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第29話 更新計画

「現実世界への侵攻作戦……!?」


 新たに提示された任務の概略にクレイドは動揺を隠せなかった。


 三度、センチネルに勇者たちが招集されていた。いずれも、現実世界へ足を踏み入れた経験のある者たちだ。デバインたちのAランクパーティーも例外ではない。


「なぜだ? ジオハルトは協定を破ってはいない。今の時点で現実世界に攻め込む理由はないだろう」


 セリカは監視役としての務めを確実に果たしている。ジオハルトが裏切ることがあれば、すぐさま報せが届くはずだ。


「協定? 今回の任務が達成されれば、そんなものは無意味になりますよ。クレイド教官」


 歯に衣着せぬ態度で任務の概要を説明しているのは、女神から新たに派遣された軍師「ラグナ」であった。

 ラグナは女神直属の部下であり、独自の判断で作戦を立案、実行する権限を与えられている。同盟内においても他の勇者たちとは一線を画す存在であり、その素性を知る者はほとんどいない。クレイド自身も直接対面するのは初めてのことだった。


「女神は現実世界の実情を憂慮されております。魔王が我が物顔で支配者を名乗り、人間たちは、それを当たり前のように受け入れていると言うではありませんか。本来であれば即刻、魔王を討伐せねばならぬ状況です」

「だが、それは……」


 できるものならそうしている。それができないから魔王と停戦協定を結ばざるを得なくなった。クレイドは、自身の不甲斐なさに言葉も出なかった。


「ええ、知っていますよ。再三に渡って、あなた方はジオハルトに土をつけられたそうですね。伝説の勇者ともあろうものが、なんと情けないことか」

「貴様……言わせておけば!」


 同じく招集されていたギリアムは、ラグナの不遜(ふそん)な態度に苛立ちを隠せない。魔王と直接戦ってもいない相手に、なぜここまで言われなければならないのか。


「あまり気分を悪くしないで頂きたい。あなた方のしくじりがなければ、私が派遣されることもなかったのですから」

「……軍師ラグナ。あなたにはジオハルトの野望を阻止する作戦があると聞いた。是非とも仔細を伺いたい」


 デバインは自身の怒りを抑えつつ、ラグナに作戦の説明を求めた。突然送り込まれてきた軍師の振る舞いに不満こそあれど、今は私情よりもジオハルトの打倒を優先すべき時なのだ。


「作戦……というよりも、これは現実世界そのものを救済するための計画です。女神は、かねてより現実世界での『更新計画』を邁進(まいしん)されていたのです」

「更新計画……?」


 同盟屈指の戦力たるデバインですら、そのような計画については聞かされていなかった。女神は一体何を企んでいるというのか。


「女神はこう仰っています。『現実世界の人間たちは、あまりにも醜い』と」

「なっ……」


 デバインは我が耳を疑った。……まさか、女神が人類を見捨てたというのか。

 

「勇者デバイン。あなたは、現実世界で救おうとした市民たちに石を投げつけられた」

「……!」


 勇者にとって最も苦々(にがにが)しい経験が(よみがえ)る。市民たちは操られるわけでもなく、自らの意志で攻撃してきたのだ。人生で、これ以上の屈辱を味わったことは他にない。


「クレイド教官。現実世界の人間たちは、魔王に決闘を挑んだあなたを縄にかけようとした」

「違う! 彼らは法に従って行動していただけだ!」


 決闘罪はれっきとした犯罪である。魔王討伐を目的に動いていたとはいえ、法の番人たる警察がクレイドを逮捕したのは当然の結果であった。

 ――が、女神にしてみれば、救済のために遣わせた勇者をないがしろにされたも同然。人類は無自覚の内に恩を仇で返してしまったのだ。


「彼らは無知なのですよ。浅ましいのですよ。だから、魔王に心を支配されてしまうのです」


 ラグナは邪悪な笑みを浮かべた。その表情に、人ならざる狂気が含まれていることをデバインは直感する。


「ラグナ、更新計画とはまさか……」



「そうです。古くなった現実世界の人類を滅ぼし、新しい人類へと生まれ変わらせるための計画です」



「嘘よ! 女神がそんな計画を考えるわけがない!」


 ノエルが悲痛な声を上げる。女神は、人類の自由と平和を守るために同盟を結成したはずだ。それがなぜ人類を滅ぼそうとするのか。


「信じる、信じないは、あなた方の勝手です。ですが、私は女神直々の命令を受けて行動しています。……これが、その証拠です」


 円卓を中心に、巨大な戦艦の立体映像が投影された。ただの戦艦ではない。異世界間の航行をも可能とする空中戦艦だ。


「この戦艦は……!」

「そう、これこそが勇者同盟の切り札、『啓示(けいじ)戦艦ノア』です」


 啓示戦艦ノア――それは勇者同盟が開発した最終兵器である。異世界で収集した科学技術を投入することで、圧倒的な火力と防御力を実現。とりわけ、艦底部に装備された「ゲドン砲」は、国一つ消し飛ばすほどの破壊力を秘めている。

 魔王に対抗するためとはいえ、あまりにも過剰な武装と化してしまい、実戦投入は見送られていたはずだった。


「女神は、ノアを使用して更新計画を実行するように命じられたのです。……他ならぬこの私にね」


 不敵な笑みを浮かべ、デバインたちを見下すラグナ。剣や魔法で戦う勇者など、彼にとっては時代遅れの遺物に過ぎないのだ。


「ノアを現実世界に投入するつもりか? あんなものを使って魔王と戦えば、現実世界の人々にも被害が出るぞ!」


 デバインは兵器の使用に慎重だった。旧世代の聖剣のみを武器として魔王に挑むのは、戦いの余波で市民たちに被害を出さないようにするための配慮でもあるのだ。

 だが、ラグナには勇者たちの胸中を知る由もない。彼はあくまで女神の意志に従って行動する機械(マシーン)に過ぎないのだ。


「被害? 何か勘違いをしていませんか? ノアを投入する目的は、ゲドン砲を使って人類を滅ぼすことなんですよ」

「!?」

「ゲドン砲が発生させる高熱を利用して、南極の氷を溶かします。それによって大洪水を発生させ、人類の文明を消滅させるのです」


 ゲドン砲で南極を攻撃すれば、地球規模の津波が発生し、人類の文明は瞬く間に崩壊してしまう。人間のみならず、多くの生命が失われてしまうのだ。

 ……ラグナは喜々として計画について語った。人類を滅ぼすことに罪の意識など微塵(みじん)も感じていないようだった。


「馬鹿なことはやめろ! 俺たちは勇者なんだぞ。人類を魔王の侵略から守ることが、同盟の存在意義だったはずだ!」


 クレイドはラグナに計画の中止を迫った。たとえ女神の差し金であろうと、人類を滅亡させることに同意などできるはずもない。


「そう……私たちは勇者です。だからこそ魔王の人類支配計画を見過ごすわけにはいかない。それゆえに女神は更新計画の実行を決断されたのです」

「まさか……」


 人類の滅亡は手段であって、目的ではない。クレイドはようやく女神の真意を理解することができた。


「ふふ、その通りですよ。現実世界の人類を抹消することで、ジオハルトの支配戦略を崩壊させる……それこそが今回の計画の主眼なのです」


 女神の恐るべき計画――それは人類を抹殺することによって、ジオハルトの支配から現実世界を「救済」することだった。更新計画の実態は、魔王の目論見を阻止するための焦土作戦なのだ。


「こんな計画は間違ってる! 大洪水で文明を滅ぼしてしまったら、何も残らないじゃない!」

「その通りだ! 守るべき世界を壊して、勇者を名乗ることなどできるものか!」


 女神の非情な計画に真っ向から反対するノエルとギリアム。しかし、ラグナは余裕の表情を崩さない。


「何も心配する必要はありませんよ。……確かに洪水で文明は滅びるかもしれませんが、現実世界そのものがなくなるわけではありません。魔王の計画を阻止した後、女神は現実世界に生命の種を撒き、新しい人類(・・・・・)を創造することを約束されたのです」

「新しい……人類?」


 その不吉な言葉にクレイドは背筋を凍らせる。


「そうです。魔王に心を支配されることがないように調整(・・)された理想の人類、『イデアノイド』です。イデアノイドたちは女神の言葉だけに従い、争うことも罪を犯すこともなく、永遠の幸福を享受するのです」


 更新計画の最終目標は、いらなくなった人類を消滅させ、代わりの新しい人類を誕生させることだった。調整された人類だけが住まう、戦争も犯罪も起きない平和な世界。それこそが、女神の望む理想のディストピアなのだ。


「狂っている……」


 デバインは、もはや自身の感情を抑えることができなくなっていた。人類を守るために戦ってきた彼にとって、更新計画は到底受け入れられるものではなかった。


「女神はどこにいる? 彼女と直接話をさせろ!」

「女神は生命の種を準備するため、同盟を離れておられます。今はあなたに構っている暇なんてないんですよ」


 詰め寄るデバインを、まるで相手にしようとしないラグナ。最初からこうなることを予想していたかのような素振りだった。


「私は、女神より同盟の指揮権を預かっています。あなた方には、ジオハルトの注意をそらすための陽動作戦に参加していただきたい」

「……俺たちがジオハルトを引きつけている間に、ノアで南極を攻撃するつもりか」


 クレイドはラグナの目論見を一瞬で見抜いた。勇者たちは、洪水を発生させるまでの囮役でしかないのだ。


「察しが良くて助かりますよ。早速ですが、現実世界に乗り込んでジオハルトをおびき出してください。……ああ、もちろん洪水が起きたら転移ポータルで逃げていただいて構いません。現実世界に骨を埋めるつもりなら、それも一興ですが」


 ラグナは勇者たちを鼻で笑ってみせた。Aランク勇者のデバインたちですら、彼にとっては捨て駒も同然なのだ。


「馬鹿にするのもいい加減にしろ! こんな作戦に協力できるわけがないだろう!」


 怒りが頂点に達したギリアムは、ラグナに双剣を突きつける。たとえ反逆者になろうとも、このような計画は阻止せねばならない。

 歴戦の剣士を前に、丸腰の軍師は無力にも見える。が、予防線を張ることはラグナの十八番(おはこ)であった。


「私に剣を向けるとは……あなたは自分の立場を理解できていないようですね」

「なんだと?」

「戦士ギリアム、確かあなたは故郷に妻子がいましたよね。同盟に加入して以来、彼らは女神の庇護を受けていたはず。……ここで私に――女神に背けば、彼らはどうなると思いますか?」

「……!!」


 女神は世界の監視者なのだ。ギリアムの妻子は女神によって守られているも同然だった。女神に盾突いた反逆者の家族は、一体どのような末路を迎えるのだろうか。


「ううっ……」


 恐ろしい結末を想像したギリアムは、反抗する気力を失ってしまった。


「さて、他のみなさんはどうされますか? 今になって女神に従えないとは言わせませんよ」


 ラグナは勝ち誇ったような態度で勇者たちに選択を迫った。計画を知った勇者たちの行動も、全ては織り込み済みなのだ。


「……女神に逆らうつもりはない。だが、人類を滅ぼす計画に乗るつもりもない」

「え?」


 ただ一人、クレイドだけは予想外の回答を返してきた。教官を務めてきた彼は、同盟のシステムを最も理解している人物だった。


「同盟の任務……クエストを要請するのは女神の役目だが、それを受諾するかどうかは勇者たちの判断に委ねられている」

「ほう」

「つまりだ。たとえお前が同盟の指揮権を握っているのだとしても、クエストを受注するかどうかの決定権は、俺たちにあるんだよ」


 ラグナは本質を理解できていなかった。クレイドたちは命じられたままに動く兵士ではない。自らの意志で戦う「勇者」なのだ。いかなる恫喝を用いようとも、彼らの心を支配することは不可能である。


「よく分かりました。あなた方は任務を放棄されたいというわけですね」

「そう受け取ってくれて構わんよ。戦艦を使って人類を滅ぼしたいなら、お前一人だけでやればいい」

「……まあ、いいでしょう。陽動なしでも啓示戦艦が無敵であることに変わりはありませんしね。あなた方はセンチネルから、世界が生まれ変わる様を眺めていてください」


 ――果たしてうまくいくかな?


 同盟が正常に機能しなくなった以上、今や人類は風前の灯火である。だがしかし、クレイドには一つだけ当てがあった。

 ……女神の目論見を打ち砕く存在がいるとすれば、それは奴をおいて他にはいない。


 今こそ人類の支配者になってみせろ、魔王ジオハルト。

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