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第51話 謀略の戦場

「魔王が砦を出ました。こちらの指定通り、地上ルートから渓谷に向かっている模様。……民兵たちは砦に駐留したままです」

「ふふ、上手くいったな」


 斥候からの報告に、ゴネル・ボウマンは不敵な笑みを浮かべた。


 ゴネルは、かつて皇帝とは敵対する国家の軍人であり、国境を守備する任務に就いていた。しかし大勢が帝国に傾きつつあることを察知するやいなや、祖国を裏切り、帝国軍による侵攻を手引きしてしまった。

 どういうわけか皇帝はこの卑劣漢をいたく気に入り、将軍としてのポストを与えていた。皇帝の威を借りるゴネルは非道な作戦を率先して実行し、帝国軍内でも悪名を轟かせるに至る。反抗勢力の殲滅に一役買ったこともあり、今では皇帝の右腕とまで呼ばれていた(無論、これは当てこすりでもあるが)。


 アーガス砦陥落を知った皇帝は、ゴネルにジオハルト抹殺の命を与えていた。……早い話、皇帝にもゴネルにも停戦の意思などは微塵もないのである。砦から撤退した兵士たちが持ち帰った情報をもとに、ゴネルはジオハルトの首を取る算段を立てていた。


 まずジオハルトを殺すためには、防御の要である鎧を無力化する必要がある。人間と同じように防具を身に着けているということは、すなわち本体は直接攻撃に弱い――鎧さえなくなれば、通常兵器でも対象の殺害は十分可能である。

 無論、魔王が簡単に鎧を外してくれないことはゴネルも重々承知している。ジオハルトを武装解除に追い込むためには、敵の弱みを握る必要がある。ジオハルトの弱みとは何か?

 ゴネルはジオハルトの行動から、人物像の割り出しを試みた。単身で敵地に飛び込み、誰一人殺すことなくアーガス砦を開城させる……本人は救世主気取りといったところか。民兵たちに自分の力を見せつけ、平服させる目論見なのであろう。


 ……結論から言えば、ジオハルトには、支配者としてエルミナスを手中に収めたいという野心がある。だから魔王は民兵たちを戦線に立たせることなく、一人だけで帝国軍に挑んできた。自身を支持する民を失えば支配戦略は成り立たない。それこそがジオハルトの弱点なのだ。


 ゴネルは、ジオハルトに対する最も効果的な策として、人質作戦を計画した。

 魔王には、エルミナスの民を支配したいという欲がある。ゆえに民兵を人質に取れば、脅しをかけることができるのだ。万が一にでも民兵を見捨てるようなことをすれば、人心を支配することは叶わないだろう。ジオハルトが自身のスタンスを崩さない限り、計画の成功は揺るがない。


 手始めに停戦交渉をエサにして、ジオハルトをライア渓谷へとおびき出す。土地勘のない相手を罠にはめるなど造作もないことだ。ゴネルは別ルートから精鋭部隊を送り込み、魔王不在となった砦を急襲する手筈を整えていた。

 ジオハルトを欠いた反乱軍など敵ではない。精鋭部隊はたやすく砦を制圧し、民兵を人質に取ることができるだろう。

 ここまで来れば勝利は目前だ。人質をダシにしてジオハルトへ鎧を脱ぐようにゆすりをかける。そして兜を外した瞬間を狙い、潜んでいた狙撃兵が魔王を狙い撃つのだ。


 幸運なことにゴネルの部隊には、完成したばかりの前装式ライフル銃が配備されていた。銃身に施されたライフリングによって、800mを超える射程距離を実現。旧来のマスケット銃を遥かに上回る高精度の新兵器である。今回の作戦にはうってつけの武器だった。


「ジオハルトが予定地点を通過……別働隊がアーガス砦に突入します」

「あまり騒ぎ立てるなよ。魔王に勘づかれる」


 野営地の兵士たちに念押しするゴネル。周囲を小高い木々に覆われた渓谷は、待ち伏せには絶好の場所だが、大部隊を率いては罠を見抜かれてしまう。魔王を油断させるためには寡兵で作戦を実行する必要があった。砦から撤退してきた臆病者どもは使い物にならないので、直属の部下だけを作戦に加えている。

 ゴネルは交渉役としてジオハルトを出迎え、別働隊が人質を確保するまでの時間稼ぎを行う。この作戦はタイミングが重要だ。魔王を狙撃可能地点に引き止めつつ、別働隊の帰還を待たねば脅しはかけられない。


「間もなく正午です。そろそろ魔王も到着している頃かと」

「よし、早速魔王の顔を拝んでやるとするか。ライフル持ちは狙撃の準備を進めておけ。一発で仕留めてくれよ」


 野営地を出たゴネルは、渓谷の中州に設けた交渉のテーブルに向かった。魔王も砦が別働隊の襲撃を受けているとは思うまい。適当に譲歩案を提示して機嫌を取ってやればいい。気づいた時には全てが手遅れ――



「……おい。砦から逃げてきた連中は、魔王がどんな兜を付けていると言っていた?」



 魔王を視認したゴネルだが、その姿に妙な違和感を覚えた。黒いマントに覆われた鎧は確かに威圧的だが、兜は日除け帽子(フェイスバイザー)のようなデザインで、およそ防御力を重視したものとは思えない。兵士たちの話とはどうにも辻褄が合わないのだ。


「はっ、報告では黒い獣を模した兜を被っていたとのことです。ある者は両肩にも頭が付いていたと語っております。あり得ない話かとは思いますが……」

「黒い獣? 両肩に頭?」


 砦の守備隊は恐怖で頭がおかしくなっていたのでは、とゴネルの部下は気にも留めていない様子だった。

 ……エルミナスには写真や動画を撮影する技術が存在しない。魔王の身なりについては伝聞でしか情報が得られないのだ。こんなことになるなら、使者役の男に似顔絵でも描かせておくべきだった。


 魔王らしき(・・・)存在はマントを投げ捨て、頭部に装備されたフェイスバイザーを解除する――ここに来てようやくゴネルは違和感の正体に気づいた。


「なっ……女だと!?」


 ライア渓谷に現れたのはジオハルトではない。バイザーの下から現れたのは、悪意を滅ぼす者――勇者セリカであった。

 セリカはファントムアーマーに擬装を施し、ジオハルトになりすましていたのだ。簡易的な変装とはいえ、アーマーの認識阻害機能を併用すれば、敵の目を欺くに十分なものであった。


「どういうことだ? 魔王は交渉を破談させるつもりか!」


 何も知らない体を装い、ゴネルはセリカを糾弾する。果たして交渉を破談させたのはどちらであろうか。


「交渉だと? 別働隊に砦を襲わせておいて、よくもそんなことが言えるな」

「――!」


 トラップの看破は勇者の基本技能。使者が寄越してきた地図一枚で、セリカはゴネルの策を見抜いていた。

 指定された交渉の場所は、待ち伏せに最適な地形。わざわざ砦から離れた渓谷に魔王を呼び寄せたのは、別働隊に砦を急襲させるための時間稼ぎ。……本気で停戦を望んでいる相手なら、自分から出向いてくるはずなのだ。使者に見立てた間者(かんじゃ)を用いた時点で、ゴネルの計略は破綻したも同然であった。


「砦に向かったお前の仲間たちは魔王の歓迎を受けているよ。今頃パンでもご馳走になってるんじゃないかな」


 セリカの冷ややかな視線にゴネルは戦慄する。いかに精鋭部隊といえど、ジオハルトとの直接戦闘は想定していない。魔王に遭遇した部隊の末路は語るまでもなかった。


「ぬうぅっ! かくなる上は、あの女を人質にしてジオハルトを引きずり出してやる。狙撃兵は手足を狙え。殺さずに生け捕りにしろっ!」


 希望的観測――相手は女一人だ。魔王との間柄までは分からないが、捕虜にできればジオハルトを脅すための材料にはなるだろう。反撃のチャンスは残っているはずだ。


斬空剣(ざんくうけん)!」


 狙撃兵にとっては予想外の出来事だったに違いない。勇者の聖剣から放たれた斬撃が、ライフルを真一文字に斬り裂いたのだ。彼方より飛来せし見えざる刃は兵士たちの度肝を抜いた。

 ――どうして銃が剣に負けるのか? 銃があれば剣に勝てるという認識自体が誤りである。銃弾ごときに倒れるようでは、巨悪との戦いに身を投じることは叶わないのだ。眼前の少女が勇者と呼ばれる理由を兵士たちは思い知ることになった。

 配備されたばかりのライフル銃は数も少ない。部隊が動転している間にも、カレッドウルフは伏兵の銃器をことごとく破壊してしまった。


「ゴネル閣下、ライフルが破壊されてしまいました。これでは狙撃は不可能です!」

「落ち着け! 敵はたったの一人だぞ。投げ縄を使って身動きを封じてしまえ!」


 銃器を失ったゴネルの配下たちは、投げ縄を手にセリカを取り囲んだ。投げ縄とは名ばかりで、実際には鎖と分銅を組み合わせて作られた拘束用の兵器である。集団で用いればドラゴンを縛り上げることも可能な代物だった。

 鎖を高速回転させる兵士たちが、セリカとの距離をじわじわと詰めてくる。遠心力で強化される分銅の風切り音が徐々に勢いを増していく。――包囲されたセリカは目を閉じたまま、身動き一つ見せない。勇者に打つ手はあるのか?


「それっ、投げ縄をお見舞いしてやれ!」


 兵士たちが一斉に鎖を投げつけた。無数の鎖がジャラジャラと音を立てて襲いかかる――瞬間、勇者が目を見開いた。


「そんなもので!」


 セリカは身をかがめると同時に剣を水平に構えた――降りかかる投げ縄の軌道を見極め、全身を大きく回転させる。旋風のごとき斬撃が、迫りくる縛鎖(ばくさ)を一網打尽に薙ぎ払った。


「なんだと!?」


 竜を封じ込める鉄鎖の包囲網――それすらも寄せ付けぬ勇者の剣技に兵士たちは驚嘆を禁じ得ない。

 そうこうしている内にも、セリカは足元に落ちた鎖の一本を手繰(たぐ)り寄せ、投げ縄を握っていた兵士を逆に縛り上げてしまった。


「え? あっ……そ、そんな……!」


 何が起こったのかすら理解できぬまま、兵士は鎖に繋がれていた。あまりにも鮮やかな手並みに、ゴネルの配下たちは呆気に取られている。

 ライフルも縛鎖も通用しないとなれば、如何にしてこの難敵に対抗するのか――しどろもどろになるゴネルに、聖剣の切っ先が向けられた。


「お前が指揮官だな? 部下を解放してやる。こっちまで一人で来い」

「……!」


 ゴネルの動揺は相当なものだった。魔王を脅すための人質作戦を立てていたはずが、なぜか自分の部下を人質に取られてしまったのだ。このような筋書きが彼の計画に含まれているはずもない。


「どうした、仲間を助ける気はないのか!」


 兵士たちの視線がゴネルに向けられる。帝国軍随一の将軍は、土壇場でどのような決断を下すのか。


 この時点でゴネルの選択肢は二つ。


 1.部下を見捨てて逃げる。

 正直言って兵士一人見殺しにしても構わないのだが、この状況では仲間たちからの信用を失うことは必至。そもそも逃げ帰ったところで作戦失敗の責任を問われ、皇帝に処分されることは避けられない――これは下策だ。


 2.部下を助けるためにセリカのところへ向かう。

 セリカがゴネルを呼びつけた意図は不明。近づいたタイミングで自分が代わりの人質にされるのか、はたまた剣で首をはねられるか。……いや、起死回生の糸口があるとすれば、この選択肢しかない。


「……分かった。これからお前のところへ行く。部下を殺さないでくれ」


 背負っていた長剣を鞘ごと投棄し、ゴネルはセリカの方向へと歩き始めた。両手を上げて抵抗の意思がないことをアピールする。……あと少し、あと少しだ。


「よく一人で来たな。約束通り部下は助けてやる」


 セリカは聖剣を盾に収める――そのわずかな隙をゴネルは見逃さなかった。背中に装備していた剣は一本だけではない。ゴネルは予備の短剣に右手を伸ばしていた。

 ジオハルト以外にこのような手練(てだれ)がいたことは予想外ではあるが、駆け引きでは自分の方が上だ。油断しきったところへ短剣を投擲(とうてき)し、頭部に致命傷を負わせる。これで形勢逆転――



「最後まで姑息な手を使うんだな」



 カレッドウルフを納刀したのは油断などではない。セリカは既にゴネルの手の内を見抜いていた。無防備な頭部へ攻撃を仕掛けてくることも容易に想像できる。後は反撃への布石を打つのみ。

 上体を反らして投擲を回避すると同時に、短剣の柄を右手で掴み取る――次の瞬間、報復の刃がゴネルに向けて投げ返された。


「なっ……ぐあああっ!?」


 ゴネルの采配はことごとくが悪手であった。魔王抹殺に固執したばかりに、勇者という恐るべき伏兵に気づくことができなかったのだ。何より卑劣な策略の数々はセリカの怒りを買い、ゴネル自身に途方も無い代償を支払わせる結果となった。


「いっ、痛いぃいっ!」


 今しがた投げつけたはずの短剣が、自分の膝を貫いている。激痛のあまりゴネルは地面を転げ回った。


「何が将軍だ。正々堂々と戦っていれば、痛い目にあわずに済んだのに」

「いぃっ、んがあぁぁっ――!」


 ついに痛みに耐え切れなくなり、ゴネルは気絶してしまった。


 セリカは捕らえていた兵士の拘束を解くと、投げ縄を使ってゴネルを引きずり始めた。砦への帰路に向かう勇者を、兵士たちは呆然と眺めている。


「なんという強さだ。この状況を一人で切り抜けるとは……」

「まさか、彼女が伝説の勇者なのか?」

「伝説なんかじゃない。英雄が実在するなら、それは真実の勇者と呼ぶべきだ」


 敵ながら天晴(あっぱれ)――完敗を喫した帝国軍の兵士たちは、セリカの武勇と胆力に舌を巻いた。卑怯な作戦ばかり立てる上官のことを気にかける者は一人もいない。威風堂々たる勇者の振る舞いが、兵士たちの心を強く打ったのだ。

 正義を胸に戦うセリカの足跡は、人々に進むべき道を示し続ける。勇者の生き様が伝説として語られるのは、そう遠くない未来の話である。

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