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第7話 緊急クエスト:ジオハルト討伐

 ――緊急クエスト:ジオハルト討伐を受注しました。


 人類を支配する邪悪な魔王「ジオハルト」を討伐すべく、選ばれし勇者たちは現実世界へと降り立った。


 三人の勇者は、ジオハルトが最後に現れた町へと向かう。魔王の目的は現実世界を支配することだ。町は魔王軍によって占領され、市民たちはひどい仕打ちを受けているに違いない。彼らを救い出すことは勇者としての責務なのだ。


「ジオハルトが前回出現したのは、この場所のはずだが……」


 町に入ったデバインは違和感を感じていた。

 占領下の町は至って平和だったのだ。子どもたちは無邪気に公園で遊び、そこかしこに建てられたパン屋の前では市民たちが行列を作っている。略奪を行う魔王軍の兵士や町を蹂躙(じゅうりん)する魔獣の姿は見受けられない。


「デバイン、本当にここに魔王が現れたのか?」


 疑念を抱いたギリアムがデバインに問いかける。魔王軍との戦闘経験においては、ギリアムに一日(いちじつ)(ちょう)がある。占領下の地域では、勇者を迎え撃つためのトラップや見張りを置くのが常であるが、そのようなものは見当たらない。


「ここって魔王が支配する町なんだよね? その割にみんな幸せそうな顔してない?」


 パン屋に並ぶ市民たちは揃って笑顔だった。ノエルの鼻孔にも香ばしいパンの匂いが届いている。

 美味しいパンが食べれて、みんなハッピー? 笑顔の理由はそれだけではない気がする。


「油断するな。我々の目を欺くための偽装工作かもしれないぞ」


 デバインは警戒を厳にした。魔王軍の存在を隠すことで勇者たちの油断を誘い、奇襲を仕掛ける作戦なのかもしれない。魔王の侵攻を受けた以上、市民たちの笑顔が本物である保証はどこにもないのだ。


 敵襲を警戒する勇者たち――そこへ予期せぬ出迎えが現れる。



「初めまして勇者同盟のみなさん。私が魔王ジオハルトです。伝説の勇者に直接お会いできるとは光栄です。早速、現実世界をご案内しましょう」



「ジオハルト、だと……!?」


 想定外のエンカウント。

 眼前に出現したジオハルトを前に、デバインたちは驚きを隠せなかった。自らは城や砦に籠もり、手下の兵士や魔獣を用いて勇者たちの出鼻をくじく……それが魔王側のセオリーなのだと勇者たちは信じて疑わなかったのだ。


 ――なぜ自ら姿を現した? たった一人で我々を倒すだけの自信があるのか?


 定石を外すジオハルトの行動に、デバインは警戒心を抱かずにはいられない。勇者側は三人なのに対し、ジオハルトは部下の一人も付けていなかった。本来ならば魔王を討つ絶好のチャンスである。

 しかし――いや、だからこそデバインは慎重にならざるを得なかった。魔王がどんな罠を仕掛けているのか見当もつかない。安直な行動でパーティー全体を危機に晒すわけにはいかないのだ。


「どうしたのです? せっかく現実世界に来られたのです。手ぶらで帰るのもなんですし、この町一番のパン屋を紹介しましょう」


 ジオハルトは勇者たちに背中を見せると、町角のパン屋へ向かって歩き始めた。背後から攻撃してくれと言わんばかりの無防備な態度が、ますますデバインたちの警戒心を刺激する。


「デバイン、どうするつもりだ?」

「……ここは奴の出方を伺う。眼の前にいるのが本物のジオハルトとは限らないだろう」


 デバインはジオハルトの目的が理解できなかった。


 魔王がなぜ勇者をパン屋に案内する?

 パン屋に案内すると見せかけて攻撃を仕掛けてくるのか?

 いや、そもそもなぜパン屋なんだ?


 疑問符を頭に付けたまま、勇者たちはジオハルトの紹介するパン屋へと足を踏み入れた。

 店は結構な賑わいである。退役軍人が経営するパン屋らしいが、地元の住民からの評判は上々のようだ。


「最近、この町ではパン屋が増えていましてね。一つの町にパン屋ばかりが建つので、店長たちは他の店に負けないように安くて美味しいパンを作ろうとするんですよ」


 上機嫌でパン屋を紹介するジオハルト。武装した魔王と勇者たちを目にしても、市民たちが驚く様子はない。コスプレマニアのサークルとでも思われているのだろうか。


 ジオハルトは勇者たちを店の奥にあるイートインスペースに座らせた。うきうきと焼き立てのパンをトレーに載せ、レジで支払いを行う。……なんで魔王が普通に買い物をしてるんだ?


「この店のパンは焼き立てを食べるのが一番美味しいんです。ジャムもマーガリンも必要ありません。素材本来の味を活かした逸品です。さあ、どうぞ召し上がってください」


 レジから戻ってきたジオハルトは、さも得意げにパンを振る舞った。まるで自慢のパンを客に勧める店員のような素振りである。

 美しい輝きを放つ小麦の宝石。つやつやの丸パンは間違いなく至高の一品である――が、そんなもので勇者たちの目をくらますことはできない。


「……俺たちはここにパンを食いにきたわけじゃない」


 ギリアムは差し出されたパンに手を付けなかった。毒を疑っているとか、お腹が空いていないとか、そういう理由ではない。


「と言いますと?」

「俺たち勇者同盟の目的は、世界を侵略する魔王を討伐し、人類の自由と平和を取り戻すことだ」


 勇者同盟は、魔王の侵略から人類を守るために結成された組織だ。パンごときで目的を見失うことはありえない。


「魔王ジオハルト、戦うつもりがないのであれば今すぐ人類を解放し、魔界へと帰還しなさい」


 ノエルは魔王相手に気丈に振る舞った。無益な戦いを求めていないのは勇者とて同じこと。ジオハルトを現実世界から追い払うことさえできれば、市民たちを救うことはできる――少なくとも彼女はそう考えていた。



「お断りします」



 しかしジオハルトは彼女の期待を裏切った。否、勇者の言葉を否定するのは魔王として当然の帰結であった。


「私は人類の支配者、『魔王』です。私には人類を支配する権利と義務があります。たとえ、あなた方に土下座されても人類を解放するつもりはありません」


 魔王としての本性を見せたジオハルト。先ほどまでパンを振る舞っていたコスプレマニアは別人だったのだろうか。人類の支配者を自称するこの男こそ魔王ジオハルトである。


「貴様……!」

「――もういい」


 憤るギリアムをデバインが遮った。勇者は最初から魔王の譲歩など期待していなかった。


「交渉は決裂だ。魔王ジオハルト……貴様を勇者同盟の名の下に討伐する!」


 ここに来てデバインは高らかにジオハルトの討伐を宣言した。先ほどまでは罠を警戒していた彼だが、今となってはそれも徒労だったと結論づけていた。

 ……勇者相手にパンを振る舞うなど馬鹿げた演出だ。こいつは勇者を恐れ、戦うことから逃げようとする腰抜けに違いない。ならば正面切っての戦いを挑み、その首を貰い受けるまでのことだ。


 敵意をあらわにする勇者たち。もはや衝突は避けられない。戦争と犯罪を否定する魔王が、重い腰を上げた。


「もとより勇者と魔王は相容(あいい)れぬ存在。あなた方が戦いを求めるというのであれば仕方がありません。伝統に従い、直接お相手いたしましょう」

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