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第53話 対決

 皇帝の本拠地たるエルミナス城とレジスタンスに占拠されたアーガス砦――その間に広がる平原を、竜騎士とジオハルトが見下ろしていた。


 足元ではドラゴンから落下した兵士たちが、興奮気味に二人の決闘者を指差している。風の便りに聞いたのか、竜騎士が魔王との一騎打ちに臨むことは帝国軍にも伝わっているようだ。

 アーガス砦でもレジスタンスの民兵たちが、我先にと城壁を駆け登ってくる。帝国軍最強の戦士が相手ともなれば、戦局を左右する一戦になることは明白なのだ。平原の遥か上空で竜騎士と対峙するジオハルトを、クロエたちは祈るような思いで見守っていた。


「名前を聞いていなかったな」


 口火を切ったのは竜騎士だった。竜を(かたど)った銀色の鎧が、雲の隙間から差した光を浴びて、鈍い輝きを放っている。


「俺の名はダルファー・トライデン。貴様は何者だ?」


 竜騎士ダルファーが魔王に槍を向けてくる。どうにもこの男は、皇帝の手下に収まるような器とは思えない。


「魔王ジオハルト」


 堂々と答える魔王――しかしその返答は竜騎士が望む答えではなかったらしい。


「あくまで偽りの名を通すか。……少しは気概のある男かと思ったが、俺の見立て違いだったようだ」


 果し合いの場で名を(かた)るとは何事か。礼節をわきまえぬジオハルトに、ダルファーは表情を歪ませる。

 素性を偽っていることを見抜かれたジオハルトだが、動じる様子はない。走狗(そうく)らしからぬ竜騎士の振る舞いに、魔王は一つの確信を得ていた。


「偽っているのは、あなたの方なのでは?」

「何が言いたい?」

「兵士として戦うのは手段であって目的ではない。皇帝の手足となって働き続ければ、ゴネルのように信頼を得ることもできるからな。――あなたは本当の目的(・・・・・)を果たすためのチャンスを待っている」


 もし仮に、帝国軍の中に皇帝を討たんとする者がいたとしよう。逆臣はどうやって皇帝に近づく? どうすれば、暴君の喉元に刃を突きつけることができる?


「……余計な話はそれくらいにしろ。お前はここで死ぬ。それだけが真実だ!」


 果たしてジオハルトの見立ては正しかったのか。ダルファーは手綱を引き、黒竜を突進させた。空を駆ける槍騎兵の一撃を、ジオハルトは身を(ひるがえ)して回避する。


「残念だが、あなたの目論見を達成させるわけにはいかない。その役目は、私が引き継がせてもらおう」

「ほざくなぁっ!」


 魔王はグリフォンの翼でベクトルを操り、地上へ向けて急降下を開始する。ダルファーはすぐさま黒竜を反転させ、目下のジオハルトを追撃した。人間同士(・・・・)によるドッグファイトである。


「魔道剣サイクロン」


 ジオハルトは竜巻を発生させ、後方より迫るダルファーの撃墜を試みた。並の航空機ならば制御不能に陥るレベルの風速だ。天まで伸びる漏斗雲(ろうとぐも)が黒竜を飲み込んだ。


「馬鹿め、その程度の風でネロスを墜とせるものか!」


 しかし竜巻程度では黒竜はバランスを崩さない。竜騎士は風圧を物ともせず魔王に食い下がってくる。それどころか風を味方にして飛行速度を上昇させていた。精霊の力添えがなくとも、竜騎士は風を読むことができるのだ。


「魔道剣フリーズバレット」


 背面飛行に転じたジオハルトは、魔道剣を氷属性にシフトさせた。空気中の水分を凍結させ、弾幕を形成していく。氷の弾丸といえど、爆撃機をハチの巣に変えるほどの威力だ。ドラゴンの鱗を貫くには十分な代物である。


「遊びのつもりか!」


 対するダルファーは黒竜に火炎弾を発射させた。ブレスは流星のごとき軌道を描き、氷の弾幕をかき消していく。落下した火炎弾の破壊力は、平原に巨大なクレーターを形成するほどだ。直撃すればジオハルトもタダでは済まない。


「違うのは色だけじゃなさそうだな」


 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ――などという理屈は黒竜には通用しない。いっそ竜騎士を狙って戦った方が確実である。


 ジオハルトは戦術を変更。雷の魔道剣を構え、すれ違いざまにダルファーへの直接攻撃を敢行した。ボルトエッジであれば、直撃でなくとも電撃によるダメージは期待できる。

 黒竜がいかに機敏に動けたとしても、グリフォンスタビライザーの旋回性能には追いつけない。格闘戦では魔王に分があるはずなのだ。


「やる気のない剣など!」


 ジオハルトの意図を見通しているのか否か、ダルファーは雷を纏った魔道剣の一撃をあっさりと防いでみせた。銀の槍は魔剣への耐性でもあるのか、雷刃と切り結んでもダルファーへの効果は確認できない。どこで手に入れたかは知らないが、魔界の武具にも匹敵する業物だった。


「本気で戦え! でなければ死ぬのはお前だぞ!」


 帝国軍最強の勇名は伊達ではなかった。黒竜を手足のように操り、魔王に猛攻を仕掛けるダルファー。鋭い槍の一撃が獄王の鎧を(かす)める。決定打を欠くジオハルトは、防戦一方に追い込まれていく。


「流石は竜騎士、見事な槍さばきだ。獰猛(どうもう)な黒竜を操りながらあそこまで戦えるとは」

「大陸一の戦士が相手では、魔王も勝てまい。エルミナスの勝利は近いぞ!」


 地上では帝国軍の兵士たちが歓声を上げている。魔王相手に互角以上の戦いを見せつける竜騎士は、帝国軍にとっては英雄に違いない。先の戦いで甚大な被害を受けたにもかかわらず、兵士たちは大いに奮い立っていた。


「どういうことだ? 俺には魔王が押されているように見えるぞ!?」

「ジオハルトがいなくなったら、レジスタンスはお終いだ。悔しいが、俺たちだけじゃ帝国軍とは戦えない」

「ヤスオさん、死なないで……!」


 砦のクロエたちは正気を保っていられなかった。ジオハルトの敗北は、レジスタンスの敗北にも等しい。劣勢の魔王を目にした民兵たちは、希望を失い始めている。


 形勢はダルファーに傾きつつあった。

 かつてない強敵との戦い。

 ジオハルトの命運はここで尽きるのか。





『ヤスオ君、そろそろ本気を出そうよ』


 誰か(・・)の声が聞こえてくる。


「いつだって本気さ」

『嘘、すぐにでもアイツを殺せるのに殺そうとしてない。魔剣の力を解放すれば簡単に勝てるのにさ』


 頭に響くのは、無邪気な子どもの声。

 突きつけられるのは、残酷な選択肢。


「それが嫌だから、やらないんだよ」

『そういうのを本気じゃないって言うの。いい加減腹を(くく)りなよ。早く決めないとアンナちゃんに嫌われちゃうよ?』





「だったら本気を見せてやるよ」


 突如としてジオハルトは魔道剣を宙に放り投げた。唯一にして最大の武器を捨てるなど正気の沙汰ではない。さしものダルファーも異変を感じ取り、攻撃の手を止めてしまった。


「貴様、何を考えている!?」

「最近、友人が口うるさくてね。雷で悪人を殺せと(ささや)いてくるんだ。そんなことしたって何の解決にもならないのに」


 吹っ切れたかのように態度を豹変させたジオハルト。意味不明なことを口走る魔王の姿に、ダルファーは言葉を詰まらせた。


「結局、自分の力で解決しなきゃいけないってことさ。お前もそう考えたから、好きでもない帝国軍に入ったんだろう?」

「訳のわからないことを……貴様との話はもう終わりだ! 俺の手で引導を渡してやる!」


 黒竜を急上昇させ、ダルファーはジオハルトの頭上を取った。魔王はドッグファイトに付き合うつもりもないのか、空中で静止したまま竜騎士を見上げている。ここに来て勝負を捨てるのか。


()けろネロス! 我が必殺の槍撃にて魔王を討ち取らん!」


 ダルファーは全身全霊の急降下突撃を仕掛けた。黒竜のスピードに位置エネルギーを上乗せしたランスチャージは、もはや防ぎようがない。空をも斬り裂く竜騎士渾身の一撃が、ジオハルトに迫る――



「魔王拳シリウス」



 足を止めたのは戦いを諦めたからではない――眼の前の敵を倒すためだ。

 ジオハルトはグラビティレイダーで全身のベクトルを反転させ、ダルファーに向けて落下(・・)を開始した。本来、下方からの攻撃に位置エネルギーを加えることは不可能だが、重力を操ることができれば話は別だ。途方も無い速度で突き出された魔王の左拳は、恒星のごとき輝きを放った。

 予想だにしないジオハルトの急加速――ダルファーは槍のコントロールが間に合わない。槍の穂先がわずかに逸れる。魔王のカウンターブローが竜騎士の腹部を撃ち抜いた。


「うがああアァッ!」


 クリーンヒットを喰らったダルファーは、黒竜の背後から吹き飛ばされた。魔王と竜騎士の交錯は刹那の出来事――黒竜が騎手の喪失に気づいた時、ダルファーは弧を描いて地面へと叩きつけられていた。


「ぐっ、アアぁっ……」


 魔王拳の威力はもとより、墜落の衝撃も相当なものだった。急降下突撃で高度を下げていなければ確実に死んでいただろう。致命打を受けたダルファーは意識を保つのがやっとの状態である。


 遅れてゆるやかに降着した魔王は、地に墜ちた竜騎士を無言で見下ろしている。満身創痍のダルファーに立ち上がる気力は残されていない。ついに勝負あったか。



 ――いや、まだだ!



 声なき叫びを上げたのは、黒竜ネロスであった。

 勝負はついていないと言わんばかりに、黒竜は魔王を威嚇する。猛々しくも主人に忠実だったこの怪物は、一騎打ちの意味を理解していないのか。

 ……いや、そんなことはどうでもいいのだ。ダルファーを倒したジオハルトは怨敵に違いないのだ。ここで仇を取らねば、竜の怒りは収まらない!

 咆哮を上げた黒竜は、ジオハルトに喰らいつかんばかりの勢いで襲いかかった。


「ガッ……ガアアアァッ!」


 魔王の目前に迫った黒竜が、前触れもなく苦しみ始める。なんと、ジオハルトが空中に投げ捨てたはずの魔道剣が、ネロスの背中を貫いていたのだ。

 先刻、空に消えたはずの魔道剣が、なぜ今になって地上に落ちてきたのか――精霊を宿した魔剣は、自らの意思で属性をシフトさせ、風に乗って魔王の危機に駆けつけたのだ。


「ギイアアアッ!!」


 深々と突き刺さり、黒竜にダメージを与える風の魔道剣。主を守ろうとしたのはドラゴンだけではなかったのだ。魔剣に封じられた四精霊は、ジオハルトの守護者と呼ぶにふさわしい存在であった。


「もういい、ミストラル。勝敗は決した」


 ジオハルトが手を掲げると、魔道剣はひとりでに手元へと戻ってきた。

 傷を負い、苦悶の表情を浮かべるネロス。

 ジオハルトは黒竜に歩み寄り、「すまなかった」と詫びを入れた。憎しみの連鎖を繰り返すのが、人間ばかりとは限らない。ドラゴンといえど、感情を持った生命には違いないのだ。


「なぜ、俺を殺さない……?」


 倒れたままのダルファーが、消え入るような声で問いかける。ジオハルトに戦意が残っていないことを竜騎士は肌で察したのだ。


「殺戮のための戦いなど、何も意味を成さない。……あなたにも分かっているはずだ」


 ジオハルトが一騎打ちに臨んだのは、断じてダルファーを殺すためではない。勝利を求めこそすれど、相手の命を奪ってはならない。それが支配者の鉄則なのだ。


「愚かな……ここで仕留めなければ、再びお前を殺しにくるかもしれないんだぞ?」

「構いません。私を殺すことがあなたの正義だというのであれば、何度でも受けて立ちましょう」

「く……ふふふっ……馬鹿な、男だ」


 ジオハルトに敗北したダルファーは、どこか満足げな表情で意識を失った。

 強者との戦いに充足を得たのか。皇帝のもとを目指す魔王に宿願を託したのか。竜騎士がその胸中を明かすことはなかった。


 窮境(きゅうきょう)のダルファーを救わんと、帝国軍の兵士たちが駆けつけてくる。大陸の真の護り手を、彼らは知っていたのであろうか。


 ――しばし眠るがよい。エルミナスの竜騎士よ。


 竜騎士との死闘を制したジオハルト。

 だがこれで終わりではない。永遠の戦いを宿命づけられた魔王に安寧の時は訪れない。

 支配者としての責務を果たすべく、黒翼の魔王は平原を飛び立つのであった。

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