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第40話 スクランブル

 日本列島の東側、太平洋沖の公海に突如として新大陸が出現した。海底火山の噴火によって新しい島が出現することはあれど、オーストラリアにも匹敵する大陸が浮上するなど前代未聞の事態である。

 日本国内が騒然とする最中、ヤスオたちはシエラから大陸出現の経緯を聞かされていた。


「……つまり、あの大陸は現実世界のものじゃないってこと?」

「その通りです、ヤスオ様。あの大陸は海底から隆起したものではありません。大陸そのものが異世界から転移してきたのです」


 シエラの解析によれば、大陸が出現する前後に地殻変動は観測されていないとのことだ。そもそも新大陸を出現させるほどプレート移動が生じたのであれば、日本はとてつもない巨大地震に見舞われていたことだろう。


「そういえば魔族の祖先は、時空の乱れに巻き込まれて現実世界から魔界に転移したんだよね。今回の大陸の移動もそれに近い現象なのかな?」

「えっ……そんな話初めて聞いたんだけど」


 セリカは魔族が生まれた経緯を知らないらしい。同盟の勇者たちも敵のルーツまでは深掘していなかったのだろう。人類共通の敵が人間と同じ祖先を持つというのは、なんとも皮肉なことである。


「時空の乱れが生じた可能性は否定できませんが、一つの大陸が別世界に飛ばされるなど聞いたこともありません」

「……この大陸には誰かが住んでるんじゃないのか?」


 アンナが、リビングテーブル上に投影された新大陸をしきりにつついている。異世界から転移した大陸となれば、そこに原住民がいる可能性は十分にある。


「人間たちもその可能性には気づいているようです。既に日本政府が調査隊の派遣を――」


 シエラの話を遮るように警報が鳴り響いた。犬山家のみならず、隣近所でもけたたましい警報音がこだましている。あまりの爆音にアンナは眉をひそめた。


「……うるさいな。シエラ、こいつは何の警報だ?」

「全国瞬時警報システムです。日本国内のあらゆる場所で警報が発令されています。……新大陸から多数の飛行物体を確認!」


 即座にシエラが防衛省からデータを引っ張り出してくる。自衛隊のレーダーサイトは新たな脅威を捉えていた。正体不明の飛行物体が日本めがけて直進してきたのだ。その数は50を優に超えている。


「飛行物体? 新大陸が弾道ミサイルでも撃ってきたのか!?」

「ミサイルではありません。飛行速度と高度から航空機に近い存在と思われます。既に航空自衛隊の要撃機が発進しています」


 領空侵犯自体は珍しいことではない。普段なら空自のパイロットに任せるところだ。――が、今回ばかりは看過できない事態であった。


「自衛隊は仕事が早すぎる。ジオハルトの出番がなくなるじゃないか」


 ヤスオはブレスレットを起動させ、ジオハルトに転身した。シエラから魔道剣を受け取り、急ぎ足で転移魔法陣へと向かう。


「待って、私も行くっ!」


 危機を察知したセリカが、イカロスブースターを背負ってジオハルトの後に続く。アンナは黙ったままテーブルから動かない。シエラにとっては見慣れた光景だ。


「転移魔法を発動させます。座標は……」

「飛行中の自衛隊機がいる場所だ。彼らの仕事を奪うのは申し訳ないが、飛行物体(アンノウン)との交戦は阻止させてもらう」

「承知しました」


 ジオハルトに従い、シエラは転移魔法を発動させる。夫の出発を見届けるアンナは、どこか上機嫌な笑みを浮かべていた。





 緊急離陸したF-35Jの2機編隊は、ジオハルトよりも先に飛行物体への接触を試みていた。


 F-35Jは、航空自衛隊向けにノックダウン生産された第5世代ジェット戦闘機である。新大陸の出現を観測した自衛隊は、配備されたばかりの機体を即座に発進させた。

 当初、F-35Jに与えられた任務は新大陸に関する情報収集であった(大規模災害が発生した場合、アラート待機の飛行隊が真っ先に現地へ向かうことになっている)。飛行物体についての報せが入ったのは、編隊が発進する直前のことである。後続の飛行隊に先行する形で、2機のF-35Jは飛行物体の要撃にあたることになった。


 謎の飛行物体は敵か味方か――南極事変で米軍のF-38が未知の敵に撃墜されたことは、航空自衛隊にも周知の事実。ただし専守防衛を掲げる以上は、新大陸の意思を確認する必要がある。先鋒のパイロットたちは極めて重大な任務を負っているのだ。


 レーダーが飛行物体を捉える。目標のサイズはF-35に近い。新大陸の住人はこちらと同じように航空機を飛ばしてきたのか?

 現時点では飛行物体に攻撃の意思があるとは断定できなかった。新大陸が異世界から転移してきたと仮定して、原住民が宣戦布告もなしに侵攻を開始するのだろうか。……彼らこそ、自らが置かれている状況を把握できていないのではないか。

 対象が航空機なら非戦闘員が搭乗している可能性もある。敵意を持たない異世界人を殺傷したとなれば、国際問題どころでは済まされない。相手に侵略の意思がなければ攻撃は御法度(ごはっと)なのだ。


 かのベトナム戦争では、敵機を視認しない限り、パイロットはミサイルを発射することを許されていなかったという。飛行物体を捕捉しても攻撃できないという点では、今の自衛隊員たちが置かれている状況も同じだ。万が一(・・・)のことがあれば、有視界戦闘で決着をつけるしかない。


 厚い雲を抜けて、海上に躍り出るF-35Jの編隊。先頭を飛行する機体が、ついに飛行物体の正体を捉えた。


「飛行物体を目視で確認。あれは……!」


 巨大な翼を広げて飛行する赤い影。全身は鋭い鱗に覆われ、(ねじ)れた角が見る者を圧倒する。それは航空機などではない。大空を支配する、伝説の生き物だ。


「ドラゴン……飛行物体の正体はドラゴン!」


 パイロットの目に飛び込んできたのは、全長15mものドラゴンだった。新大陸には怪物が生息しているのか? 隊員の報告に作戦指揮所は混乱に陥る。

 

 海上を悠然と飛行する赤きドラゴンの群れ。それだけでも十二分に現実離れした光景である。しかし真に驚くべき存在は、ドラゴンの背中にあった。


「……ドラゴンの背中に人が乗っている。まるで騎兵のようだ」


 隊員たちが遭遇したのは、ドラゴンに乗って空を飛ぶ竜騎兵(りゅうきへい)であった。竜の背中には鎧を(まと)った兵士たちが手綱を握っている。現実世界に竜を操れる人間など一人もいない。彼らは間違いなく異世界の住人だった。


 ――どうやって彼らとコンタクトを取るべきか。針路変更の通告を行うにしても、相手が竜に乗った兵士では無線は使えない。

 パイロットが途方に暮れる最中、竜騎兵の一人がF-35Jを指差した。何らかの合図か――次の瞬間、燃え盛る火の玉が機体に向けて放たれていた。


「ブレイク! ブレイク!」


 機体を急旋回させ、F-35Jは火球を回避する。騎兵の操るドラゴンが文字通り火を吹いたのだ。ドラゴンの群れが――竜騎兵隊が一斉に自衛隊機へと襲いかかる。

 F-35Jは最高速度に優れるが、火力と旋回性能では竜騎兵に分があった。遠距離からのミサイル攻撃ならば先手を取れたかもしれないが、今となっては後の祭りだ。いかに優秀な自衛隊員といえど、ドラゴンとの戦闘訓練など受けてはいなかった。


 ――包囲を突破できればチャンスはある。ドラゴンが吐き出す無数の火の玉をかいくぐり、F-35Jは高度を上昇させる。ドラゴンはともかく、背中に乗る兵士は高高度戦闘には耐えられないはずだ。

 しかしパイロットの思惑を見透かしていたかのように、上空から新たな竜騎兵が現れる。敵は雲の中に伏兵を潜ませていたのだ。この距離では機関砲に頼らざるを得ないが、背後からの追撃を回避しながら照準を合わせるのは至難の業である。


 ――ここまでか!


 敵を撃って生き延びるか、敵に撃たれて命を落とすか。パイロットが覚悟を決めた時――眼前に稲妻が走った。


「えっ!?」


 雷撃(ライトニング)がドラゴンの脳天に直撃していた。コントロールを失った竜騎兵が海へと墜落していく。雷の魔法が自衛隊機の窮地を救ったのだ。


 銀翼の機体とニアミスする黒き人影――現実世界の住人ならば、彼の名前を知らない者はいない。

 

『魔王ジオハルトより自衛隊機へ、ドラゴン退治は我々が請け負う。貴官らは本土防衛に専念されたし』

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