第13話 入部希望、文芸部〈2〉
文芸部の部室には、歴代の部員が持ってきて寄贈した本がたくさんある。
部屋の一面に広がった本棚に、それらの本が並べられていて、入りきらない一部は窓側の机の上に積まれていたりする。
並行に繋げられた2つの長机が、古びた蛍光灯に照らされる中央に、そしてその右側と左側にそれぞれ3脚のイスが配置されている。
韮沢の定位置は入り口から見て右奥、俺のは左奥だ。
「柚奈、ここにでも座って」
俺が座ってもなお、どうしようかと突っ立っているから、俺の隣の席へと催促する。
うん、分かった――と言って、その席に着く。
落ち着かない様子で、背後の本棚や壁際に追いやられたホワイトボードをしきりに見る。
言うなれば、上京してきた田舎っ子という雰囲気がした。
「ねぇ、悠太。文芸部ってなにしてるの?」
「まぁ、本を読んだりとか、小説を書いたりするのがメインかな」
「なるほど。悠太の書いた小説読んでみたい」
柚奈が期待の眼差しでこちらを見つめてくるが、残念だ。
「俺も韮沢も、一回も書いたことないんだよ。読むことしかしない部員だからさ」
「えー、読みたかったのにー」
「先輩が去年書いたやつならあるけど……」
「それじゃあ意味がないじゃん」
「そうだよな――」
さっそく本を読み始めていた韮沢が、しおりを挟み本を閉じて、こちらの様子を窺ってくる。
読書を邪魔してしまったのではないかと、俺は心配した。
「みんなで一回書いてみます? 新入生が入ってきてからでも良いですけど」
その後すぐに、入部する人がいるかは分かりませんが……。
なんて、しょげた言葉を小声で口にして、なんだか気弱そうだった。
現在、三年生が実質ゼロ人なのも、韮沢の思うところがあるのだろう。
とにかく、韮沢は執筆会? の提案をしてきた。
「それは面白そうだな。韮沢がどんなのを書くのか気になるし」
「私のは多分、真面目でつまらないと思いますよ」
「つまらないなんて、そんなことないだろ。韮沢は良い作品を書くてくれるはずだ」
「そうですかね――」
ぶっきらぼうに返してきたけど、なんだか声色は嬉しがっていそうだった。
そして俺と韮沢が会話していると、恐る恐る柚奈が口を開いた。
「それって、わたしも書かないといけない感じ……?」
「そりゃあ」「もちろんです」
「えーっ、わたしが書いても碌なのにならないよ」
「柚奈、大丈夫だ。どんな小説でも俺は読むから」
柚奈は一瞬、俺の言葉をポジティブに受け取ってくれたようだが、すぐに顔がスンとなった。
なにが柚奈をそうされたのか、全く分からず不思議だ。
するとすぐに答えを言ってくれた。
「なんか、玲ちゃんのときと対応違くない?」
「……そうか?」
「玲ちゃんには面白いはずだって言ってたのに、わたしには碌でもないこと否定してこなかった」
「あー……」
そんなつもりは毛頭なかった。
でも、言われてみれば、そうなっていたかもしれない。
「ごめん。柚奈の書くのも面白いはずだよ」
「今言っても遅いよ。……もう」
呆れたように柚奈が言う。
指摘されてからではどうしようもないのだと理解した。
そして、部活開始から1時間と少しが過ぎた頃――。
「悠太、ちょっと休憩がてら外の空気吸わない?」
「外の空気?」
柚奈が急にそんなことをいうから不思議に思った。
しかしなにも言わせない如く、韮沢に見えない位置で俺の脇腹を突いてきて、そこでようやく柚奈の真意がわかった。
「あぁ、いいぞ。行こう」
「ちょっと退席するね。玲さん」
韮沢は本を読んだまま頷いた。
それを見て、俺たちは部室から出た。
おそらく3時間経つ前にしておきたいということだろう。
一応、キスのことで合っているか、柚奈に確認してみる。
「柚奈、アレだよな」
「うん、そう」
「……どこでするんだ?」
「ここら辺でも良いんじゃないかな?」
確かに、ここの廊下は人気がない。
だから誰にも見つからなさそうなのだが、少し気掛かりなところがあった。
「んー、もうちょっと離れた方が良い気もするけど」
「まぁいいでしょ」
そう言うと、柚奈は俺の腕を掴んだ。
面倒くさくなっているのか、疲れているのか、少しだけ力が強い気がする。
そして予想外なことに、顔を近づけてきた。
柚奈からキスしてきたのは昨日のあの時だけで、またされるとは微塵も考えていなくて、俺は驚いた。
柚奈の唇が俺の頬に触れた瞬間。
ガラガラ――と、ドアが開く音がした。
俺は視線だけを、音がした方向に向ける。
あ、という声さえ出なかった。
そこには韮沢が立っていた。
完全に俺と柚奈のしていることをじっと見ている。
どうしよう……。
なにも上手く考えることができない。
頬に感じた柚奈の温かみは、すでに消えていた。
韮沢の無表情な顔が、なにを言いたがっているのか――。
小さく開いた口から出た言葉は聞こえなかった。




