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第56話 皇帝の正体

「早く、ヤスオさんたちの所へ戻らないと……」


 図らずも火蓋を切られた皇帝との決戦。


 ジオハルトとセリカが皇帝の注意を引きつけている間に、クロエは重体のゴネルをなんとか引きずり出すことができた。

 交渉の決裂を悟ったレジスタンスの仲間が駆けつけてくれたのは、不幸中の幸いだった。ゴネルの搬送を民兵たちに任せ、クロエは再び玉座の間へと急いだ。


 ……戻ったところで何もできない。分かっているはずだ。自分がもう足手まといにしかならないことを。

 それでも、魔王と勇者の戦いを最後まで見届ける必要がある。彼らに頼った自分の責務なのだと言い聞かせる。そうする以外の選択肢をクロエは持ち合わせていなかった。


 玉座の間へと通じる扉がわずかに開いていた。隙間から溢れ出す閃光と爆音――この先は戦場である。近づくことすら(はばか)られる地獄への入口に、クロエは一歩ずつ足を進めていった。


「そんな……!」


 眼前の光景にクロエは我が目を疑った。

 おびただしい数の魔導水晶が、属性魔法による波状攻撃を繰り出していた。皇帝の意思によってコントロールされる水晶は、雷を放ち、嵐を巻き起こす。火炎弾が撃ち込まれた次の瞬間には、氷の槍が飛んでくる――猛攻に晒されていたのは魔王と勇者であった。


「魔道剣ブリザード!」

「無駄だ――ファイアウォール」


 氷の魔剣が発生させた吹雪を、炎の障壁が阻んだ。魔道剣による反撃も、皇帝の周囲に展開された魔導水晶によって防がれてしまう。

 皇帝は部下の一人もつけてはいない。しかし魔導水晶の編隊をコントロールすることによって、魔王と勇者をも凌ぐ戦闘能力を獲得していた。


「精霊を封じた魔剣か。興味深い代物だが、魔導水晶(マギアクォーツ)の敵ではない」


 皇帝の魔導水晶は、同時使用できる属性の数において魔道剣を上回る。精霊をシフトさせる必要がある魔道剣では、対応が間に合わないのだ。


「シエラさん、あの水晶の正体はなんだ? どうしてあれだけの魔法を行使できる!?」

『あの水晶は……言わば、魔力の結晶体です。あらかじめ封じておいた魔力を解放することで、属性魔法を発動していると思われます』

「魔力のカートリッジってわけか。厄介なオモチャを持ち込んでくれたもんだ!」


 シエラが分析した魔導水晶の力は、魔道剣にも匹敵するものだった。単一で引き出せる魔力に限度こそあれど、皇帝はストックしておいた水晶を次々に投入し、間断なく攻め立ててくる。ジオハルトは正面からの攻撃を防ぐので手一杯だ。セリカがイージスを展開して死角からの魔法を防御するが、それにも限界がある。


『ヤスオ様、皇帝の戦闘能力は想定を遥かに上回っています。敵が保有する水晶の総数も分からぬ以上、戦闘を継続することは危険です』


 皇帝は敗戦を悟って玉座の間に籠もっていたわけではない。温存しておいた魔導水晶を最大限に活用すべく、ジオハルトたちをおびき寄せたのだ。獄王の鎧といえど、魔法の十字砲火を浴びせ続けられては、ひとたまりもないだろう。


「だからって、逃げるわけにはいかないだろ。ここで皇帝を倒さなければ、世界は再び危機に晒される」

「そうだよ! 皇帝はエルミナスの民を……人間を道具としか見ていないんだ。あんな奴を放っておくわけにはいかない!」


 義憤に駆られてしまうのは、彼らの本質なのか。魔王と勇者――異なる道を進んだはずの二人だが、その心に違いはなかった。


「セリカさん、魔法の撃ち合いじゃケリがつかない。あなたの剣の腕を借ります」

「分かったよ。……チャンスは一度しかなさそうだね」


 背中合わせになった二人は賭けに出る。魔法の包囲陣を突破するには、力を合わせるしかないのだ。


「いかなる策を用いようとも無意味だ。何人たりとも俺の布陣を崩すことはできぬ」


 魔導水晶に込められた魔力は無限ではない。飽和攻撃を続けるためには、魔力を消費した水晶を新しい物と入れ替える必要がある。わずかな時間ではあるが、攻撃が止むタイミングがあるのだ。刹那の好機を見逃さず、魔王は起死回生の魔法を発動させた。


「魔道剣トルネード!」


 風の魔剣が猛烈な竜巻を発生させる。一瞬だけだが、凄まじい風圧によってジオハルトたちを包囲していた魔導水晶は、皇帝の制御下を離れてしまった。


「それで虚を突いたつもりか? フロストウォール」


 皇帝は魔王の攻撃を見越していたかのように、自身の後方に待機させていた魔導水晶でフロストウォールを展開した。氷壁は風圧を防ぐには十分な耐久力を有している。皇帝の防御に穴をあけることは叶わない。


「……!」


 皇帝が異変を察知する。

 確かに防御を破られはしなかった。魔導水晶の攻撃編隊も未だ健在。しかし氷壁の向こう側にいたはずのもう一人――勇者が姿を消していたのだ。



斬空旋風剣(ざんくうせんぷうけん)!」



 皇帝が頭上を見上げた時、目に飛び込んてきたのは、竜巻に乗って突撃してくる勇者の姿であった。

 自らトルネードに飛び込んだセリカは、フロストウォールを超える高度まで上昇――ジオハルトのコントロールによって空中で加速し、錐揉(きりも)み回転しながら皇帝への斬撃を繰り出していた。


 魔法による防御は間に合わない――皇帝は咄嗟(とっさ)に飛び退くが、勇者の渾身の一撃を回避するには至らない。セリカが振り抜いたカレッドウルフの切っ先は、皇帝の兜を捉えていた。


「やったか!?」


 ガキンッと鈍い音が木霊し、玉座の間を二分していた氷壁が崩れ落ちる。ジオハルトは急ぎセリカのもとへ駆け寄った。


「……残念だけどアイツはまだ生きてる」


 ジオハルトが気流を制御していたとはいえ、剣を振るうのはセリカ自身なのだ。高速回転しながら斬撃を急所に命中させるなど、至難の業である。剣先は甲冑を掠めはしたものの、皇帝本体にダメージを与えるには及ばなかった。


「この俺に一太刀浴びせるとはな。伝説の勇者を名乗るだけのことはある」


 とはいえ、斬撃の余波は兜を破壊するのに十分な威力を秘めていた。紅の装甲にヒビが入った瞬間、兜は真っ二つに()かれ、皇帝はその素顔を白日の下に晒すこととなった。


「むっ、その顔立ちは……」


 見覚えのある顔だった。

 いや、そんなはずはない。ジオハルトと皇帝は間違いなく初対面である。

 では、この既視感の正体はなんだ? 燃え盛る炎のような赤髪。心を突き刺すような紅の瞳。


 ……気づいていたはずだ。技巧を凝らして編まれた真紅の鎧。魔道剣にも匹敵する強力な属性魔法。大陸そのものを転移させるという大胆な支配戦略。


 ジオハルトが戦っていた相手は人間(・・)ではない。



「もしや、あなたはガルド王のご子息か?」



 異世界広しと言えど、大陸を転移させるほどの力を持つ勢力は限られる。その最有力候補を知りながら、ヤスオは皇帝の正体を見抜くことができなかったのか?

 ――それは違う。ヤスオはある種のバイアスに心を支配されていた。アンナと結婚し、ガルド王に認められたという事実が、魔王が敵になる(・・・・・・・)という可能性を排除してしまっていたのだ。


「いかにも。俺の名はグリード・エンプロイド。始祖ガルドの血を引く53番目の魔王である」


 やはりそうか――確信を得たジオハルトは敵であるはずのグリードに会釈する。皇帝を討たんと共に戦っていたセリカは、何が起きているのか全く理解できない。


「グリード殿。私はアンナ・エンプロイドの夫、ジオハルトです。魔界のガルド王より命を受けて現実世界を支配しております。……あなたがガルド王に認められし魔王だというのであれば、我らが剣を交える理由もありません。双方の誤解を解くためにも、会談の場を設けてはいただけないか」


 グリードは他ならぬアンナの兄である。彼は妹が現実世界に送り込まれたことを知らなかったのか。……そうでもなければ、ガルド王と血を分けた息子が、現実世界に侵略戦争を仕掛けてくることなどあり得ない。

 ジオハルトはこの戦乱が魔族同士の行き違いによるものだと考えた。アンナが自身の兄妹について語ることはほとんどない。グリードもアンナが結婚したことを感知していなかったのだろう。

 ああ、こんなことになるならアンナも連れてくるべきだった。そうすれば戦いを早く終わらせることもできたはずなのに――



「……はっ、ははははっ!」



 グリードは笑いを(こら)えきれなかった。

 結論から言おう。ジオハルトの推測は全てが的外れだったのだ。

 

「ふざけたことを抜かすな。なぜ俺がお前ごときとの話し合いに応じねばならんのだ。偽りの魔王ジオハルト!」

「なっ……」

「どうしてエルミナスを現実世界に転移させたと思う? 魔王を騙る痴れ者を討伐し、現実世界を平定することが俺の目的なんだよ」


 現実世界への侵攻は誤解でもなければ行き違いでもない。グリードは明確な敵意をもってジオハルト抹殺を目論んでいた。純粋な魔王たるグリードの本質にヤスオは気づいていなかったのだ。


「父上に認められた程度で俺たちと同格になったとでも? 思い上がりもいいところだな。人間の分際で魔王を名乗るなど笑止千万(しょうしせんばん)。お前のような与太者(よたもの)は生かしておく理由もない」


 グリードにとって「魔王」とは、エンプロイドの一族にのみ許された称号である。ただの人間が魔王を騙り、現実世界を支配しているという事実をグリードは容認できなかった。自尊心を傷つけられたグリードは、現実世界を乗っ取り、自らが真の魔王であることを証明しようと企んだのだ。


「たったそれだけの理由で、国を巻き込んだ戦いを引き起こしたというのか?」

「いけないか? 魔族は他者を支配することを生き甲斐としてきた。俺は父上の思想に従って行動しているに過ぎない。偽りの魔王たる貴様を倒すことで、俺は真の支配者として現実世界に君臨するのだ」


 現実世界への侵略も、魔王としての使命に従ったが故のこと。ジオハルトが死なない限り、グリードの戦いは終わらないのだ。


「グリード殿……現実世界にアンナが送り込まれたことをご存知ではないのですか? 私はアンナの夫として働いているに過ぎません。アンナが真の支配者であることは、ガルド王も承認されております。これ以上の狼藉(ろうぜき)は控えていただきたい」


 ジオハルトはあくまでも非戦に徹する。魔王としての使命を背負うのはアンナとて同じこと。兄妹同士で領地を奪い合う必要もないはずだ。


「アンナ? ああ。あのケダモノのことか」

「――!」

「知ってるか? あいつは小馬鹿にされた程度で父上の城を破壊したんだぞ。理性のない獣に魔王などは務まらんさ」


 ケラケラと思い出し笑いをこぼすグリード。

 ヤスオは理解する――幼少期のアンナが魔界を追われるきっかけを作ったのは、他ならぬグリードだったのだ。


「アンナの頭の悪さにつけ込んで、魔王の座を奪ったのだろう? 生まれついての暗愚とはいえ、人間ごときに(たぶら)かされるとは、恥晒しもいいところよ」



「……貴様、今なんと言った?」



 ヤスオの――魔王の心が怒りに染まっていく。胸の内にしまっていたはずの悪意が全身を支配していく。グリードは、最も触れてはいけないタブーを理解していなかった。


「ガルド王の子息といえども、我が妻を侮辱することは許さん! 侵略者グリード……貴様をこの世界より排除する!」

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