第43話 勇者は正義をかたらない
「予想通りだな」
ジオハルトとセリカは、公海を経由して新大陸の東海岸へ到達していた。
周辺にはレーダーサイトも対人地雷も見当たらない。海岸部に人の手が加えられた形跡はなく、ほとんど自然のままの状態だ。今のところ、敵はこちらの動きを察知していないと見るべきだろう。
海岸に着陸した二人は、地上から周辺を偵察していた。少人数とはいえ、空中を飛び回るのはいささか目立ちすぎる。非戦闘員であろうと見つかれば騒ぎになる可能性が高い。
「この辺りに見張りの兵士はいないようです。早いうちに内陸部を目指した方がよさそうだ」
「油断しないで。こちらの動きを読んだ上で罠を設置しているかもしれないよ」
トラップの看破は勇者の基本技能である。堂々と歩を進めるジオハルトに対し、セリカは低い姿勢を保ちながら周囲を警戒していた。少しばかり気を張りすぎではないかとヤスオは不安になる。
「あなたと一緒に未踏の地を歩む日が来るとは思いませんでしたよ。伝説の勇者パーティに加わったような気分だ」
「その、伝説の勇者って何なの?」
「知らないんですか? 現実世界じゃ勇者は伝説の存在なんですよ。正義の心を持った勇者が、仲間を引き連れて悪しき魔王を――」
ヤスオの与太話を遮るように銃声が轟いた。セリカは即座に盾を構え、敵の攻撃に備える。
「――っ。今の、どこからの攻撃!?」
狙撃兵の待ち伏せに遭ったのか? 先手を取られたことに焦りを見せるセリカ。しかし銃声を耳にしてなお、ジオハルトは一歩も動こうとはしなかった。三つ首の呪いは未だ発動していないのだ。
「いえ、私たちに向けて銃は撃たれていません。……どうやら近辺で小競り合いが起きているようです」
銃声は一発では終わらなかった。彼方より火薬の炸裂音が断続的に響いてくる。どこかで銃器を用いた戦闘が行われているようだ。
「どういうこと? 私たちよりも先に新大陸に乗り込んだ人間がいるの?」
新大陸はあくまでも現実世界の一部。海を渡る手段さえあれば誰でも上陸することが可能だ。ましてや銃を所持しているとなれば、近代化された軍隊を想起させるが――
「いや、発砲音から推測して、使用されている銃器は現実世界のものではありません。戦っているのは恐らく新大陸の住民です」
テロリストや軍隊との戦いで、ジオハルトは嫌というほど弾丸を浴びてきた。メジャーな銃器であれば発砲音だけで種類は特定できる。しかし、聞こえてくる銃声はおよそ馴染みのないものばかりだった。
「新大陸の住民同士が戦っている……?」
「仔細は不明ですが、直接確かめる必要がありそうですね。……シエラさん、銃声から戦闘が行われている地点は特定できる?」
『既に解析済みです。お二人がいる場所から北東600mの地点です』
獄王の鎧に搭載されたセンサーが収集した情報は、リアルタイムで日本の犬山家に送信されている。シエラはリビングにいながら、新大陸のジオハルトを支援することができるのだ。未踏の地であろうと魔法通信の感度が低下することはない。
「助かるよ、シエラさん。こちらも新大陸の内情を把握しておく必要がある。現地に出向いて情報収集を行おう」
ジオハルトとセリカは、シエラのナビゲートに従い北東へと向かった。小高い木々が生い茂る林道を抜けると、やがて小さな集落が見えてきた。二人は付近の草むらに身を隠しながら戦闘の様子をうかがった。
「何これ……一体どうなってるの!?」
眼前の光景にセリカは愕然していた。集落で戦っていたのは武装した兵隊と――まともな武器すら持たない村人たちだったのだ。
兵隊が装備している防具の意匠は、竜騎兵のものと酷似している。恐らく彼らは、新大陸に属する国家の正規軍なのだろう。それが、どうして村人たちに銃を向けているのか。
「撃てぇっ!」
号令とともに兵士たちが一斉に銃を発砲する。鉛弾を喰らった村人たちがバタバタと倒れていく。鎌や鍬で対抗できるはずもない。戦いは一方的なものになっていた。
「みんな、早く避難壕に入って!」
集落が猛攻に晒される最中、一人の女性が長銃を手に村人たちを避難壕へと誘導していた。傭兵かと思ったが、よく見れば戦場には似つかわしくない華奢な少女だった。少女は兵士たちに向けて威嚇射撃を行い、非戦闘員が逃げるための時間を稼いでいるようだ。
「怯むな! この集落は反逆者の巣窟だ。何としても攻め落とせ!」
反抗する村人たちはよく持ちこたえていたが、その戦力差は圧倒的。全滅は時間の問題である。武器を持たない子どもや老人までもが標的にされ、集落は文字通りの地獄と成り果てていた。
「あいつら……なんてことを!」
勇者の記憶が蘇る。
――状況は、セリカの故郷が滅ぼされた時とほとんど変わらなかった。平穏な人々の暮らしが、生活の場が、理不尽な暴力によって押し潰される。こんな惨状は二度と目にしたくなかった。だからこそ彼女は勇者になったのだ。
セリカは自分の衝動を抑えることができなくなっていた。トラウマを刺激されて湧き出した感情は恐怖ではなく、怒りだ。イカロスブースターを展開し、セリカは集落のど真ん中へと飛び込んだ。
「なんだこいつは……うわっ!」
怒りに燃えるカレッドウルフの刀身が、兵士の長銃を斬り裂いた――続けざまに盾の殴打が側頭部に襲いかかる。鈍い音が響くと同時に、兵士はコマのように回転しながら吹き飛んだ。
「誰だ貴様は!?」
「我らを帝国軍と知っての狼藉か!」
帝国軍を名乗る兵士たちは、勇猛果敢な乱入者に銃を向ける――それが無意味な行動だと理解するのにさほど時間はかからなかった。セリカは左手の盾で銃弾を弾き飛ばし、右手の聖剣で兵士たちの得物をバラバラに解体していく。鬼気迫る勇者の剣撃に太刀打ちできる者は一人としていなかった。
「ば、化け物か!」
「なんで女一人に……うがあっ!」
暴力で暴力を否定する。それは間違っていることなのかもしれない。話し合いで、理性をもって解決することこそが真の正義なのかもしれない。
だが、目の前で殺されそうになっている人を言葉だけで助けることができるのか? 戦場の現実に直面した勇者は、見ず知らずの村人たちを救うべく戦いの修羅と化した。
「陣形を立て直せ。距離を取って一斉射撃を浴びせろ!」
帝国軍の部隊長は、残存する兵士たちを後退させ、長銃による制圧射撃を試みる。敵が近接戦闘に特化した勇者だけならば、その判断は間違ってはいないのだが――
「魔道剣ライトニング」
上空より来たりし魔王の雷撃が、兵士たちに天誅を下した。長銃に詰められていた火薬が派手な音を上げて弾け飛ぶ。
「うわああっ!!」
「なっ……魔王がどうしてここに!?」
予想だにしない敵襲に部隊長は驚愕した。村人たちを制圧するだけの簡単な任務が、勇者と魔王を相手取る死戦と化したのだ。武器を失った兵士たちも動揺し、戦線は完全に崩壊してしまった。
「こんにちは。魔王ジオハルトです。本日は新大陸への挨拶に伺いました。私は戦争と犯罪が嫌いです。この集落の住人たちを虐げるつもりならば、あなた方を始末させていただきます」
グリフォンの翼を広げ、雷の魔剣を振るう漆黒の怪人――異形の支配者を前に兵士たちは震え上がる。異世界の住人たちにとって、魔王はフィクションの登場人物などではない。それは、人が決して抗うことのできない天敵と呼ぶべき存在なのだ。
「――てっ、撤退、撤退しろぉっ!」
撤退命令を下すなり部隊長は一目散に逃げ出していた。続く兵士たちもなりふり構わず集落から飛び出していく。セリカの介入から、わずか数分の出来事であった。




