第14話 入部希望、文芸部〈3〉
「玲、さん……」
この場でようやく口を開いたのは、柚奈だった。
「別に、部室の中でしてもらっても良かったのよ。二人とも付き合ってるんでしょう?」
「いや、まぁその。ね――」
柚奈は俺に言葉を促すように、目を合わせてきた。
キスを見られたこの状況下では、付き合っていないと言った方が、かえって問題になる。
だからといって、付き合っていると嘘を吐くのも、それはそれでおかしい気がする。
それならどうすれば良いのか――。
考えるよりも先に、言葉が出ていた。
「俺と柚奈は付き合ってない」
残念だが、それが事実だ。
一方が他方を思っているからといって、短絡的に付き合えるわけがない。
「あら、そうなの?」
「悠太とは、ただの幼馴染です」
柚奈も加勢してきてくれた。
意味不明だという顔をしている韮沢だが、付き合っていないと言う事実は飲み込んでくれたようだ。
「じゃあなぜ、あんなことを?」
「それは……」
「――それはね」
俺が言い訳しようとすると、柚奈が言葉を被せてきた。
きっと、素晴らしい言い訳を言ってくれるのだろうと期待した。
「それはね……、好奇心ってやつだよ。なんか生きてると、無性にそういうことをしたくなる時って来ない?」
「まぁ、そんなこと考える人はいるかもしれないわ」
韮沢は苦い顔をしているように見えた。
「わたしと悠太は、ちょうど正しく、そんなこと考える人だったんだよ」
俺は柚奈の言い訳に虚をつかれた。
まるで自分たちを性欲に抗えなかった人みたく言うなんて、少しも思っていなかった。
確かにこれなら、したいからという理由になんで――とは返ってこないし、面倒くさい説明も省くことができる。
でも絶対に、それ以上に受ける損害や風評被害が大きい。
「まぁ、私はそのことを否定しないし、誰かに言ったりもしないから、安心して」
「ありがと、玲さん」
韮沢からは同情みたいな空気感を感じた。
軽く微笑むと、韮沢はドアを開いて中に入った。
「明後日からの部活動の体験をどうするか決めないといけないから、早くしましょう」
韮沢は俺たちを部室に入るように催促してくる。
「あぁ」
「そっか、部活動体験があるんだね」
さっきと同じ席に座ると、韮沢が自分の鞄から紙と筆記用具を取り出した。
そこに『部活動体験内容』と書くと、顔を上げて俺と柚奈の顔を交互に見る。
「なにか案とかあります?」
いつもと変わらない韮沢の様子は、逆に不安になる程だ。
まぁ、ガミガミ突っかかってくる性格でもないし、見てしまったことに触れないのはそういう優しさなのだろう。
俺はそれに甘えて、バレていないかのように振る舞う。
「無難に本を読んでもらうだけ――とかじゃあ、わざわざ入りたいとは思わないか……」
「それが良い人もいるかもしれないけど、沢山入ってもらいたいし、確かにそうね」
「ならなら、しおりを作ってみるとかどう?」
「なるほど。その案いいかもな」
柚奈の提案に俺は賛同した。
本にまつわることで読む以外となれば、これ以外考えつかない。
「じゃあ嶺田さんの案を入れて、はじめにしおりを作って、残りの時間は本棚からでも好きに読んでもらうとかで良いわね?」
「あぁ、それで良いぞ」
「うん。わたしも賛成」
韮沢は紙にすることをメモした。
明後日のことが決まった後は、時間が来るまでそれぞれ本を読んだ。
俺と柚奈は一緒に帰り、韮沢はいつも通り駅の方面へ帰っていった。
明日は入学式があり、俺たちは学校も部活もない。
ゆっくりと家でだらけた生活ができそうだ。
柚奈がいるからだらけすぎるのも良くないが――。
◇あとがき◇
これにて、第一章は終了です。
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