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第28話 平和の独裁者

『こんにちは。魔王ジオハルトです。本日は勇者同盟との停戦協定が締結されたことをお知らせします。彼らは私の敵ではないのです。みなさんも争いとは無縁の生活を送ってください』


 またしてもマスメディアをジャックしたジオハルト。王見スタジアムでの決闘からは1か月近くが経過していた。


 クレイドとの対決はどうなったのか、ジオハルトが勝敗を語ることはない――いや、結果は口にするまでもなかった。魔王の手には勇者から奪い取ったハンマーが握られていたからだ。停戦協定の中身など市民たちには知る由もないが、クレイドが返り討ちにされたことは明白である。


 勇者クレイド・アイゼンバーグのチャンネルは閉鎖され、音信不通になっていた。ブックメーカーで大負けした連中が血眼になってクレイドを探し回ったが、足跡すら見つけることはできなかった。伝説を信奉し、勇者の勝利を信じていた人間たちは絶望に打ちひしがれた。


 クレイドがジオハルトを倒していれば、世界は元通りになっていただろう。戦争や犯罪が起きても「仕方がない」の一言で片付けられる、ごく当たり前の日常が帰ってくるはずだった。

 ――が、結論から言えば人類が日常を取り戻すことはできなかった。正義の勇者は敗北し、悪の魔王が世界を手中に収めたのだ。


 もう誰もジオハルトに逆らうことはできない。戦争を起こした国の兵器は全て潰され、テロリストたちは氷漬けにされるか警察に自首するかの二択を強いられた。コンビニで万引きしようとすると魔王が入店してパンを買い始めるので、誰も物を盗まなくなった。


 世界は平和になった――平和になったけど誰も喜ばなかった。人間は理不尽を嘆くが、不自然な幸福も受け入れはしないのだ。独裁者によって与えられた平和にどれほどの価値があるというのか。自由を奪われたディストピアの住人たちは、ゆっくりと、そして確実に心を魔王に蝕まれていくのであった。





 ――本当にこれでよかったのか?


 大火の爪痕残る阿鼻須の森で、セリカは三度、ジオハルトと相対していた。


 魔王が支配する現実世界において、セリカは唯一のカウンターである。ジオハルトとクレイドが停戦協定を結んだ後、セリカは魔王の監視役を買って出た。

 クレイドは、セリカが秘密を抱えていることに薄々気づいてはいたものの、あえて詮索はしなかった。自分の教え子が魔王の蛮行を見逃すことなど、万に一つもないと信じていたからだ。ジオハルトも、セリカは公正な判断ができる人間と評し、自身の監視役として現実世界に駐在させることを同意した。


 ――果たしてクレイドの采配は適切だったのか。恩師の顔に泥を塗るかどうかは、セリカの決断にかかっている。

 セリカは決して同盟を裏切ったわけではない。ジオハルトに与したわけでもない。「犬山ヤスオ」という一人の少年に味方しただけなのだ。

 誰にも明かせない秘密を胸に、セリカはただ一人、現実世界に残ることを決意した。今や彼女は、魔王という巨悪から人類を守る最後の盾なのである。


「どうしたんです、セリカさん。さあ、早く剣を抜いてください」


 仇敵、ジオハルトがセリカの前に立ち塞がる。魔王は既にクレイドをも打ち破っているのだ。勇気の掛け算だけで勝てる相手ではない。

 抑止力たるセリカには、新たな武器が供与されていた。人工聖剣カレッドウルフ――同盟が異世界の技術を用いて鋳造した規格外兵装である。


 セリカが盾からカレッドウルフを抜くと、刀身から放たれる光が周囲の木々を青く照らした。霊石を用いて鋳造された刀身は魔力を帯びており、常に強力な斬撃を放つことができる。

 専用の盾には戦艦用の光波防壁システム「イージス」が搭載されており、短時間であればあらゆる攻撃を防ぐことができる。しかし、バリアを展開するためのジェネレーターを搭載していないため、防壁を使用するには刀身を盾に収めねばならない。もとより設計に問題を抱えた試作兵器なのだ。


「それが人工聖剣ですか。同盟もなかなか面白い武器を作る」


 武器そのものに魔力を付与するというコンセプトは、魔道剣にも通じるものがある。だからといって誰にでも振り回せるものではないのだろうが。


 セリカがおもむろに剣を掲げると、ジオハルトもすぐさま魔道剣を上段に構える。互いに剣の間合いには入っていない。――が、初手を打ったのはセリカだった。


斬空剣(ざんくうけん)!」


 セリカがカレッドウルフを振り下ろすと、刀身から斬撃が飛んだ。文字通り、空を斬り裂く刃が魔王に向けて放たれたのである。


「魔道剣ストームカッター」


 対する魔王は風の刃を飛ばして斬撃に対抗した。二人の剣が虚空で火花を散らし、鍔迫(つばぜ)り合いの余波が大木を伐採していく。距離を保ったまま繰り広げられる斬撃の応酬(おうしゅう)は、おおよそ剣戟と呼べるものではない。


「遠距離戦はあなたの領分ではないでしょう。どうぞこちらへ来てください」


 剣舞では決着がつかないと判断したのか、ジオハルトは片手でセリカを手招きした。

 魔王の誘いを受けた勇者は、剣を盾に収めて突進する。防御形態のカレッドウルフの強度は、普及品の大盾などとは比べ物にならない。シールドチャージに用いれば城門を突き破ることすら可能だ。


「魔道剣ファイアカノン」


 ジオハルトは魔力を剣先に集中させ、単発の火炎弾を発射した。防壁に対抗するには範囲攻撃は不適切だ。一点集中による突破を試みるより他にない。


「プロテクト・イージス!」


 燃え盛る火炎弾を光の壁が阻んだ――炎が炸裂し、周囲の木々を根こそぎ吹き飛ばしたが、セリカの盾には傷一つ入っていない。

 どんな盾であろうと耐久力には限界がある。だが光波防壁を展開するイージスシールドは、エネルギーが尽きない限り幾度となく攻撃を防ぐことができる。戦艦用の防御装置を人間サイズの盾に転用したのは、極めて野心的な設計だ。剣による攻撃ができなくなるデメリットを考慮しても、これ以上の防御兵装は存在しなかった。


「魔道剣アイスバーン」


 直接攻撃が通用しないことを悟ったジオハルトは魔道剣を地面に突き刺し、正面一帯をスケートリンクに作り変えた。突進の勢いを上乗せするシールドチャージは脅威だが、さしもの勇者も凍結した地面の上では前進もままならない――


「その手は通用しないよ!」


 セリカは氷の魔道剣への対抗策を用意していた。自ら氷上に飛び込み、盾をそり代わりに滑らせながらジオハルトを急襲したのだ。スケルトン選手さながらの高速滑走に、魔王は度肝(どきも)を抜かれた。


「やはり一味違うな」


 勇者の妙手に感服するジオハルト。その間にもセリカは盾から剣を抜き、滑走の勢いそのままに魔王へと斬りかかる。


「――!?」


 聖剣が斬りつけたのは、地に映るジオハルトの影だった。三つ首の呪いをカウンターに適用させた魔王は、インファイトにおいても比類なき力を見せつける。最小限の動きでセリカの斬撃を(かわ)し、反撃の左ストレートを放っていた。


「……強くなったんだね。あなた自身が」


 眼前に拳を突きつけられたセリカは、ヤスオの力を認めた。


 クレイドとの決闘を経て、ジオハルトの戦闘能力は以前とは比較にならないほど向上していた。武器や防具の強さだけで勝敗は決しないのだ。それを扱う人間(・・)が強くならなければ、勝ち残ることはできない。


「呪いの力を使わねば危ういところでした。人工聖剣の威力がこれ程とは思いませんでしたよ」


 模擬戦の相手を務めたジオハルトは、カレッドウルフの性能を高く評価した。元来であれば使い手を選ぶ試作品だが、セリカは武器の特性を最大限に活用し、魔王に肉薄するほどの力を引き出したのだ。


「セリカさんの技量に聖剣の力が加われば、鬼に金棒です。Aランクの勇者たちですら、今のあなたには及ばないでしょう」


 どんな敵も恐れる必要はないと太鼓判を押すジオハルト。しかし、当のセリカは現状に決して満足はしていなかった。


「大切なのは武器を手に入れることじゃないよ。武器を振るう人間には責任が必要になる。力は使い方を間違えれば、誰かを傷つけてしまうことだってあるんだ。だから、力を持つ人間は正しい選択をしなければならない」


 カレッドウルフは人類を守るための力だ。同盟から聖剣を与えられた意味をセリカは重々承知している。真の敵(・・・)が現れた時、彼女は勇者として戦う責務を負っているのだ。


「正しい選択……ですか。心に留めておきましょう」


 ヤスオは弱さを克服するために魔王の力を欲したが、それは後先を考えない無責任な行動だった。セリカと出会わなければ、本当の意味で間違った道を進んでいたかもしれない。


「……ん? すみません、シエラさんから連絡が入ったようです」


 ジオハルトが側頭部に手を当て、シエラからの通信に応答した。電波が届かない阿鼻須の森であろうと、シエラの魔法通信は使用可能である。


「……そうか。少しばかり面倒なことになりそうだな。彼女にも話は通しておく。帰還して対策を練るとしよう」


 通信を終了すると同時にジオハルトがセリカへと顔を向ける。甲冑越しでは表情をうかがい知ることもできないが、少なくとも今の彼は敵ではない――そう信じたい。


「シエラさんが気になるものを見つけたようです。事と次第によっては、セリカさんのお力を借りるやも知れません。一度、犬山家に来てはいただけませんか?」

「――分かったよ。ヤスオ君」


 正しい選択とは何か。

 真の敵とは誰なのか。


 決断の時が、刻一刻と迫りつつあった。

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