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第31話 決断の時

 ――遡ること数刻前。


「じゃあ、この船は同盟が造ったものなんですか?」

「うん。見たことないタイプだけど、艦橋のエンブレムは同盟のものだよ。もしかすると新造艦なのかもしれない」


 犬山家のリビングテーブルが、啓示戦艦を撮影したカメラ映像を投影している。テーブル上に映し出された空中戦艦を、ヤスオとセリカは物珍しそうな顔で眺めていた。


 更新計画の存在を知らないヤスオたちは、アメリカ軍よりも行動が遅れていた。人類を守るために戦ってきた同盟が、人類の敵になるとは思うまい。同盟と停戦協定を結んだことが、彼らの警戒心を緩めてしまっていたのだ。


「シエラさん、この映像は誰が撮影したの? 結構いいカメラ使ってるみたいだけど」

「南極のアメリカ基地で撮影されたものです。ホワイトハウスが騒いでいるようなので、探りを入れたところ発見しました」


 ただ一人勇者同盟の動きを警戒していたシエラであっても、南極に空中戦艦が出現したことは想定外であった。ホワイトハウスを経由して戦艦の情報を得ることができたのも偶然の産物なのだ。


「ホワイトハウスが? それはまずいな。同盟の船を宇宙人か何かと勘違いして、独立戦争を仕掛けるかもしれないよ」


 アメリカは船が同盟の物であることを知らないし、戦艦を侵略者の宇宙船とみなすのではないか――ヤスオは、ホワイトハウスがエイリアンよりもジオハルトを恐れていることに気づいていない。


「彼らが独立戦争を仕掛けるとすれば、あなた(・・・)に対してなのでは?」


 シエラはそんなヤスオが許せない。今やジオハルトは世界を揺るがす侵略者なのだ。アメリカほどの大国が、魔王の支配を認めることがあろうか。


「……今のは冗談だよ。セリカさん、同盟のクレイド教官と連絡は取れますか?」

「それが……さっきから呼びかけてるんだけど、全然返事がないんだよ」


 セリカには同盟との連絡用に双子石(ジェミニストーン)が与えられていた。石に向かって話しかけると、片割れの石から声が出る一対の魔石である。片方の石はセンチネルに預けてあるので、これを使えば仲間たちと連絡が取れるはずだった。

 ……無論、更新計画を実行しようとしているラグナが双子石を見逃すはずもない。情報漏洩を防ぐため、センチネルに預けられていた石は粉々に破壊されてしまったのだった。


「嫌な予感がしますね。それにあの船の巨大なビーム砲。同盟の装備にしては、いささか過剰じゃありませんか?」


 艦底部の砲塔が強力なビーム兵器であることは、ヤスオにも十分理解できる。しかし、それを現実世界に持ち込んだ理由までは分からない。聖剣や魔法で戦ってきた同盟の武器としては、明らかに異質な存在だった。


「私もあんな大砲は見たことないよ。同盟は大量破壊兵器の開発を中止したはずなんだけど……」

「ジオハルトを消すために引っ張り出してきた?」


 勇者同盟の兵器である以上、魔王討伐のために用意されたものと考えるのが妥当だろう――それがヤスオの希望的観測であった。


「そんなことはしないよ。少なくともヤスオ君が悪いことをしない限りはね」


 セリカは同盟の行動に不服であった。真にジオハルトが人類に仇なす存在となった時は、自分の手でヤスオを止めると決めている。人々に恐怖を与えるような兵器は必要ないのだ。


「シエラさん、南極に転移して同盟の船と直接話をしてくるよ。戦艦を魔王に対する抑止力にするつもりなのかもしれないけど、アメリカと戦争を始められたら困るからね」


 獄王の鎧を装着したヤスオ――ジオハルトは同盟との会談に向かう。武器を突きつけ合って話をするだけなら軽い仕事だ。互いに引き金を引くつもりがないうちは。


「承知しました」


 シエラが慣れた手つきで転移魔法陣を起動する。日本と南極は約14,000km離れているが、転移魔法があれば一瞬で移動できる。魔王にとっては、それが当たり前だった。


「……南極に転移することができません!」

「なんだって!?」


 歪んだ常識が覆される。シエラは急いた様子でテーブルのハッキングツールを立ち上げ、転移を阻害する原因を探った。


「どうやら南極を中心に転移魔法を妨害するジャミングフィールドが発生しているようです。このままでは南極へ直接転移することは不可能です」


 転移魔法を妨害する技術――そんなものを扱える組織は限られている。少なくとも、この状況では容疑者は一人しかいない。


「……同盟の船の仕業か」

「えっ……どういうこと?」


 セリカは状況を理解できなかった。現実世界にやってきた同盟の船が、なぜ転移魔法を封じる必要があるのか。


「彼らは南極を封鎖するつもりです。ジオハルトがあの船に近づくことを防ごうとしているんですよ」

「一体何のために?」


 ますます分からない。南極を封鎖して、そこで何をしようというのか。同盟には後ろめたいことがあるとでもいうのか。


「あの戦艦のビーム砲……砲口が真下を向いてませんでしたか? まるで南極そのものを狙っているかのように」

「……そんな!」


 ――本当は分かっていた。通告もなく巨大兵器を持ち込んでおいて、何もせずに帰るはずがない。セリカは同盟への嫌疑を認めることができなかったのだ。


「シエラさん、ビーム砲が南極に向けて発射された場合の被害は?」

「ビーム砲の威力にもよりますが、南極を中心とした大津波が発生し、人類の文明は崩壊すると思われます」

「津波の発生が目的なら、それ相応の威力を備えていると考えるべきだな」

「そんなことって……」


 同盟の真意を悟り、セリカは肩を落とす。この期に及んで同盟がシロであると主張する根拠は見つからない。返事をしなくなった双子石が彼女の心に重くのしかかる。


「同盟が引き金を引くと決まったわけじゃない。が、引かないとも言い切れない。……何としても南極に向かわなくては」


 同盟の船は、魔王が南極へ侵入することを妨害している。だからこそ南極に向かい、同盟の魂胆を見極める必要がある。


「シエラの転移魔法はもう使えないの?」

「いえ、転移魔法自体が使えなくなったわけではありません。ジャミングの影響が薄い地域であれば転移は可能です」


 ジャミングフィールドは南極海域にまで及んでいる。最短で南極に到達するには、転移可能な中継地点に目星を付けるべきだ。


「転移可能な場所で、南極に一番近い地点は?」

「南米のアルゼンチン。南極から約1,000kmの地点です」

「アルゼンチンか……そこから南極に向かうには空を飛ぶしかないな」

「えっ、それじゃあ私はついて行けないの?」


 投影された世界地図を目にしたセリカが悲壮な声を上げる。さしもの勇者も、海を泳いで極寒の南極に上陸する気力はないらしい。既にヤスオが意味ありげな視線を送っているが、メイドは見て見ぬ振りを決め込んでいる。


「シエラさん、空戦用のイカロスブースターをセリカさんに貸してあげて」

「またですか……いい加減、勇者に装備を貸し与えるのはお辞めください」


 現実世界で単独任務を続けているセリカは、装備の多くを魔王軍からの供与品で補っている。勇者としての武器は実質カレッドウルフのみであり、防具は未だに魔界製のファントムアーマーを使い続けている始末だ。

 本来であれば敵が作った装備に袖を通すなど勇者としてあるまじき行為なのだが、セリカが武具のルーツに対するこだわりを見せることはない。性能や使い勝手を優先していることも理由ではあるが、ヤスオの心づけを拒否できないことが一番の要因であろう。


「同盟と対峙するんだ。彼女が傍にいてくれた方が心強い。これは戦略的観点からの提案だ」

「……承知しました」


 折れたシエラがリビングの格納庫を起動させた。中から出てきたのは、魔界で開発されたイカロスブースターである。グラビティレイダーを背部に限定して搭載しており、装備すれば大気圏内での飛行が可能となる。

 量産化を目的に開発された装備なのだが、グラビティレイダーの数を減らしたことが原因で姿勢制御が難しくなってしまい、制式採用には至らなかった。どういう訳かは不明だが、現実世界にはこの手の実験的な装備ばかりが送られてくるらしい。


「セリカさん、この翼を身に着ければ海を泳ぐ必要はありませんよ」

「やった! 私もヤスオ君と一緒に空を飛べるんだね!」

「シエラさんは、遠隔で姿勢制御の補助をお願いします。セリカさんはグラビティレイダーの扱いに慣れていませんからね」

「全く……私に勇者の手助けを指示するあなたの気が知れませんよ」


 不満を口にするシエラだが、手は既にイカロスブースターのシステム調整を始めている。人類を支配する前に滅ぼされては困るし、セリカにジオハルトの支援を行わせる必要性も心得てはいるのだ。


「……ブースターとファントムアーマーの接続に問題はありません。高度維持はセミオートで行えます」


 勇者の背中に白き鋼の翼が加わった。神話の世界の住人はどうやって空を飛ぶのだろうか。太陽に近づこうとも、彼女の翼が溶け落ちることは決してない。


「セリカさんも準備はできたみたいだね。早くアルゼンチンに転移しよう」

「お待ち下さいヤスオ様。飛行して目的地に向かうのであれば、こちらの新装備をお使いください」


 シエラが指を鳴らすと、獄王の鎧に黒い翼が生えてきた。鷲の骨格を想起させるメインフレームに、鋭い剣が連なるような先進的なデザインは、ガルド王の謹製に違いない。


「なんか凄いのが出てきたな」

「グリフォンスタビライザーです。獄王の鎧に追加することで機動性を向上させることができます。非使用時は背部に収納できるので近接戦闘の邪魔にもなりません」


 グラビティレイダーを搭載する獄王の鎧は単独で飛行が可能だが、それはあくまで重力制御による副次的な機能であり、本格的な空中戦までは想定されていなかった。ガルド王はイカロスブースターの開発で得られたデータをフィードバックし、超音速飛行にも対応した新たな翼を完成させたのだ。


「ありがとうシエラさん。この翼があれば到着までの時間をかなり短縮できそうだ」

「礼は私ではなくガルド王にお伝えください。お会いされる機会があればの話ですが」

「……そうだな。僕もガルド王には伝えておきたいことがある」


 今になって獄王の鎧をアップデートしたガルド王の真意とは何か。いや、そもそもガルド王は、誰が自分の作品を使っているかを知っているのか。……答えを知るには、眼前の障害を取り除かなくてはならない。


「行こう、ヤスオ君。同盟が何を企んでいるのか、私たちは確かめなきゃならない」


 白き翼の勇者と、黒き翼の魔王が対面する。


 善と悪は相容れない存在なのかもしれない。だが二人が目指す世界にいかほどの違いがあるというのか。生命を守らんとする互いの意志に呼応し、セリカとヤスオは再び手を取り合った。


「――分かりました。同盟に僕たちの意志を伝えましょう。どんなに強い兵器があろうとも、人の心を(くじ)くことはできないのだから」


 魔法陣に立つ勇者と魔王。シエラは神妙な面持ちで二人を送り出す。

 本当はセリカに協力するつもりはない。人間であるヤスオに従うつもりもない。――だけど、なぜか今だけは、彼らに手を貸したいと思ってしまうのだ。


「転移魔法発動……ご武運を祈ります」

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