第10話 放課後に、デート〈2〉
食器を買って、そのまま帰っても良かったのだが、外食してから帰ることにした。
昼食の用意してないという柚奈の提案だ。
「柚奈はなにか食べたいのとかあるか?」
「んー……。悠太はないの?」
「んー……」
なんでも良いなんて回答はしたくなくて、答えることができなかった。
俺たちは案内板の前で、レストランリストを見ながら悩む。
「わたし、久々にここのティラミス食べたいな」
柚奈が指をさしたのは、有名イタリアンファミリーレストランだった。
よくSNS上で、デートで行くのは良いか悪いかと議論されている、あの店だ。
今柚奈としているのがデートかは分からないけど、なぜかその話題がちらついた。
「どうかな?」
「良いんじゃないか」
「うんっ」
俺が肯定すると、柚奈が嬉しそうに笑顔になった。
一つ一つの仕草が、いちいち可愛い。
「じゃあ行くか」
そう言って歩き出そうとしたのだが、柚奈に腕を掴まれて止められた。
「待って――」
「どうした? 柚奈」
「しよ。もう時間ないよ」
「……あ、そっか」
「そうだよ。もしかして忘れちゃってた?」
完全にそのことを忘れていた。
スマホを確認すると、3時間経つまであと5分ほどしかない。
俺たちは周囲を見渡し、どこか人目のないところがないか探す。
しかし――。
「「…………」」
まったく見つからない。
平日とはいえ、まだ春休みの学校も一部あるらしく、友達同士らしき人々や家族連れが沢山いる。
そもそも俺たちの学校は午前中に終わったのだから、同じ制服を着ている人も見られる。
とにかく、このモールの中に死角はないと言える。
もちろん、俺に公衆の面前でキスする趣味はないし、柚奈にもないだろう。
ならば、俺たちはどこに行くべきか。
「よしっ、柚奈。ついてきて」
「えっ、悠太? ちょっと――」
俺には一つ思い当たる場所があって、モールを飛び出した。
飛び出すといっても駅前は人混みであまり早く歩けないうえ、幸い俺のスピードは遅く、柚奈は簡単に俺に着いてこれていた。
大通りから裏道に入り、一つ角を曲がる。
ここまで来れば、人は全くいない。
もしここで怖い人がカツアゲに来たら勝つ自信はないけど、そんなことを考える暇はなかった。
「悠太、別にここまでしなくても……。最悪、誰かにバレてもわたしは構わないから――」
「――いや、ダメだ。誰かに見られたとかのせいで、柚奈に少しでも悪い噂が流れたら嫌なんだ……」
頬にだとしても、柚奈がとある男子とキスをしていたなんて噂が流れると、柚奈に悪影響が起きてしまう。
柚奈に好きな男子ができたとして、あいつはなんなんだと言われて恋が破れて仕舞えば悲しい事態になる。
あと、軽い人だと思われてほしくない。
「悠太は、わたしのことを思ってくれてるんだね」
「あぁ」
当たり前だ。
柚奈のことを想いつづけてる。
「なんか、嬉しい」
照れた様子の柚奈は、俺の肩に手を置いて、少し背伸びをした。
すると柚奈の顔が、俺の顔の左側に近寄ってくる。
まさか――。
そう思った瞬間に、左頬に優しい温もりを感じた。
そしてすぐに離れる。
1秒にも満たなかったのに、心は満足した。
しかし、不味い頬ではなかったかと不安になってしまう。
柚奈にキスをされるのは初めて。
いつも俺がする側だったのに今回は違うくて、どきどきが前以上だ。
「ちゃんと隠したままにするよ」
「俺からもお願いする」
そんな会話をして、黙ってしまう。
柚奈は自分がしたことに気づいたのだろう。
顔を段々と赤くさせていた。
「なんで、わたしからしちゃったのかな……」
ビルの隙間風よりも限りなく小さい柚奈の呟きは、俺の耳にギリギリ聞こえた。
しかし、俺は気づかない振りをする。
そんなこともできない俺ではない。
「悠太、行こ。食べに行こ」
「あぁ」
柚奈が歩くスピードは、いつもより少しだけ速かった。
テーブルの上には、美味しそうな料理が並ぶ。
向かいに座っている柚奈の目が輝いている。
「美味しそうっ」
「そうだな」
「温かいうちに早く食べよ」
柚奈はスプーンとフォークをケースから取り出して、どうぞ――と渡してくれた。
俺は感謝を伝えながら受け取り、定番のドリアを食べ始める。
そしていくらか食べたころ、隣の席のから声が聞こえてきた。
俺と柚奈は耳も澄ませる。
「さくらも明後日から高校生なんだね。お母さん、なんだか感慨深いわ」
「お母さん、そんなに泣かないでよ――」
「だって、ずっと入りたいって言ってた槻高に娘が入るんだよ。嬉しいに決まってるじゃない」
俺たちは顔を見合わせた。
そして小声で話し合う。
「悠太。槻高だってさ」
「そう言ってたな。つまり、俺たちの後輩になるってことか」
こんなところで出会うなんて、思っていなかった。
しかし、この子が入学したからと言って、俺たちと関わるとは限らない。
でも、なんだか感動だ。
「ずっと入りたかったなんて、わたしたちまで嬉しくなるね」
「あぁ、俺たちも期待に応えられる上級生にならないとな。面目がなくなる」
「だねっ」
俺たちは意味もなく、はにかんで笑い合った。
この時間がずっと続けば良いのに――。
そう思った。




