第16話 好奇心は、突然に〈2〉
柚奈に抱きつかれたまま、映画は恐ろしさを増していく。
主人公とヒロインは、森の奥まで追い詰められ、段々と辺りが暗くなってきた。
そして、二人はここで一夜を明かそうと決心する。
身体を冷ましてしまわないように、互いにハグをして温めあう。
そのまま二人はキスをした。
決して俺たちみたいに頬や額ではない、マウス・トゥ・マウスのキスだ。
なんだか、俺たちに近いことを見せられているような気がしてならない。
そして、隣にいる柚奈のことを意識してしまう。
ずっと強かった、柚奈の腕の力が少しだけ弱くなった。
きっと、柚奈も意識してしまっているのだろう。
気まずいが、なにも思われていないよりかは数倍ましだ。
十数秒が経つと、主人公とヒロインのキスは過激になっていった。
舌を絡ませて、相手の口内を貪るように味わう。
それはただ、自分たちの性欲を満たすためだけにしている行為だった。
欲情の顔が画面いっぱいに広がる。
さっきまでのホラーシーンとは180度異なる展開に、心が追いつかない。
この映画の予想外の内容は、柚奈も知らなかったはずだ。
これを勧めたのが梅井さんということが一つ気になったが、多分このシーンを除いても面白いから柚奈に見てほしいと言ったのだろう。
誰も悪くない。
言ってしまえば、B級映画にはこういうシーンがあるときがあると、俺が調べて知っておいたら良かった。
でもそれは後の祭り――。
しばらくディープキスをして顔を離した時に、溢れた唾液が艶っぽく映る。
顎、喉元、鎖骨――伝っていくのを、妖艶な顔とともにカメラは逃さない。
「あぁ……」
柚奈が声を漏らした。
嫌だから、凄かったから、どういう感情からその声が来たのか――。
「ああいうのって、気持ちいいのかな?」
柚奈はボソッと衝撃的なことを言った。
俺はそれに突っかかることできずに、柚奈のつぶやきをないものしてしまった。
リビングは再び映画の音だけになり、俺たちは映画に集中する。
すでにシーンは変わっていて、夜が明けて目が覚めたところだった。
物語は、主人公もヒロインもゾンビになってしまうという後味が悪い終わり方で完結した。
やはりこういうところがB級映画なのだと、良い悪い関係なしに思った。
「最後の展開はあんまりだったけど、まあまあ面白かったね」
「あぁ、そうだな」
「またこういう映画見て見たいかも。悠太、付き合ってくれる?」
「もちろんいいぞ」
柚奈がやった――と喜んだ。
純粋な柚奈のを見ると、無性に安心する。
「結構、時間経っちゃったね」
「ほんとだ、もうすぐ1時だ」
思いの外、映画に見入っていたのだと驚いた。
「じゃあ、キス、しないとだね」
「そうか、もうそんな時間か」
映画の時の気まずさはどこに行ったのだろうか、それぐらい柚奈が自然な様子で喋る。
あーとか、えーとか、そうなってしまうのかと思っていたから拍子抜けした。
ソファで隣同士に座っている俺たちは、見つめ合う。
いつもなら、柚奈が目をつぶってくれるのだが、なぜか今の柚奈はつぶろうとしない。
しまいにはあることを言い出す。
「口と口でキスしたら、どうなのかな?」
舌を入れ合うとは言っていないが、さっきの映画の影響で柚奈がそう発言したのは明らかだ。
映画を見た時に、気持ち良いのかな――と言っていた理由がやっと分かった。
いや、こんな冷静に考えている場合じゃない。
「柚奈、そういうのは好きな人とするべきだと思う」
俺がしたいかしたくないかと聞かれれば、答えは決まっている。
でも、かろうじて言えた否定の言葉。
俺は自分に安堵した。
「悠太って、結構真面目だよね」
「そうか? 今のは、世間一般からの考えとして言っただけだぞ」
「悠太としてはどうなの? わたしは、悠太も共感してくれると思って言ったんだけどな――」
「それは…………」
図星を突いてくる。
もし俺が柚奈のことをただの幼馴染としか見ていなかったら、賛同してしまっていたかもしれない。
それこそまさに、昨日柚奈が韮沢に対して言った言い訳のように――。
「悠太?」
肯定の言葉を求めている。
「柚奈がそんなこと言うなんて、正直思わなかった」
「好奇心だよ、好奇心。……変なこと言ってごめんね」
謝られると、俺の分が悪い。
なんだか俺まで申し訳ない気がしてくる。
「分かった、しよう。柚奈からしてくれるのなら――」
梅井さんのせいだと、自分に言い聞かせた。
そうしなければ、自制心ばっかり働いてしまう。
「いいよ」
柚奈が俺にする形だ。
いくら譲歩しても、される側じゃないと気が済まない。
「それじゃあ悠太、目つぶって。見られながらは恥ずかしい」
頬を赤らめる柚奈。
俺は口と口でキスをしたいと言うほうがより恥ずかしいと思うが、柚奈からすれば違うのだろう。
俺は目を閉じる。
ディープキスではないのだから、あの映画のようになることはない。
恋人同士でキスするように、ただただキスすれば良いだけなのだ。
「悠太、するよ」
柚奈の息を吸う音が聞こえた。
唇に柔らかい感触がして、鼻孔に甘い匂いがした。
頬や額の時にはすぐに離れたのに、2秒経っても離れてくれない。
だから俺が離そうとしたが、柚奈の手によって止められた。
今の状況に精一杯で、なにも考えられなかった。




