第6話 招集、勇者同盟
ガルド王の一族による多次元異世界侵略――それは世界のバランスを崩壊させるには十分過ぎる出来事だった。魔王たちによって、平和だった世界も、平和でなかった世界も、ことごとくが侵略された。
ある世界の民は魔王に屈服する喜びを覚え、ある世界の民は魔王によって生ける屍に変えられた。
事態を重く見た世界の監視者たる「女神」は、様々な世界から「勇者」を招集し、魔王の侵略に対抗する組織を結成した。それこそが「勇者同盟」である。
勇者たちは魔族の侵略対象となった世界に降り立ち、魔王討伐の冒険へと向かう。人類の自由と平和を取り戻すことが、彼らに与えられた使命なのだ。
そして今、新たな勇者たちが招集された。彼らの向かう先は――
「今回の目的地は、現実世界だ」
招集された勇者の筆頭「デバイン」は、円卓に座する二人の仲間に目的地を伝えた。彼らは、女神が用意した異世界間に存在する中継拠点「センチネル」で新たな任務への準備を進めていた。
デバインは、とある世界を救った英雄の一人である。かつて彼の故郷は邪竜によって崩壊の危機に瀕していた。国王から聖剣を与えられたデバインは、単身で邪竜に戦いを挑んだ。三日三晩に渡る死闘の末、ついに勇者は勝利を掴んだのである。
女神はデバインの戦い振りを高く評価し、最高位のAランク勇者として同盟に迎え入れた。数多の勇者を擁する同盟においても、屈指の戦力であることは疑いようがない。
「デバイン、お前が招集されたということは、現実世界にそれだけの危機が迫っていると考えていいんだな?」
招集された二人目のAランク勇者「ギリアム」は、武者震いを隠せずにいた。
ギリアムは卓越した剣技だけを武器に、祖国の侵略者を退けた兵である。同盟に加入した後も数々の戦いで魔王軍を撃退する活躍を見せており、今や歴戦の戦士として名を馳せていた。
「でも現実世界って、本当は行っちゃいけない場所でしょ? 特に私みたいなのは」
一人だけ場違いな雰囲気を醸す少女がいた。三人目の勇者として招集された魔導士「ノエル」である。
ノエルは魔法学の発展に寄与した研究者でありながら、自ら同盟への参加を志望した異色の経歴の持ち主である。加入当初こそ彼女の実力に疑問を抱く者は多かったが、あらゆる属性魔法を行使する天才的なセンスによって、瞬く間にAランク勇者の資格を得るに至った。
「確かにな。現実世界じゃ俺たちは……勇者は伝説の存在なんだってな」
ギリアムは少し恥ずかしがるような素振りを見せた。実のところ、勇者としてチヤホヤされるのが結構好きなのだ。
「そうそう。魔法なんて使った日には大騒ぎになっちゃう。あの世界ってかなり特殊な文化体系なのよね」
勇者たちにとって現実世界は特異な場所だった。その世界には魔法の概念がなく、勇者や魔法使いは伝説の存在……すなわちフィクションとして扱われていた。
世界を股にかける勇者同盟であっても、現実世界に干渉することはタブー視されてきた。勇者の存在が顕現してしまうことは、現実世界に無用の混乱をもたらす危険性があったのだ。
「――だが、それでも現実世界を無視する訳にはいかない状況になった」
険しい表情を見せるデバイン。不可侵の掟を破らねばならぬほど、状況は逼迫しているのだ。
「まさか……現れたのか?」
ギリアムは、ようやく自分たちが招集された理由を理解できた。Aランク勇者が三人も必要とされるクエストとなれば、おのずと答えは出てくる。
「そうだ。魔王による現実世界への侵略が始まったんだ」
現実世界への侵略――その言葉に勇者たちの空気が張り詰める。
「くそっ、忌々しい魔族どもめ!」
「現実世界の人たちは大丈夫なの!?」
魔王に侵略された世界がどうなるのか……勇者たちはその実情を誰よりも知っていた。魔族は人類を劣等種としか見ていない。奴隷にされるだけなら、まだマシな方なのだ。
「……二人とも、まずはこれを見てくれ。現地の偵察ドローンが捉えた映像だ」
デバインがコンソールのスイッチを押すと、円卓の中央に立体映像が投影された。……どうやら現実世界の軍事キャンプを撮影したものらしい。大勢の兵士たちが何かから逃げているようだ。
やがて、それは姿を現した。暗雲が立ち込める空に佇む漆黒のシルエット。その正体は――
「魔王ジオハルトだ」
ジオハルトが剣をかかげると次々に落雷が発生した。一瞬にして軍事キャンプは大混乱に陥る。
「じ、ジオハルトだ!」
「奴には銃も戦車砲も通用しないぞ!」
「撤退、撤退っ!!」
落雷の直撃を受けた偵察用バイクが爆発し、キャンプのテントは炎に包まれた。兵士たちは反撃することもかなわず、降り注ぐ雷から逃げ惑うことしかできない。
「なんてひどいことを……」
凄惨な光景にノエルは思わず口を抑えた。魔法を悪用し、人類を弄ぶ邪悪な魔王……それこそがジオハルトの本質なのだ。
……勇者たちは気づかなくて当然なのだが、このキャンプは隣国に侵攻していたメルザ軍の野営地である。ジオハルトは兵士たちを撤退させるために雷魔法を使用しただけで、誰一人犠牲者は出していない(炎上したテントも中は無人だった)。魔王には魔王なりの支配戦略があるのだが、それは勇者たちの与り知らぬところである。
「この映像も見てくれ。現実世界の人間たちが撮影したものだ」
映像が切り替わり、今度はニュース番組が投影された。リポーターの後ろには、日本の警視庁本部が映っている。そこへ大勢の野次馬が集まっているようだ。
「立派な建物だな。あれが現実世界の治安維持組織か?」
見慣れぬ現実世界の建築物に興味を示すギリアム。勇者たちには、任務遂行にあたって必要最低限の知識しか与えられていない。
「いや、注目すべきはそこではない。建物の前をよく見るんだ」
「ん……なんだあれは?」
カメラが野次馬の向こう側をズームする――そこには驚くべき光景が広がっていた。
「大変なことが起きました! 警視庁の前に巨大な氷の檻が出現したのです。檻の中には閉じ込められた人たちの姿も見えます!」
「!?」
それは勇者たちですら驚愕する惨状であった。警視庁の前に現れたのは、氷で造られた巨大な檻だった。分厚い氷で四方を囲まれたそれは、まるで等身大のフィギュアケースだ。氷の内側には助けを求める人間たちの姿が見える。
「誰か助けてくれ!」
「寒い……寒いよぉ!」
「もう悪いことはしません! ここから出してください!」
警察官たちはヤカンリレーでお湯をかけて、少しずつ氷を溶かしている。……ひどく険しい表情で中の人たちを睨んでいるのは気のせいだろうか?
「警視庁では、氷の檻を作ったのはジオハルトの仕業と断定しており、現在も捜査中とのことですが……」
「おい、そこ! カメラを向けるんじゃない!」
現場を警察官たちが封鎖するところで、ニュース映像は途切れてしまった。
「人間を氷に閉じ込めて見せものにするとは……なんという外道だ!」
ジオハルトの非道な行いに激怒するギリアム。このような悪行が許されるはずもない。やはり魔王は人類の敵だったのだ。
……実は氷に閉じ込められていた人間たちは、全国で指名手配されていた凶悪犯たちである。犯人逮捕に執念を燃やす警察官たちが、ホシを見逃すはずもあるまい。氷を溶かしてもらった後、悪党どもは即時逮捕されるのだが……それも勇者たちの感知するところではなかった。
「……女神からは、既に緊急クエストの要請が届いている。目標は『魔王ジオハルトの討伐』だ。」
デバインは女神から提示されたクエスト内容を説明した。センチネルに搭載された転移装置を使って現実世界へと乗り込み、人類の支配を目論む魔王を討伐する――まさしく勇者たちにふさわしいクエストであった。
「魔王を名乗り、人類を支配しようとする輩を野放しにはできない。ジオハルトを討伐し、現実世界の人々を救うことが我々の使命だ」
「おうよ! もはや奴を生かしておく理由などない。人類の自由と平和を守るため、魔王を討つ!」
「魔法で人々を苦しめるなんて許せない! ジオハルトは私たちが必ず倒す!」
誇り高き勇者。
闘志溢れる戦士。
天才魔導士。
盤石の布陣で魔王討伐に臨む勇者たち。果たしてジオハルトに勝機はあるのだろうか?
※この小説の主人公はヤスオです。