第58話 そして彼らは世界を開く
突如として太平洋に出現した新大陸。
現実世界の侵略を目論んだエルミナス皇帝は、帝国軍を率いて日本への侵攻を開始。竜騎兵の襲撃によって九州地区を中心に被害が発生した。
在日米軍は新大陸を脅威と認定し、自衛隊と連携した攻撃作戦を計画するが、平和活動家ジオハルトが先んじて新大陸に上陸。現地で帝国軍と対立していたレジスタンスと共同戦線を構築し、大陸各地で反抗作戦を展開する。
ジオハルトの助力を得たレジスタンスは快進撃を続け、エルミナス城を包囲するに至る。ジオハルトは停戦交渉を持ちかけるが、エルミナス皇帝はこれを拒否。仲介役のゴネル将軍を殺害しようとしたため、止む無く交戦状態に突入する。
激闘の末、追い詰められた皇帝は玉座に仕掛けていた爆弾を使って自決――焼け焦げた甲冑の破片だけが彼の遺品となった。
レジスタンスは、指導者のクロエ・フリントを中心とした臨時政府を設立。クロエは全ての戦闘行為の停止を宣言し、皇帝の死を知った帝国軍も武装解除の命令に従った。
時同じくして、アメリカ海兵隊がエルミナス本土に上陸。司令部に魔王からの伝令が届いたのは、攻撃開始5分前のことであった。
事態の解決を知った在日米軍は、攻撃作戦の中止を決定。エルミナスとの全面戦争は回避されたのである。
――と、ここまでが表向きの話。
残念なことにグリードは爆発していない。あいつの正体が割れると面倒なことになるので、皇帝の仮面を付けたまま退場してもらったのだ。
再起不能になったグリードは、シエラさんの転移魔法で魔界へと強制送還された。ガルド王に断りもなく大陸を転移させた上、アンナの領地を荒らし回った罪状は推して知るべし。
大人しくエルミナスで皇帝のフリをしていればよかったものを、現実世界に手を出したばかりに全てを失う羽目になったのである。
53番目の魔王グリード・エンプロイドは、自身の正体を誰にも明かすことなくエルミナスを征服していた。
実はエルミナスの統治者……本物の皇帝はとうの昔に病死しており、グリードは皇帝になりすますことで自身の手駒を揃えていた。いつから皇帝を名乗っていたかは不明だが、真紅の甲冑が目撃されるようになった時期からして、大陸が統一された頃には帝国の乗っ取りに成功していたようだ。
グリードは皇帝としての地位を利用することでエルミナスの住民を支配すると同時に、大陸の統一が魔族の侵略行為であることを隠匿。勇者同盟は魔王の存在を感知することができず、グリードの専横を許す結果となってしまった。
同盟が異変に気づいたのは、大陸が現実世界に転移した後だった。グリードが世界に穴をあけたせいで、向こうは結構な騒ぎになったらしい。結局、グリードはジオハルトに倒されてしまったので、またしても勇者たちは活躍の機会を奪われてしまうのであった。
「セコいやり口だな。こんなヤツに偽者扱いされていたのか」
僕は、シエラさんからグリードに関する報告を受けていた。いつものリビングテーブルには、衰弱しきったグリードの顔写真が投影されている。魔界に送致されたグリードの処遇については、ガルド王に一任されているらしい。
「結果だけ見れば、あなたが仰った通りグリードこそが偽者だったのでしょう。あの男にはもう魔王を名乗る資格もありません」
「勝てば官軍、なんて言葉もあるが、グリードは賊軍になったわけだな」
ジオハルトを殺してしまえば、現実世界を自分の物にできると考えていたのだろう。死人に口はないわけだから、「あいつは反逆者だった」とか適当な理由を付けて正当性を主張すればいい。ガルド王に嘘が通じるとも思えないが。
「しかし、お前があそこまでやるとは思わなかったぞ。本気でグリードを殺さんばかりの気迫だったからな。あやつが卒倒するのも無理はあるまい」
アンナが後ろから抱きついてくる。エルミナスの一件以来、彼女との距離が近くなった気がする。結婚してるんだから当然といえば当然なのだが。
「ごめんよ、アンナ。僕がグリードを倒したせいで、親戚筋から抗議が来てるんだろ?」
最近シエラさんは、頻繁に魔界と犬山家を行き来している。いずれにせよグリードはジオハルトのせいで領地を失ったわけだから、エンプロイドの一族にとっては面白くない結果だったに違いない。
「何を言うか。お前は父上より現実世界を支配する権利を与えられているのだぞ。そこへ兵を送り込むなど内乱にも等しい行為だ。いかなる処罰を受けようと文句は言えまい」
後に聞いた話だが、グリードは魔王の称号を剥奪された末、母方の実家に引き取られることになった(魔界における僻地であり、事実上の島流しだ)。
異世界侵略に失敗したグリードが処分されずに済んだのは、母親の助命嘆願の成果である。……家族は大事にしておくもんだな。
「それにな、お前は私の名誉を守るために戦ったのだ。世界を手中に収めようとも、良き伴侶を得ることは難しい。やはりお前と結婚したのは正解だった」
そう言ってアンナは頬にキスをしてくれた。
彼女の言う通りだ。世界を支配することよりも、一人の愛を得ることの方がずっと難しい。アンナは何ものにも代えがたい存在だった。
僕は彼女を守る。
彼女と一緒にいられる世界を作る。
だから、魔王になると決めたんだ。
――戦乱の集結より1か月後。
支配者が不在になったエルミナスの扱いについて、ガルド王より指令書が届いた。
グリードは、ガルド王が試作した領域転送装置を無断で使用し、エルミナスを現実世界へと転移させていた。本来この装置は、魔族が支配した領土を異世界間で移動させ、世界地図を自由に書き換えることを目的とした野心的な発明である。
しかしグリードが使用した試作品は、一度転移させた領土が固定化されてしまい、別の場所に移すことができなくなってしまう代物だった。ガルド王はエルミナスを現実世界の一部とみなし、ジオハルトによる実効支配を承認した。
エルミナスを預けられたジオハルトだが、既に新大陸にはレジスタンスを中心とした臨時政府が設置されていた。別世界に転移したという事実に、住民たちは相当に困惑していたが、事情を知った日本政府が友好的な態度を表明したこともあり、混乱は早期に収束していった。魔王はあくまで「オブザーバー」として戦争と犯罪を否定する立場をとり、国政はエルミナスの国民自身が取り仕切ることになった。
解体されたエルミナス城の跡地には、国会議事堂が建設され、大陸初の民主主義政権が誕生した。エルミナス帝国は「エルミナス共和国」に名を改め、現実世界の一員となったのである。クロエは評議会の議長に選出され、慌ただしい毎日を送っている。
「エルミナスを解放したのはヤスオさんなんですよ。この国はあなたが治めるべきなのでは?」
「あいにくですが、私は人類の支配者です。一国の主に収まるつもりはありません」
「えぇっ……」
帝国軍は、バロンを中心に国防隊として再編される運びとなった。戦争が終わっても軍事力が不要になるわけではない。国を守るための力として、兵士たちには新たな使命が与えられたのだ。
ジオハルトは「戦争の抑止」を名目に、国防隊の近代化に協力している。魔王が特定の国家に肩入れすることは望ましくないのだが、エルミナスの独立性を担保するためには必要な措置であった。
瀕死の重傷を負ったゴネルは、レジスタンスの救命措置が間に合い、奇跡的に一命を取り留めることができた。皇帝に殺されかけたおかげで、「被害者」という立場を得られたのは幸運だったと言えよう。今回の一件でさすがに懲りたのか、ゴネルは国政に関与することはなく、辺境での隠居を決めるのだった。
竜騎士ダルファーは国防隊に復帰した後、日本の航空自衛隊に出向することになった。突拍子もない話にも思えるが、異世界の脅威に晒された日本は防衛体制の見直しを余儀なくされており、水面下でエルミナスに協力を求めてきたのだという。原則自衛隊は日本人しか入隊できないため、共同訓練という形で竜騎兵隊の派遣が決まったのだ。
回復したネロスと共にダルファーはアグレッサーに抜擢され、戦闘機相手に卓越した竜操技術を見せつけている。パイロットたちと鎬を削る日々は、ダルファーにとっても良い刺激になっているようだ。
……竜騎士はいかなる心境で皇帝の首を狙っていたのか。ダルファーには色々と聞きたいことがあるのだが、ジオハルトも身分を偽っている手前、面と向かって話ができるようになるには時間がかかるだろう。
「ヤスオさん! 私もパンを焼いてみたんです。どうか食べてください!」
今日もクロエさんが犬山家にやってきた。
最近彼女はドラゴンタクシーに乗って、しばしば日本に飛んでくる。
まあ、日本とは隣国なわけだし、外交活動も大事な仕事には違いないのだが……。
「先日コンビニで見かけたメロンパンを作ってみたんです。ご賞味いただけないでしょうか?」
うへぇ。クッキー生地が炭化してやがる。コンビニで売ってたのはチョコメロンパンか? まずはエルミナスにチョコレートを輸入するところから始めよう。
……せっかくだから、ちゃんとしたパンを作る方法を教えてあげたいのだが、ここは犬山家だ。妻の視線が痛い。
「……おい、ヤスオ。妾を取るのは、せめて私との間に子どもを作ってからにしてくれよ」
握りしめられたゲームパッドが、ぎりぎりと悲鳴を上げている。それ人気商品だから中々買えないんだよ。これ以上壊さないでおくれ。
「だ、誰が妾ですか! あなたこそヤスオさんの妻を名乗るなら、それにふさわしい振る舞いをしなさい。一体いつまで不労者を続けるつもりなんですか?」
「不労者だと? 今の私は専業主婦だ。ヤスオの代わりに家を守ることが私の役目なんだよ」
「専業主婦……?」
今度はシエラさんが顔を引きつらせる。少なくともアンナが料理とか洗濯をしているところは見たこともない。結婚してからも家事はメイドのシエラさんに任せきりなのだ。
……魔族の侵略を手伝っている身ではあるが、さすがに申し訳なくなってきた。何かお礼の方法を考えておこう。
「今日はフランスパンも焼いてきたんです。ヤスオさんが持ち込んだ野外炊具は本当に便利ですね。あれさえあれば私も専業主婦に……」
露骨な女子力アピールに、さしものアンナも黙ってはいられない。クロエさんからフランスパンを奪い取り、頭からバリバリとかぶりついてしまった。
「なんだこの硬いパンは。こんなものではヤスオの足元にも及ばないぞ。お前に専業主婦は無理だ。修行して出直してこい」
「私が3日かけて用意したパンを愚弄するとは……あなただけは許さない! 魔王アンナ・エンプロイド!」
……まだまだ問題は山積みだが、少しだけ世界が平和になった気がする。僕たちは立場も生まれた世界も違うけど、こうして同じ場所で生きることができる。世界と人々の心を一つにすることは、決して難しいことではないはずだ。
「ヤスオ君、早く変身して! また事件が起こったよ!」
武装したセリカさんが犬山家に飛び込んできた。
ああ、そろそろ何か起きそうな気がしてたんだ。
「今日は何かな。銀行強盗? それとも立てこもり事件?」
シエラさんがリビングテーブルで状況を確認する。アラートが発生しているのは日本ではない。海の向こう側だ。
「エルミナス領空に所属不明の航空機が多数侵入。超音速でキャピタルシティへ向かっています」
「な、なんですって⁉」
アンナと取っ組み合いをしていたクロエさんが驚きの声を上げる。
所属不明機による領空侵犯……古い人間たちの仕業か。世の中そんなに上手く物事は進まないようだ。
「国防隊からの支援要請が届いています。ヤスオ様は早急に出撃してください」
「了解した――魔王ジオハルトはこれより賊徒の討伐へ向かう」
獄王の鎧を装着すると、何もない空間から魔道剣が飛び出した。もはやレーヴァテインは身体の一部だ。シエラさんに管理を任せる必要もなくなっていた。
『エルミナス上空は快晴。北西の風27メートル。ミストラルの加護は必要ですか?』
「ゆるい風だよ。一人で飛べるさ」
その場にいた一同が、「誰と話してるんだお前」みたいな顔を向けてくる。四精霊に自我があるのは周知の事実だが、彼らの声は魔道剣を介さなければ聞こえないらしい。シエラさんは幻聴だと言っていたが、どうにもそうは思えないんだよな。
「シエラさん、エルミナス行政府との回線は?」
「オンラインです。バックアップの準備もできております」
いざという時のため、エルミナス本土と犬山家は魔法通信で連絡が取れるようになっている。といっても、エルミナス側からはどこに通信しているのかも判別できない仕組みだ(そもそも魔法通信の原理を理解している人間がいない)。現状、犬山家に魔王が住んでいることを知っているのは、クロエさんだけである。
「OK――フリント議長は国防隊の指揮をお願いします。彼らが一致団結するにはあなたの力が必要だ」
帝国軍の後身とはいえ、国防隊には元レジスタンスのメンバーも少なくはない。昨日の敵は今日の友。兵士たちをまとめられるかどうかは、クロエさんの手腕にかかっている。
「わ、分かりました! 歩兵隊は住民の避難誘導を優先。高射部隊は居住区への攻撃に備え、防空迎撃装置を起動してください」
リビングテーブルには戦況マップが投影され、クロエさんは魔法通信を介して各部隊に指示を下していく。シエラさんはエルミナス側のレーダーサイトを用いて、領空侵犯機の追跡を開始していた。
たちまち臨時発令所になってしまう犬山家。今さらだが、父さんと母さんが帰ってきたらどんな顔をするんだろう。……言い訳は考えるだけ時間の無駄かもしれない。
「ふふん。少しは面白くなってきたじゃないか。こうして居を構えれば現実世界も悪くはない。お前もそう思うだろ、シエラ」
「ええ。あなたがもう少し働いてくだされば、言うことはないのですが」
ゲームパッドを放り投げて観戦を始めるアンナ。シエラさんは渋い顔を見せるが、本気で嫌ったりはしていない。どっしりと構えるのが魔王の仕事なのだ。ラスボスは最後まで動かないもんだぜ?
「キャピタルシティに到達される前に敵部隊を叩きます。セリカさんも準備はいいですか?」
「いつでも行けるよ。空の戦いにだって慣れたんだからね!」
転移魔法陣へと乗り込むと、イカロスブースターを背負ったセリカさんが後を追ってくる。魔王と勇者が並び立つのは奇妙な光景かもしれないが、現実世界じゃそれが当たり前なのだ。古い伝説はもう当てにならない。
「座標設定完了。エルミナスへの転移を開始します」
「申し訳ありません。ヤスオさん、セリカさん。本来ならば国を守るのは私の役目なのに……」
「違いますよ。争いをなくすのは、支配者の役目です。あなたはあなたの責務を果たしている。エルミナスの人々も知っていることです」
理想のディストピアに戦争と犯罪は必要ない。人類を支配するのは魔王の使命。言うことを聞かない連中がいるなら、やることは決まっている。ジオハルトは絶対の存在なのだ。
「ちょっと出かけてくる」
――でも、僕は本当の自分を捨てたくはなかった。
帰る場所があるから、家族がいるから、大切なことを忘れずにいられる。心を持つことは弱さなんかじゃない。守るべきものがあるから、人は強くなることができるんだ。
「いってらっしゃい、ヤスオ」
共和制に移行してもなお、エルミナスを外敵とみなす勢力は存在していた。異世界人との共存を拒む、古き人間たちである。
新大陸の出現による世界地図の書き換えは、人間社会にも少なからず影響を与えていた。海上輸送の停滞、漁獲量の急激な減少、異常気象の発生……旧人類は全ての責任をエルミナスに押し付け、異世界人の排除に乗り出した。
「こちらジオハルト。所属不明機を視認した」
「あの機体、もしかして……!」
見間違えるはずもない。エルミナスに転移したジオハルトたちを待ち構えていたのは、無人戦闘機スペキュラーの編隊である。皮肉なことに旧人類はラグナの置き土産を解析し、自らの戦力として再利用していたのだ。
「異世界を嫌うくせに、技術だけは活用しようって魂胆か。いい性格してるよな、本当に」
機体そのものはデッドコピーだが、対地攻撃用にパイロンを追加し、戦闘爆撃機としての改修が施されている。近代化された国防隊といえど油断ならない敵である。
「防衛ラインを突破されるわけにはいかない。ここで全機墜とさせてもらう」
「イージスフォーメーションでいくよ。ヤスオ君は攻撃に集中してちょうだい!」
エルミナスを排除し、自分たちの領域だけを守ろうとする旧人類。古き人間たちは、自らを支配者と信じて疑わなかった。
しかし彼らは思い知ることになる。
本当の支配者が誰なのかを。
何人たりとも魔王に抗うことはできないことを。
人智を超えし支配者「ジオハルト」は、今日も世界を変えていく。己が信念を貫くことが、正しき道だと信じて。
「さて、教育を始めようか」
「幼なじみの魔王をニートにしてしまったので、責任を取って人類の支配者になりました」はこれにて完結となります。
ご読了いただきありがとうございました。




