第1話 キスして、お願い〈1〉
突然、家にやってきた幼馴染――。
そいつが「3時間に一回キスしないと意識がなくなるの」と言ったらどうする?
応えてキスしてあげるか、拒否してキスしないか、どちらが良いだろう。答えは人それぞれだ。
…………。
そもそも、そんなことあり得ない――?
そう言われても、実際に俺の目の前ではそれが起こっているのだ。
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俺――月城悠太は、明後日から高校2年生。
始業式の日に必要な荷物は全て準備を済ませていて、あとは残された春休みを満喫するだけだ。
だから俺は昼寝をしてやろうと、昼の1時だけど、ベッドに入り込んだ。
しかし目を閉じた瞬間、ピンポーンとチャイムの音が聞こえた。
運が悪い自分を恨みながら、仕方なく俺は玄関へと向かっていく。
「はい、今出ます」
きっと、配達か何かだろう。
そう思ったのだが、ドアスコープを覗いた先にいたのは、緑や青の制服を着た配達員……ではなく、親子だった。
詳しく言えば、幼稚園のころからの幼馴染である柚奈とその母だった。
なんで、二人が俺の家に来てるんだよ……。
俺には全く意味が分からなかった。
中学までは毎年同じクラスで、かなり仲が良かったが、高校一年生で初めてクラスが離れてしまい、それに環境が変わったというのも合わさって、全く話さなくなってしまっていた。
環境が変わるというのは、高校生になったということだけでなく、俺の両親が単身赴任で揃って東京まで行ってしまったこともある。
まぁでも、それはまた別の話だ。
とにかく、そんな最中に親子揃って現在一人暮らし中の俺の家にやってくる理由が考えつかない。
俺は不思議に思いつつ、玄関を開けた。
「悠太、久しぶり」
「久しぶり……柚奈」
およそ1年ぶりの会話というのは、大概こんなものだ。
「ごめんね悠太くん、急に来ちゃって――。大事なことがあるのよ」
こんな玄関先で話が始まりそうだったから、俺は「とりあえず中に……」と言って招く。
リビングで一人ぼっちじゃないのは何ヶ月ぶりだろうか、ダイニングテーブルを三人で囲んで座ると、不意に懐かしい気分になった。
俺が思い耽る中、柚奈たちは、この家に来たのはいつぶりだとか、家具の配置は変わってないねだとか、そんな他愛もない話を俺の反対側でしている。
「それで、どうかしたんですか?」
二人の会話に割り入って聞いた。
「そうそうっ、こんな無駄話してる場合じゃないの。柚奈、自分から言いなさい」
「っえ? わたしっ?」
まさか会話が回ってくると思っていなかったらしい柚奈は、素っ頓狂な声を漏らした。
そして口をもごもごさせながら、頬を赤らめさせていく。
「信じてくれないとは、わたしも思うんだけどね……。信じて聞いて欲しい」
「あぁ、分かった」
真意がよく分からなかったけど、ひとまず俺は頷いた。
「あのね……わたし、キスしないと倒れちゃうの」
「…………は?」
少しも意味が分からない、というよりも、どうかしてしまったのではないか、という心配が大きい。
キスしないと倒れる――?
白雪姫の亜種か何かか?
柚奈の母なら柚奈がこうなってしまった理由を知っていると思って、俺は柚奈の隣に目を向けた。
「そうなの、柚奈が言っている通りだから。……悠太くん、お願い」
ついに、親子二人ともおかしくなってしまった――。
柚奈はテーブルに突っ伏してしまって、足をジタバタさせているし、本当に何なのだろう。
「どういうことなのか、もっと、ちゃんと説明してください」
「それはそうね」
そこから柚奈母による説明が始まった。
要約すれば、こんな感じだ――。
1)昨日の夜、柚奈が急に倒れた。
2)母がネットで調べると、キスしたら治るかもと出た。
3)キスしたら治った。
4)ちなみに、キスは唇同士でなくても、頬とか額ときでも治る。
5)最後のキスからちょうど3時間経つと、意識がなくなって、ばったり倒れてしまう。
「なる……ほど……」
俺はスマホを取り出して、こんなことがあるのか調べてみると、とあるサイトが柚奈と同じ症例を紹介しているのを見つけた。
しかし怪しさ満点でオカルトっぽいし、にわかには信じがたい。
「あ、もうちょっとで3時間じゃん」
放心状態だった柚奈が壁掛け時計を見て、突然に言った。
「ほんとだわ。11時30分だったから、あと2分ね」
「ねぇ、悠太。本当だって信じてくれてないの?」
「あぁ……そりゃあ、な」
悲しげな顔をしているから、とても言いづらい。
でも、親子揃って俺を騙す理由もないだろうからな――。
よく分からない。
「じゃあ、見ててよ。わたし、本当にそうなるからさ」
「…………」
「柚奈、いいの? 倒れちゃうの、少し怖いとか言ってなかった?」
「ううん、大丈夫。これで悠太が信じてくれるなら、いい」
「柚奈がいいなら、それでいいんだけど……」
柚奈はイスから立ち上がり、ソファに移動した。
しっかりと背中をもたれさせて、危なくないようにしているっぽい。
そして1分ほどが経ったとき、意識がなくなったのだろう、柚奈の全身の力がなくなった。
「柚奈ー。柚奈!」
呼びかけても返答がない。
身体を揺すってみても、耳も口も、ピクリとも動かない。
首に触れて脈を確かめてみるが、なんの感覚もない。
「悠太くん、どう?」
「これは……、信じます。信じるしかないです」
「よかった。信じなかったら、これからどうしようかと話してたから――」
ん?
柚奈母の言動が、少し気になった。
「これから……?」
「待ってね。柚奈を起こしたら話すから」
そう言ってから、頬に口を当てていた。




