第34話 後始末
「た、助かった……」
軍師ラグナは生きていた。
啓示戦艦が消滅する直前、ラグナは緊急脱出用の転移ポータルを発動させ、命からがらセンチネルへと帰還していたのだ。
状況を鑑みれば奇跡の生還と言うべきだろう――しかし、センチネルには彼の帰還を喜ぶ者は一人もいなかった。
「クエストは失敗したようだな。軍師ラグナ」
デバインが侮蔑の目を向ける。ラグナの言いつけ通り、彼はクエストの一部始終をしかと見ていたのだ。敗軍の将を処断しないのは勇者の情けである。
「人間たちはジオハルトを救世主扱いしているぞ。お前が人類を攻撃したおかげでな」
「これってしくじりだよね?」
しかめっ面のギリアムとノエルが詰め寄ってきた。魔王だけならばまだしも、保護対象である人類を直接攻撃したとあっては、同盟の名誉失墜は避けられない。大失態を晒したことを悟り、ラグナは滝のような汗を流している。
「お、お前たちのせいだぞ! お前たちが陽動作戦に参加しなかったから、こんなことになったんだ!」
この期に及んで責任転嫁を始めるラグナ。あまりにも見苦しい軍師の姿に、勇者たちは呆れて声も出ない。見かねたクレイドはラグナに戒告を与えた。
「だが、一人でクエストを始めたのはお前の選択だ」
「そ、それは……」
「言ったはずだぞ。クエストを受諾するかどうかは任意だとな。失敗したのであれば、責任を負うべきは受諾した当人だ。道理が分からぬお前でもあるまい」
「ぬううっ……」
啓示戦艦の力を過信し、クエスト開始に踏み切ったのは他ならぬラグナ本人である。陽動作戦が実施できなくなった時点で、計画を延期することもできたのだ。遠回しに判断ミスを責められたラグナはぐうの音も出ない。
しかし応報はまだ終わっていなかった――裁きを下すかのごとく、漆黒の支配者がセンチネルに降臨したのだ。
「お、お前はジオハルト!?」
ラグナは我が目を疑った。聖域であるはずのセンチネルに魔王ジオハルトが出現したのだ。
――まさか、緊急脱出の際に座標を追跡されていたのか? 敵軍に同盟の重要拠点を特定されたとなれば、とんでもない失態だ。自分の首一つでは賄いきれない赤字である。
「よくも、よくも私に恥をかかせてくれたな! お前だけは許さん! この場で処刑してやる!」
激高したラグナはハンドガンを取り出し、ジオハルトに向けて連射した――だが、いくら弾丸を撃ち込んでもジオハルトは倒れない。パン、パン、パンと空虚な銃声だけがセンチネルに響き渡る。
「くそう! 一体どうなってる!?」
銃弾が弾かれているわけではない。狙いが逸れているわけでもない。文字通り、弾が当たっていないのだ。
これ以上無駄撃ちを繰り返されると危ないので、クレイドはラグナから無理矢理ハンドガンを取り上げた。
「何をするんだ! 敵が目の前に現れたんだぞ。お前たちも見てないで戦え!」
「……ラグナ、よく見ろ。そこにいるのは本物のジオハルトじゃない。ただの立体映像だ」
「えっ!?」
思わず声が裏返るラグナ。発射された弾丸は全てジオハルトの身体をすり抜けていたのだ。それを裏付けるかのように、背後の壁には無数の弾痕が残っていた。
実はジオハルトはセンチネルに乗り込んでいたわけではない。ガルド王が開発した幻像投影機を転移魔法で送りつけてきたのだ。
「ば、馬鹿な……装置もなしに立体映像を投影することなど不可能だ!」
ラグナが驚くのも無理はなかった。超小型の投影装置は、立体映像によって隠ぺいされる仕組みなので、傍から見ると本物のジオハルトが現れたようにしか見えない。啓示戦艦を建造した同盟といえど、ここまで精工な投影装置を開発することはできないのだ。
「こ、これが魔界の技術力なのか。あの魔剣といい、ジオハルトはどれだけの力を隠しているんだ……」
下賤な種族と軽蔑していた魔族に、ここまで水をあけられては言葉も出ない。ラグナは完全に気力を失い、その場にへたり込んでしまった。
「ジオハルト、わざわざ面妖なカラクリを送りつけてきたのには理由があるんだろう? センチネルに何の用だ」
クレイドは神妙な面持ちで、ジオハルトの幻影に語りかける。結果として、更新計画を阻止したのはジオハルトに他ならない。魔王が同盟に対して何らかの要求を突きつけてくることは予想の範疇であった。
『同盟の盟主、女神エストレアに確認したいことがあります』
「なっ……」
魔王の口から出た名前にラグナはたじろいだ。
エストレア――彼女こそが勇者同盟の設立者である。人智を超えし女神の名を呼ぶことは、勇者たちですら憚るべき行為であった。それを知ってか知らずか、ジオハルトは無遠慮に女神を引きずり出そうとする。
『女神エストレア。あなたがそこにいることは分かっています。私の質問に答えていただきたい』
――沈黙が流れる。
魔王の呼びかけに応じる者は、誰一人として現れない。
ただ一つ明白なのは女神がそこにいるという事実だ。少なくとも、この場にいる勇者たちは見えざる女神の存在を直感していた。世界の監視者たる女神が、魔王の蛮行に気づかぬはずもない。自分の庭を荒らされてなお、なぜ女神は姿を見せぬのか。
『現実世界における更新計画発動を指示したのは、あなたで間違いないか?』
「……差し出がましい真似はよせ! お前ごときが女神に質問することなど許されない。今すぐこの場から消えろ!」
女神の威光を傷つけられてはラグナも面目丸潰れである。必死になってジオハルトを追い出そうとするが、幻影が相手ではどうしようもない。魔王はラグナに目もくれず、黙りこくる女神を糾弾した。
『答える気がないのであれば、それでも構いません。ただし沈黙を続けるのであれば、此度のあなたの行動を人類に対する背任行為とみなし、今後は私が人類を守護すると宣言します』
「なんだと!?」
ジオハルトの宣告にラグナは顔面蒼白になった。更新計画の強行は、魔王に人類を支配するための口実を与えただけだった。「人類の守護」を名目にされてしまっては、同盟もジオハルトに手出しはできないのだ。
『同盟の勇者と剣を交えるつもりはありません。人間を殺めるつもりもありません。私は支配者として人類を守ります。それが不服だというのであれば、直接釈明に来てください。さようなら』
――その後、勇者たちにジオハルト討伐の命が下されることは二度となかった。女神の声が聞こえなくなったラグナは発狂し、来る日も来る日も天に向かって祈りを捧げ続けた。
「女神よ! あなたはなぜ姿を見せないのです? どうしてジオハルトを放置されるのです? 私たちの信じる正義はどこへ行ったのですか!?」
女神は沈黙を貫いたまま、勇者たちに背を向け続ける。それがエストレアの最終回答であった。




