第41話 EEZ攻防戦
『自衛隊機の撤退を確認しました』
シエラは防空管制システムを通じて自衛隊の動きを把握していた。竜騎兵の襲撃とジオハルトの介入――あまりの異常事態に防空司令も手を出すべきではないと判断したらしい。F-35Jの編隊には後退命令が出されたようだ。
「正しい状況判断だ。自衛隊員を異世界との戦争に巻き込むわけにはいかないからな」
『異世界との戦争?』
「ドラゴンに乗った兵士がやってきたんだ。異世界からの侵略が始まったと考えて相違はないだろ?」
既に竜騎兵たちは魔王にヘイトを向けていた。火炎弾の集中砲火を回避しながら、ジオハルトは海面ギリギリを飛行する。海水に火炎弾が着弾し、立て続けに蒸気が噴き上がる。
「もしかして、あのドラゴンは魔界からやってきたのか?」
『いえ……魔界にも竜に属する生物は存在しますが、いずれにも該当しません。どうやら魔界とは異なる世界から持ち込まれた種のようです』
魔界の竜は気性が激しく、魔族であっても手懐けることは容易ではない。竜騎兵たちが跨るドラゴンは、騎乗を想定して飼育された品種なのだろう。
「敵の正体を知りたいところだが、この状況じゃ話し合いはできそうにもないな」
炎の魔道剣で火球を切り払うジオハルト。竜騎兵たちは一糸乱れぬ動きで魔王を猛追してくる。先方は知性を持った兵士に違いないが、通告もなく自衛隊機を攻撃したところから見て、おおよそ友好的な種族とは言い難い。
「――現実世界の人たちを傷つけようとするなら、誰が相手でも戦うよ!」
白き翼の勇者が、すれ違いざまにドラゴンを斬りつけた。ブースターによる加速を上乗せしたカレッドウルフの一撃が、竜の羽を紙切れのように切断する。飛行不能に陥った竜騎兵は、なすすべもなく海中へと墜落した。
「……何者だ?」
「敵は魔王だけではなかったのか」
ここに来て竜騎兵たちが口を開いた。勇者との会敵は、彼らの計画には含まれていなかったらしい。
「私は勇者セリカ。この世界を侵略するつもりなら容赦はしない!」
ジオハルトを庇うかのごとく、セリカは竜騎兵の前に立ち塞がった。曇りなき瞳に宿る闘志は、ドラゴンをも圧倒する。侵略者たちにとって、彼女は最も敵に回してはいけない存在だった。
「魔王に与する者は我々の敵だ。排除しろ」
セリカを敵とみなした竜騎兵たちが火炎弾の雨を浴びせた。流星群のごとく火球が降り注ぐが、勇者は一歩も引き下がらない。
「プロテクト・イージス!」
防御形態のカレッドウルフが光波防壁を展開。ドラゴンのブレスをいともたやすく弾き返す。強大な竜を引き連れようとも、勇者の盾を打ち破ることはかなわないのだ。
「ドラゴンのブレスを防いだ……!?」
「怯むな。どんな盾でも攻撃を防げるのは正面だけだ。包囲して始末するぞ」
竜騎兵たちは持ち前の機動性を活かし、セリカたちを取り囲む。イージスといえど防御処理能力には限界がある。敵は飽和攻撃を仕掛けるつもりのようだ。
「セリカさん、私の手を握ってください」
背中合わせになったジオハルトが手を伸ばす。セリカは正面からの火炎弾を防ぐだけで手一杯な状況だった。
「ヤスオ君、何をするつもりなの?」
「海の力を借ります。……ミストラルも侵略者のやり口が気に入らないようだ」
「え、一体何の話!?」
意図も理解できぬまま、差し出された手を繋ぐセリカ。ジオハルトは片手で風属性の魔道剣を天に掲げていた。
「魔道剣アンガーポセイドン」
精霊の力を宿した魔剣が海面へと突き立てられる――剣先は海を穿ち、巨大な竜巻を発生させた。海水を巻き上げた旋風はドラゴンのブレスをかき消し、魔王に仇なす全ての敵を飲み込んでいく。
「う、うわああぁっ!!」
「総員、後退しろっ!」
竜巻はみるみる勢いを増していき、天まで届く水柱を形成した。大嵐に巻き込まれたドラゴンが遥か彼方へと吹き飛ばされていく。魔王を取り囲んでいた竜騎兵たちは、ものの数秒で全滅した。
「すごい……」
竜巻の中心でセリカは呆気に取られていた。海水によって作り出された水柱の中央には、ドーナツ状の穴が空いているのだ。ジオハルトはセリカを護るかのように、周囲の気流をコントロールしていた。
「これぐらいで十分でしょう」
魔道剣の出力を調整し、竜巻の勢いを徐々に弱めていく。水柱が消える頃には、澄み切った青空が一面に広がっていた。
「竜騎兵たちはどうなったの?」
「竜と仲良くできる連中です。そんな簡単に死にはしませんよ」
周囲に敵がいないことを確認するジオハルト。遠目には、クタクタのドラゴンが兵士を乗せて新大陸の方角へ逃げ帰るのが見えた。帰巣本能のおかげで兵士たちは命拾いできたようだ。
「シエラさん、第一波は防いだよ。敵の動向はどうなってる?」
『……ヤスオ様、敵は部隊を二手に分けていたようです。別方面から九州に向かうドラゴンの群れを確認しました』
ジオハルトとセリカが主力部隊と交戦している最中、竜騎兵の別働隊が九州へ侵攻していた。空自の要撃機を突破した一部の敵が、本土に上陸しようとしているらしい。
「……九州が危ない! シエラさん、遠隔で転移魔法を発動させてくれ」
敵の攻勢に遅れを取ったことを悟り、ヤスオはシエラに転移魔法の発動を求めた。
――どうして今の今までシエラは別働隊の存在を報告しなかったんだ? いや、そんなことを考えている暇はない。市街地への被害は最小限に抑える必要がある。
『その必要はありません』
「え?」
敵の本土侵攻を許したにもかかわらず、シエラは妙に落ち着いていた。というよりも、今の彼女はどこか上の空だった。
『九州にはアンナ様が出陣されております』
九州に上陸した竜騎兵たちは、これみよがしに市街地を荒らし回った。空を縦横無尽に飛び回り、火を吐き出す怪物が、我が物顔で現実世界を蹂躙したのだ。
街では陸上自衛隊が避難誘導を行うも、未知の侵略者を前に市民たちはパニックに陥ってしまう。先んじて緊急警報が発令されていたが、訓練や誤報を疑った人間も少なくなかったのだ。怪物は伝説さながら、人の世に破滅をもたらした。
「ドラゴンだ! ドラゴンが空を飛んでいるぞ!」
「魔王の次はドラゴンかよ!?」
「いつからここはRPGの世界になったんだ!」
街を破壊するドラゴンから、市民たちは右も左も分からぬまま逃げ回る。住民の避難が完了しなければ、自衛隊も迂闊に攻撃できない状況だ。空自の要撃機を突破した竜騎兵の戦闘能力を鑑みた場合、戦車や戦闘ヘリでは太刀打ちできない可能性すらある。
万事休す――九州は竜騎兵の手に落ちてしまうのか?
「いや、そんなわけがないだろう」
遁走する群衆をかき分けて、一人の少女がドラゴンに迫ってきた。白地のTシャツにショートパンツのラフスタイル。竜騎兵に相対するには、あまりにも華奢な体つき。いったいどうして少女はドラゴンから逃げようとしないのか。
「おい、そこのガキ。死にたくなければ道を開けろ」
竜騎兵の前に立ちはだかった赤髪の少女。尊大な態度を不快に感じた兵士は、ドラゴンを使って少女を威嚇した。おぞましき竜の形相を目にして、恐怖しない者はこの世にいない。
「道を開けろだと? どこの世界から来たのか知らないが、礼儀を知らないようだな」
少女はドラゴンを前にしても恐怖するどころか、ふんぞり返ってみせた。まるで獲物を見つけた狩人のような目つきだ。一瞬だけだが、ドラゴンが物怖じしたのを兵士は感じ取った。
「……馬鹿な子どもだ。見せしめに踏み潰してやる」
無敵のドラゴンが子ども相手に怯えるなど、何かの間違いだ。兵士はムチを振るい、ドラゴンを前進させた。15mもの体躯を支える竜脚は、自動車ですら簡単に破壊しまうのだ。踏みつけられた少女は無惨な姿に――
「ギ、ギアアアアッ!!」
少女を踏みつけたドラゴンが悲鳴を上げた。巨大な針で足裏に刺されたかのように、ひっくり返ってのたうち回る。
「うわああっ! どうしたっていうんだ!?」
振り落とされた兵士は、もだえ苦しむドラゴンに駆け寄った。強靭な鱗を持つドラゴンが傷つくことなど、万に一つもあり得ない。ましてやあんな小さな子どもを踏んだくらいで――
「う、嘘だろ……!?」
兵士は我が目を疑った。
ドラゴンは火傷を負っていたのだ。炎のブレスを吐く竜が、足を黒焦げにしてもがいている。現実世界には竜を燃やせる武器が存在するとでも言うのか!?
「お前たちの世界じゃ、相手を踏みつけるのが挨拶なのか?」
兵士は、恐る恐る声の方向へと振り返る。ドラゴンが踏みつけた少女は生きていた。否、それは少女などではない。竜をも焦がす炎の化身――魔王アンナ・エンプロイドである。
「挨拶返しだ。少しばかり暴れさせてもらうぞ」
アンナはドラゴンの尻尾を掴み、両手で振り回し始めた。特大のハンマースイングだ。圧倒的な膂力の前に、ドラゴンは逃げることもできぬままオモチャにされている。
「ひっ、ひいいぃっ!」
兵士は身をかがめてスイングをやり過ごすことしかできない。ブンブンと振り回されるドラゴンが頭上を通過していく。少しでも頭を上げたら回転に巻き込まれてオダブツだ。
「そらっ、お友達のところへ送ってやるよ」
アンナは楽しげな表情で尻尾を手放した。遠心力で加速したドラゴンの巨体が、市街地を飛行していた竜騎兵に直撃する。
「なっ……うわあああっ!!」
巻き添えを食らった竜騎兵はビルに激突してしまった。ドラゴンの半身がビルにめり込み、背中に乗っていた兵士は命からがら手綱にぶら下がっている。予想外の伏兵……魔王の出現に竜騎兵たちは愕然としていた。
「なんだこいつら、イノシシより弱いじゃないか」
パンパンと手をはたくアンナ。異世界の敵ならば少しは楽しめるかと思ったが、真の魔王の力には遠く及ばない。とんだ期待外れだった。
「う、うろたえるな! ドラゴンの火力を集中させろ!」
竜騎兵の残存部隊はアンナから距離を取り、空中から火炎弾による集中砲火を浴びせた。爆撃にも等しい轟音が鳴り響き、停車中のトラックが木っ端微塵に吹き飛んだ。道路は火の海に包まれ、アスファルトの焼ける匂いが立ち込める。
「……は、ハハハッ。どうだ、我らの力を思い知ったか!」
鎧の下で冷や汗をかく兵士たち。ドラゴンすら従える自分たちが負けるわけがないのだ。実際、彼らは連戦無敗であった――少なくとも今日までは。
「ぬるい火だな」
フッ、と辺り一面を覆っていた火が消えた。蜃気楼が立ちのぼる街の中心で、アンナは仁王立ちしている。真っ白なTシャツには焦げ跡一つない。ドラゴンがいくら火を吹いたところで、炎を支配する魔王に抗うことができようか。
「本当の『炎』の使い方を見せてやるよ」
アンナは空に向けて右手を掲げ、真紅の火球を発生させた。ただの火球ではない。それは小さな太陽と呼ぶべきものだ。周囲の気温がみるみる上昇していく。
「なんだあの炎は!?」
「ドラゴンたちが怯えている……あの子どもは一体何者なんだ!?」
圧倒的な熱量を前に兵士たちは竦み上がった。ドラゴンであろうと例外ではない。彼らが相対しているのは、世界をも屈服させる真の魔王なのだ。敵を見誤ったことを後悔する時間など残されてはいなかった。
「プロミネンスゲイザー」
アンナが掲げる太陽より一筋の熱線が放たれた。竜騎兵たちの頭上をかすめるようにして、真紅の炎が空を焼いていく。
「ギ、ギイイイィッ!」
炎を目にした瞬間、兵士たちを乗せたドラゴンたちが一斉に暴れ始めた。
「ドラゴンが言うことを聞かない!?」
「こ、このままじゃ振り落とされるぞ!」
「まさか、ドラゴンたちが逃げ出そうとしているのか!?」
火耐性を持つドラゴンの竜鱗は、溶岩程度の熱量ならば余裕で耐えることができる。しかし、1万度にも匹敵する紅炎となれば話は別だ。アンナの炎を目にしたドラゴンたちは、本能で「敵わない」と判断したのだ。
「このままでは作戦の継続は不可能だ……」
「やむを得えん、全軍撤退しろ!」
竜騎兵たちは踵を返して撤退を始めた。ビルに引っかかっていた仲間を回収し、そそくさと新大陸の方角へ退散していく。それは彼らにとって最善の選択肢であった。
「……もうお終いか。これなら家でネトゲを遊んでる方が楽しかったな」
竜騎兵との戦いは無聊の慰めにもならなかった。アンナが魔王として全力で戦える相手など、そうそう現れるものではない。
「そういえば今日はノブクエ7の発売日だっけ? たまにはオフゲーも悪くないよな」
どこかに開いてるゲームショップはないだろうか。久しぶりに外出したアンナは、ヤスオからもらったお小遣いを手にソフトを買いに行く。異世界からの侵略者などもはや眼中にはない。慌てふためく市民たちを尻目に、魔王は宝探しの冒険へと出発するのだった。




