柚奈はどうするんだ?」
「どうするって、そりゃあ……」
柚奈が立ち止まって、顎に手を当てて悩む。
とんでもないことを聞いてしまったのだろうか。
俺は『わたしたちはただの幼馴染で、キスはしなくなる』とでも言って欲しかった。
でも、柚奈の答えは沈黙で――。
「ごめん、変なこと聞いちゃったかも。忘れて」
「うん」
煮え切らない様子で、軽く頭を縦に振った。
柚奈は少し下を向いて、まだ悩んでいるようだ。
そして、静かな廊下じゃなければ聞こえないほどの声を出した。
わたし、どうするんだろ――という小さい声での呟きが、変に頭に残る。
今の柚奈と俺のしていることは、義務でもなんでもないと思ってしまった。
だから聞いたのだけれど、聞くべきではなかった。
後悔が胸の奥に残った。




