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第8話 虚構の戦争

 店を出た魔王と勇者たちが、幹線道路で対峙する。正午過ぎの時間帯に行き交う車の数は少ない。決闘者たちは、現実世界で雌雄を決することを望んだ。たったの4人で行われる戦争が、世界の行く末を決めてしまうのだ。

 閑散とした町の道路は、伝説を再現する戦場へと姿を変えようとしている。旧世紀の人間たちが語り継いできた神話は、本当に空想の産物だったのだろうか。俗論を一蹴するかのごとく、現世を舞台に魔王と勇者の対決が始まろうとしていた。


「デバイン、ここは俺にやらせてくれ」


 最初に動いたのは戦士ギリアムである。討伐クエストとはいえ、いきなり3対1で魔王を潰したのでは後味が悪い。彼には自分の力だけで魔王を倒したいという意志があった。


「ああいう口先ばかりの奴には、体で分からせてやるのが一番だ。格の違いというものを見せてやるぜ」


 魔王討伐に自信を見せるギリアム。それは慢心などではなく、戦士としての経験に基づく確かなものだ。デバインは誰よりも彼の実力を信頼していた。


「いいだろう。ギリアム、ここは君に任せる」


 デバインの後押しを受けたギリアムが先陣を切った。ジオハルトは剣も取らぬまま立ち尽くしている。勇者たちの覇気に気圧(けお)されたのだろうか?


「この勝負……もらったぞ!」


 ギリアムは両腰から双剣を抜刀した。翼の如く両手を広げ、左右からジオハルトを強襲する。彼が得意とする一撃必殺の戦法だ。

 魔族が相手であろうと、初見で防がれたことは一度としてない。磨き上げられたブレードは魔王の胴体を真っ二つに――


「なんだと!?」


 自慢の双剣が魔王を切り裂くことはなかった。突如としてジオハルトの両腕が伸び、双剣を白刃取りで受け止めたのだ。左右の手が同時に剣を掴み、ギリアムの斬撃を無傷で防いでいた。


「くそっ!」


 初撃を防がれたギリアムは、躍起になって両腕を振るった。魔族の首を飛ばす程度は造作もないはずだ。彼の技量なら、一度の攻撃で二人の敵を同時に仕留めることもできた。

 だが、いくら剣を振るってもジオハルトには傷一つ付けられない。漆黒の甲冑はギリアムの攻撃に追随するかのように動き、その斬撃を全て防いでしまうのだ。


「なんだこいつ……動きはまるで素人なのに、俺の太刀筋が見えているのか!?」


 戦士ギリアムは、戦う前からジオハルトが生粋の戦士でないことを見抜いていた。まるで警戒心がなく、敵である勇者を前にしても殺気すら感じさせない。戦場に初めて出る新兵かと思ったほどだ。

 にもかかわらずジオハルトはギリアムの必殺の一撃をことごとくさばいてみせた。フェイントを交えた死角からの攻撃も通用しない。全方位に目が付いているかの如く斬撃を防いでくる。


 ――奴は無我の境地に至った達人だとでもいうのか?


 ギリアムが驚くのも無理はなかった。獄王の鎧にかけられた「三つ首の呪い」は、ジオハルトの意思に関係なくあらゆる攻撃を防御してしまうからだ。

 この呪いの正体は、かつてガルド王に討伐された魔獣の魂である。魔獣の怨念に支配された鎧は、主を守るための防具にはなり得ない。ただ闘争本能のみに従って主の身体を動かす、恐るべき兵器と化すのだ。


「ぬうぅっ……!」


 連続で斬撃を放ち続けるギリアムの消耗は大きい。魔王の反撃がいつ飛んでくるかも分からないのだ。攻略法も見出せないまま戦闘を継続することは、大きな危険を伴った。


「ギリアム、このまま戦うのは危険よ。一度後退して!」


 仲間の危機を悟ったノエルが杖を構える。属性魔法を行使するために調整された戦闘用の魔杖だ。魔力を増幅するブースターを搭載し、現実世界においても彼女の実力を遺憾なく発揮させることができる。


「近接攻撃でダメなら魔法を使う! 戦闘の基本を思い出して!」

「くっ……すまんが、ここは任せるぞ」


 無念の表情で戦士が後退する。代わって前に立った魔導士が杖を地面に突き立てた。精練された魔力の奔流が大地へと注ぎ込まれる。


「ロックリムーブ!」


 ノエルが呪文を唱えると、巨大な岩が幹線道路を突き破って出現した。岩盤から剥離した岩塊は、ノエルの魔力によって空中へと浮かび上がっていく。


「これも防げるかしら? ギガントメテオ!」


 岩塊は隕石の如くジオハルト目掛けて落下を始めた。いかなる防御手段を用いたとしても、受け止めきれない規模の攻撃だ。頑強な鎧に身を包もうとも圧死は免れない。


「魔道剣サンダーボルト」


 隕石を落とされても魔王は冷静だった。雷属性にシフトさせた魔道剣を天に掲げ、落雷を呼び寄せる――次の瞬間、巨大な雷光が直撃し、岩塊はバラバラに砕け散った。幹線道路の周囲に無数の石ころが散らばっていく。


「まだ終わりじゃないわよ! ウォータードラゴン!」


 ノエルは、道路に埋設された水道管の中から水竜を召喚した。竜の形を取った水道水は、魔導士の意のままに動く眷属と化したのだ。


「さあ、地上で溺れてしまいなさい!」


 水竜はジオハルトを飲み込まんばかりの勢いで襲いかかった。敵を水竜の体内で溺死させてしまう凶悪な魔法である。


「魔道剣ブリザード」


 水竜に飲み込まれるよりも先に、魔道剣は氷属性にシフトしていた。吹雪を発生させる氷刃は、一瞬にして水竜を凍結させる。荒ぶる水竜は、美しい氷の彫刻へと姿を変えてしまった。


「罠にかかったわね……アイビーバインド!」


 岩塊と水竜による攻撃は陽動に過ぎなかった。既に魔王の足元からは無数の蔦が伸びていたのだ。魔力によって急成長した蔦はジオハルトの身体に絡みつき、その動きを完全に封じてしまった。


「ノエル、よくやったぞ! トドメは俺に任せろ!」


 好機と見たギリアムが、再びジオハルトへと斬りかかる。魔力を込められた蔦は簡単に引きちぎることはできない。善戦むなしく魔王は討ち取られてしまうのか――



「魔道剣インフェルノ」



「うおぉっ!?」


 蔦に拘束されたジオハルトは魔道剣を炎属性にシフトさせ、足元から業火を噴出させた。天を焼くほどの炎の渦が発生し、魔王の周囲を地獄へと変えていく。途方も無い熱波に晒されたギリアムは慌てて引き下がった。


「奴はどうなったんだ?」

「あれだけの炎に飲み込まれたのよ。ただで済むはずがないわ」


 希望的観測――その言葉の意味を勇者たちは思い知ることになる。


 突如として炎の渦が収まった。業火に焼かれてもなおジオハルトは健在である。魔王の身体に巻き付いていた蔦は消し炭と化したが、獄王の鎧には(すす)一つ付いていなかった。地獄の炎を浴びようとも、三つ首の魔獣が息絶えることはあり得ない。


「こいつが……」

「魔王ジオハルト……!」


 陽炎に(たたず)む黒き魔王の姿に、二人は思わず息を呑んだ。パン屋での出来事は本当にただの演出だったのか? 魔王の実力を思い知った二人の心に焦燥が生じ始める。


「――ギリアム、ノエル、手心を加える必要はない。三人で連携して片づけるぞ」


 業を煮やしたデバインがパーティーの先頭に立つ。魔王相手に情けなど無用。勇者の辞書に敗北の文字は存在しないのだ。


 フィクションから抜け出した勇者たちは、現実世界の救世主となるべく、悪しき魔王に戦いを挑む。英雄たちが手にするのは勝利の美酒か、それとも――

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