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第45話 硝煙の令嬢

「クロエさんだ! クロエさんが帰ってきたぞ!」


 転移魔法によって集落にトンボ返りしたジオハルト一行。

 村人たちはクロエの姿を見つけるやいなや、一斉に駆け寄ってきた。


「クロエさん、無事だったんですね!」

「みんな心配していたんです。クロエさんが魔王に連れ去られたんじゃないかって……」


 クロエの帰還を喜ぶ村人たちだったが、ジオハルトに対しては強い警戒心を抱いているようだ。集落から忽然(こつぜん)と姿を消したクロエが、日本の犬山家に招かれていたとは思うまい。魔王による誘拐を疑うのは至極当然のことである。


「みなさん、この方たちは敵ではありません。ヤス……ジオハルトさんは帝国軍の侵略行為を阻止するために、西方の島国からお越しになったのです」

「帝国軍の侵略行為?」

「エルミナス帝国は支配領域を広げるため、海外への軍事侵攻を開始しました。帝国の専横に異を唱えるのは私たちだけではありません。皇帝の野望を打ち砕くためには、ジオハルトさんたちと協力すべきなんです」


 クロエは村人たちが混乱しないように、大陸が現実世界に転移したことを伏せつつ状況を説明した。

 ジオハルトは魔王を名乗ってはいるが、それはあくまで自国を治めるための便宜上の措置。大陸にやってきたのは、帝国軍の侵攻を食い止めることが目的であり、村人たちを傷つけることは決してない……という事で話をつけた。


「異国からの協力者」という立場を得たジオハルトとセリカは、レジスタンスが使用しているアジトに招かれ、帝国軍への反攻作戦に加わることになった。





「クロエさん、ご配慮に感謝いたします。あなたのご助力なしには村人たちの理解は得られなかったでしょう」

「いえ、私は何も……。そもそも私一人じゃできることなんて限られていますし」


 爪痕残る集落を見張り窓から眺めつつ、クロエは自らの無力さを悔やんだ。もとより無謀な戦いだったのだ。帝国軍を相手に、自分一人で何ができたというのか。ジオハルトの協力がなければ戦い続けることができない実情を、クロエは誰よりも痛感していた。


「だが、あなたは逃げなかった。強大な敵から無辜(むこ)の人々を守るために銃を手にした。その勇気は讃えられて然るべきです」

「でも、勇気だけじゃ何一つ守れませんよ。私が弱いせいで、この集落の人たちは……」


 クロエはレジスタンスとして帝国軍と戦ってきたが、その過程で多くの犠牲を払ってしまった。自分に力がないばかりに救えなかった命があるのだと、不釣り合いな銃を抱えた少女は嘆く。


「村人たちは、クロエさんを弱い人間だとは思っていません。帝国に立ち向かう者がいなければ、この集落の住人は心の拠り所を失ってしまいます。だからこそ、皆あなたを慕っているのでしょう」


 帝国軍による攻撃で集落は大きな被害を受けていた。しかしクロエが帰還するなり、住人たちは皆、安堵の表情を見せたのだ。危険を顧みず帝国に戦いを挑むクロエの存在が、村人たちの精神的支柱になっているのだとジオハルトは諭す。


「彼らは、あなたがこの国を正しき方向へ導くと確信しているのです。民の心を知らず、暴威を振りかざす皇帝は邪悪なる存在。泰平の世を取り戻すためにも、このジオハルトがお力添えいたしましょう」


 忠義を尽くす騎士のごとく振る舞うジオハルト。魔王の力を操る甲冑の男は、味方につければ頼もしき存在に違いないのだろう。それこそ古き伝承に語られし、救世の英雄になり得るのやもしれぬ。

 ――が、彼が既婚者であるという事実が足を引っ張り、クロエは素直に喜ぶことができない。


「……ありがとうございます、ジオハルトさん。あなたが立てられた作戦通り、私たちは帝国軍の拠点を攻撃するための準備を進めています。潜伏しているレジスタンスを結集させれば、ある程度の戦力は――」


 計画の進捗をクロエが語る最中、一人の民兵が慌ただしい様子でアジトに駆け込んできた。


「クロエさん、大変だ! 帝国軍の連中がまた攻め込んできやがった!」


 アジトの中にどよめきが広がる。先刻の戦いを思い起こし、セリカは苦悶の表情を浮かべる。


「あいつら……まだ諦めてなかったのか」

「敵の数は!?」

「ざっと見ただけでも数百……いや千人は超えてるかもしれねぇ!」

「……っ、そんな!」


 セリカたちが撃退したのは先遣隊に過ぎなかった。レジスタンスの拠点である集落を、帝国軍は本腰を入れて潰しにかかってきたようだ。


「この集落は完全に包囲されちまった。正門以外は防護柵すら設置できてないっていうのに……」

「くっ……今回ばかりは守りきれそうにもありませんね」


 民兵で構成されたレジスタンスの兵数は100人にも満たない。絶望的な状況を前に、アジトには敗色が漂い始める。――だがしかし魔王は慌てる様子もなく、集落の周辺地図をじっと眺めていた。


「……クロエさん、レジスタンスを西側の正門に集めてください」

「えっ!? そんなことをしたら残りの三方から帝国軍がなだれ込んできますよ。村人たちの退避だって済んでいないのに……」

「三方の守りは私にお任せください。炎の精霊ウルカヌスは、あなた方を見捨てないと言っています」


 猛き炎を宿した魔剣を見つめるジオハルト。魔道剣の本質を知らないクロエには、意味不明な言動としか受け取れない。


「炎の精霊ウルカヌス?」

「私の友人の名前です。まあ、最近まで彼らに名前などついてはいなかったのですが」


 困惑するクロエを尻目に、ジオハルトはアジトを出て集落の中央に向かった。

 帝国軍の再来を知り、村人たちは一様に怯えた顔を見せている。異国より来たりし魔王は、この小さな集落で何をしでかそうというのか。ジオハルトの掲げる魔剣が衆目を釘付けにする。



「魔道剣ボルケーノ」



 魔道剣の切っ先が地面に突き立てられる――瞬間、荒ぶる炎の精霊が大地を脈動させ、集落の周囲に煮えたぎるマグマを噴出させた。


「う、うわああっ!」

「噴火だ! あちこちで噴火が起きているぞ!」

「ひいいっ! この世の終わりじゃあぁ!」

 

 天変地異が起きたとばかりにパニックを起こす村人たち。住人の悲鳴を聞きつけたクロエがアジトから飛び出してくる。


「ヤスオさん! これは一体何の騒ぎですか!?」

「集落の三方に溶岩地帯を発生させました。これで敵を正門に誘導することができましょう」


 淡々と語ってみせるジオハルトにクロエは恐れおののく。燃え盛る溶岩に囲まれたとあっては、集落もただでは済むまい。


「溶岩地帯!? いくらなんでもやり過ぎなんじゃ……」

「ご安心を。ウルカヌスが従えるマグマは集落の中には及びませぬ。帝国軍の兵にはこの上ない障壁となりましょう」


 大地より湧き出た溶岩流は生物のように動き回り、周囲に炎の防壁を作り出していた。不思議なことに、集落の中に溶岩が流れ込んでくる気配はない。ウルカヌスの加護による賜物(たまもの)である。


「これで敵は正門に兵を向かわせざるを得なくなる。……一方向からの攻撃ならば迎え撃つのは容易です。寡兵でも十分に対処できるでしょう」

「わ、分かりました。直ちに正門の防衛に向かいます!」


 レジスタンスに号令を送ったクロエは、得物の長銃から金属の棒を引き抜いた。……ラムロッドである。火薬と弾丸を銃身に押し込むための道具だ。

 農耕具を担いだ民兵たちが西側の正門を目指す最中、クロエはせっせと銃身にラムロッドを挿し込んでいる。その奇っ怪な光景にジオハルトは目を丸くしていた。


「クロエさん、もしやその銃は……」

「『マスケット』がどうかされましたか? これは大陸でも最近発明されたばかりの武器なんですよ」


 聞き慣れない銃声の正体は黒色火薬の炸裂音だった。クロエが持っていた武器は、前装式のマスケット銃である。新大陸にはカートリッジの概念すら存在しないらしい。


「むぅ……」


 あまりにもクラシックな銃器を目にしたジオハルトは思案に暮れた。マスケット銃は命中率が低い上、装填にも時間がかかる。帝国軍のように隊列を組んで発砲すれば効果的だが、兵力の劣るレジスタンスが用いたところで大した成果は期待できない。

 マスケット銃一丁で生き延びてきたクロエの腕前を褒め称えるべきなのかもしれないが、幸運がいつまでも続くとは限らない。ジオハルトは、犬山家で待機しているシエラに魔法通信を繋いだ。


「シエラさん、39番コンテナを転送してくれ」

『39番? あんなものを実戦投入なさるおつもりですか』

「贈り物だよ。使いようによっては役に立つさ」


 ジオハルトが通信を終えると、何も無い空間から武装コンテナが出現した。シエラが新大陸に向けて転移魔法で送りつけた代物だ。

 魔王がコンテナに触れるとロックが解除され、中から無骨なショットガンらしき銃器が出現した。犬山家が備蓄している装備品は、魔界で作成された魔導具ばかりではない。人類に対する戦術研究の一環として現実世界の武器をも調達しているのだ。


「クロエさん、よろしければこの銃をお使いください」

「これは、何でしょうか? 形はマスケットに似ていますが……」

「ライオットガンです。ポンプアクション式で装填数は6発。弾頭は非殺傷のマイクロスタンバレットに換装してあります」


 ライオットガンは暴徒鎮圧を目的に開発された非殺傷兵器である。銃器自体は現実世界のものだが、魔界の技術によって改良されたマイクロスタンバレットを採用しており、有効射程距離は200mにまで伸びている。命中すれば強力な電気ショックによって対象を無力化することが可能だ。

 現実世界の銃器とはいえマスケット銃に比べれば先進的な武器には違いない。クロエも一目でその有用性を理解することはできた。が、彼女は差し出されたライオットガンを受け取ろうとはしなかった。


「ヤスオさん。お気持ちは嬉しいのですが、使ったこともない武器を実戦で用いるのは無謀ですよ。今からでは訓練する時間もありませんし……」


 もとよりクロエは戦場に身を置く人間ではない。父親が狩りに使っていたマスケット銃を見よう見まねで撃っていただけである。最初は動かない的にすら当てられなかったのだ。いかに強力な銃器であろうと、調整もなしに実戦で使用することには抵抗がある。

 しかし、そのリスクを加味してもジオハルトはライオットガンの供与を(はばか)らなかった。クロエは図らずもレジスタンスのリーダーとして矢面(やおもて)に立つことを求められていた。彼女自身に戦うための力を与えることは大きな意義があるのだ。


「使い方は私がお伝えいたします。正直に言いますがマスケットの装填に比べれば遥かに簡単ですよ。独学で銃の扱いを覚えたあなたならば使いこなせるはず」


 ここまで言われると渋っていたクロエも手を伸ばさずにはいられなかった。使い込んだマスケットを地に置き、真新しいライオットガンに持ち替える。工業製品独特の堅牢さがクロエには新鮮な感触だった。


「正門の民兵たちには、セリカさんが強力な武器を配っています。我々も防衛に加わりましょう」

「強力な武器って……」


 よもや農耕具しか握ったことのない民兵たちに銃器を与えたわけではあるまい。セリカはどこで何を拾ってきたというのか。


「いにしえの巨人をも打ち倒した、原初にして最強の武器です」

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