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第33話 魔道の果てに

 炎、氷、雷、風――ジオハルトはあらゆる魔法を使って防壁の突破を試みた。

 だが啓示戦艦のイージスシールドは、最大出力の属性魔法すら防ぎきってしまう。懐に飛び込もうにも光の壁に阻まれ、接近することも叶わない。


「魔道剣フェニックス!」


 諦めることなく魔法攻撃を繰り返すジオハルト。何度防がれようとも魔王は決して引き下がらない。その姿をモニターで眺めていたラグナは、勝ち誇るかのように笑みを浮かべた。


「やはり魔族は頭が悪いな。神の盾にお前ごときの攻撃が通じるはずもないだろう。下賤な種族らしく地に這いつくばり、滅びの時を待つがいい」


 啓示戦艦の両舷から次々とミサイルが発射された。ノアに搭載されたミサイル発射管はイージスシールドと連動しており、光波防壁の内側からでも攻撃が可能なのだ。無数の誘導弾が弧を描きながらジオハルトに襲いかかる。


「ぐっ!」


 近接信管が作動し、轟音と共にミサイルが炸裂する。実弾兵器とはいえ、現実世界のそれとは比較にならない威力だ。漆黒の甲冑が凄まじい熱と衝撃に見舞われる。


「ヤスオ君、一度距離を取って! このままじゃ身体が持たないよ!」


 すぐさまセリカがイージスを展開してカバーに入る。しかし彼我の戦力差は歴然。敵の防壁を突破することができない以上、ジオハルトたちに勝機はなかった。


「……駄目だ。ここで引き下がったら南極が撃たれてしまう。何としてもあの船だけは落とす!」


 セリカの制止も振り切り、ジオハルトは啓示戦艦に向けて突貫した。グラビティレイダーでベクトルを前方へと傾け、両手に握る魔道剣を突き立てる――それでもなお光の壁はビクともしない。

 その間にも戦艦の対空火器が一斉に火を吹き、魔王に鉄の雨を浴びせた。獄王の鎧が防御体勢をとろうとするが、ジオハルトは呪いに抗い、魔道剣をイージスに突き立て続ける。


「無駄なことはやめろ。この世界の人類に生きる資格はない。女神が管理する新たな世界に醜い動物は必要ないのだ。愚かな人間どもと共に滅びるがよい、ジオハルト!」





「……ふざけるな」





 ジオハルトは魔王である。


 魔王とは、強権をもって人類を支配する唯我独尊の存在である。

 人類を意のままにする権利を有するは女神ではない。女神への妄執に取り憑かれたラグナは、真の支配者が誰なのかを理解できていなかった。


「誰も殺さない! 殺させもしない! 貴様が人類を滅ぼすというのであれば、私は人類を守る!」


 魔道剣の鍔に埋め込まれていた宝玉が紫色に染まった。それは今まで使役していた精霊のいずれにも該当しない「虚無」の属性だ。


 魔道剣に封じられていた四精霊――その役目は魔法を発動させることではない。魔剣の属性を上書きすることによって、本来の姿を隠匿することが真の使命であった。

 そして今、精霊より解き放たれた魔道剣は、魔王が持つべき真の魔剣へと姿を変える。その魔剣の名は――



「我が道を示せ! 魔道剣レーヴァテイン!」



 ジオハルトに呼応した魔道剣は、ついにその正体を(あらわ)にした。それは万物を破壊し、存在を抹消するために造られた禁忌の魔剣「レーヴァテイン」である。

 この剣を手にした者は、森羅万象を消滅させる権利を有す。呪いの力によって世界が滅ぶことを危惧したガルド王は、自然界を守護する精霊たちと契約を交わしていた。魔剣を振るうにふさわしい真の支配者を見出すために――


「魔道剣レーヴァテインだと!? なぜお前がそんな武器を使えるんだ!?」

「愚かなり、軍師ラグナ。私が魔王であることを忘れたか!」


 覚醒した破壊の魔剣がイージスを貫いた。啓示戦艦を覆っていた光のヴェールが粉々に砕け散る。神の盾であろうとレーヴァテインの前では無力なのだ。


「大変です! バリアが突破されました!」

「落ち着け! イージスシールドを再起動させろ。バリアを再展開して奴を弾き飛ばせ!」


 イージスシールドは無敵の盾だ。一度突破されたぐらいで戦局は変わらない――少なくともラグナはそう信じていた。


「……だ、駄目です! バリアが再展開できません! イージスシールドが機能を失っています!」

「なんだと!?」


 レーヴァテインによって破壊されたものは二度と復元できない。呪いの力によってクラッキングされたイージスシールドは完全に沈黙している。その恐るべき効力を前にラグナは戦慄した。


「……まだだ。まだ私は負けちゃいない!」


 ラグナにも最後のカードが残されている。チャージ完了間際のゲドン砲だ。

 即座に発射しても90%以上の出力は確保できる。人類に致命打を与えるには十分な威力。だが、ここで撃つべき敵は――


「ゲドン砲をジオハルトに向けて発射しろ!」

「お待ち下さい! ゲドン砲は一発しか撃てません。この兵器は人類を滅ぼすために用意したものでは……」


 更新計画の実行には南極大陸をゲドン砲で撃つ必要がある。ここでエネルギーを使い果たしては、計画遂行は不可能になってしまうのだ。

 ……レーヴァテインを握る魔王が眼前に迫っている。もはや選択の猶予は残されていなかった。


「構うな! 魔王を消し去ることさえできれば我々の勝利だ!」


 ラグナは、女神から与えられた使命を捨ててまで魔王を撃つことに固執した。完全な勝利のために練り上げた作戦を台無しにされてしまったのだ。怨敵たるジオハルトを滅ぼさねば怒りは収まらない。

 我を忘れた軍師は自らゲドン砲のトリガーを握り、心の奥底に溜まっていた全ての悪意を吐き出した。


「神に代わってお前を消してやる! 消えろ! 魔王ジオハルト!」


 啓示戦艦の巨大な砲口から滅びの光が放たれた。大気をも蒸発させる光の渦がジオハルトを飲み込んでいく。だが――


「消えるのは貴様の方だ!!」


 ジオハルトはレーヴァテインを前に構え、啓示戦艦の砲口へ飛び込んでいた。破壊の魔剣が光の渦を消滅させ、ゲドン砲を――啓示戦艦を斬り裂いていく。穿(うが)たれた船体が崩壊するまでにさほど時間はかからなかった。


「艦底部消失! 船が……船が消えていきます!」

「総員退艦しろっ! 消滅に巻き込まれるぞ!」


 あてもなく艦内を逃げ惑う船員たち。消えゆく啓示戦艦の中で、ラグナは心が絶望に支配されていくのを感じた。


「嘘だ……こんなの嘘だ」


 レーヴァテインによって貫かれた啓示戦艦は粉々に砕け散り、完全に消滅した。


 ――後に残ったのは、沈まぬ太陽を背にした黒き魔王の姿のみであった。人類を滅ぼさんとする悪意は消え去り、80億の生命が救われたのである。ジオハルトの手によって、人類の明日は守られたのだ。





「……魔王が人類を救ったのか?」


 南極基地の観測員たちは全てを見ていた。ベイルアウトしたF-38のパイロット救出に向かった観測員たちは、空中戦艦に戦いを挑む魔王の姿を目撃していたのだ。


「間違いない。ジオハルトは人類を守るために戦っていたんだ」

「なんてことだ……彼は人類の味方だったのか!」


 その後、観測員たちと救出されたパイロットの証言によって、謎の空中戦艦こそが人類の敵であり、ジオハルトがそれを撃沈したという事実が世界中に伝えられた。


「艦載機は警告もなしに発砲してきました。人類に対して敵意を持った存在であることは明らかです」

「戦艦の目的は南極への攻撃だったんです。……ジオハルトが来てくれなければ、どれだけの被害が発生したか見当もつきません」


 観測員が撮影した戦闘の顛末(てんまつ)と帰還報告は、国家機密として封印されるはずだったが、ホワイトハウスを出入りしている魔術師(ウィザード)級ハッカーによって瞬く間に拡散してしまった。南極での異変は周知の事実であり、戦いの真相が世界中に知れ渡ることとなった。


「私はこの耳で聞きました。ジオハルトは人類を守ると宣言したんです。彼は身を挺して戦艦に立ち向かいました」

「今なら分かります。彼こそが真の救世主だったんです!」


 そう、ジオハルトは人類を救ったのだ。





 南極でジオハルトが侵略者を倒したって本当だったのかよ――NO NAME


 無人機の残骸から現実世界に存在しない金属が見つかったんだ。マジで異世界からの侵略者がいたらしい――NO NAME


 ジオハルトも異世界から来たんだろ? あいつは俺たちの敵じゃなかったのか――NO NAME


 今回も人類は滅びずに済んだ。……せいぜい魔王に感謝することね――夢島リミカ


 戦争への介入や犯罪組織を撲滅したのは、本気で世界を平和にするためだったんだよ。彼は何の見返りも求めずに戦っているんだ――NO NAME


 ジオハルトが世界を守ってくれるなら文句はないよ。誰も死なずに済むなら、そっちの方がいいに決まってる――NO NAME


 ホワイトハウスに侵入したのは俺じゃないぞ――ハングドマン





 大衆はあっという間に心を支配されてしまった。メディアは一斉に掌を返し、ジオハルトを救世主ともてはやした。

 

 人々は結果だけを受け入れる。

 ジオハルトが人類を救ったという事実だけを受け入れる。

 誰もがジオハルトを正義と信じて疑わなくなった。


 人類は、魔王によって支配されたのである。

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