第24話 勇者の鉄槌
「お前が、ジオハルトか」
王見スタジアムへ転移したジオハルトを、勇者クレイドが出迎えた。
クレイドは、光沢を放つ白き鎧を身に纏い、重厚な両手持ちのハンマーで武装している。これまでに戦った勇者とは、比べ物にならない気迫を感じさせる男だ。
テレビ中継はスタジアムに殺到する人々を映していたが、不思議なことに観客席では閑古鳥が鳴いている。広大なフィールドにはクレイドとジオハルトの二人しか立っていない。
「闘技場の周囲に対人用の結界を張らせてもらった。市民たちに石を投げさせることはできんぞ」
決闘の場所を公にしている以上、野次馬の介入は避けられないと思っていたが、クレイドは先んじて対策を施していたようだ。結界の外側では騒乱が起きているのだろうが、スタジアムの中からは気配を感じることもできない。
「もとより市民たちの手を借りるつもりなどありません。それでは決闘の意味がないでしょう」
同盟との緒戦では、ジオハルトが紛争地帯に勇者たちを誘い込み、自らを支持する市民たちに石を投げさせることができた。
しかし、日本では同じ手は使えない。紛争とは縁のない生活を送る日本人たちは、必ずしもジオハルトを英雄として認めていないのだ。
「いい心がけだな。だが今回ばかりはお前の負けだぞ、ジオハルト」
クレイドは計画通りに、魔王との一対一の戦いに持ち込むことができた。作戦の肝は、ジオハルトを自らの手で始末できる状況を作り出すことだ。対人用の結界を敷設し、外部からの手出しを封じれば、魔王が奸計を巡らすこともできない。あとは力のぶつけ合いでジオハルトを叩き潰すのみ――
「勇者と魔王の戦いに立会人は必要ないだろう。さあ、自慢の魔剣で俺を倒してみせろ」
不敵な笑みを浮かべ、クレイドはジオハルトを挑発する。鎧の防御力は未知数だが、装備している武器から考えて明らかに接近戦を得意とするタイプだ。ハンマーの間合いに入る前に勝負をつけるのが最善であろう。
ジオハルトはおもむろに魔道剣の剣先を向けるが、クレイドは微動だにしない。ハンマーを手にしたまま、余裕の表情をジオハルトに見せつける。
この勇者は、魔道剣の威力を知らないのか。あるいは己の力を過信し、魔王を侮っているのか……どちらにせよ決闘を挑んできた以上、敵であることに変わりはない。ジオハルトは逡巡を払うがごとく魔法を発動させた。
「魔道剣ブリザード」
氷の魔剣から放たれた猛吹雪がクレイドへと襲いかかった。防御力に優れた鎧を装備していたとしても、外側から氷漬けにされてはひとたまりもない。氷塊に包まれたクレイドの敗北は必至である。
「――その程度か、ジオハルト!」
否、クレイドは氷漬けになどなっていない。猛吹雪を物ともせず、ジオハルトへ向けて突撃してくる。勇者には氷の魔法を無力化するスキルが備わっているのか?
「魔道剣ライトニング」
即座に魔道剣の属性をシフトさせ、雷撃を浴びせる――が、またしても魔王の攻撃は無力化されてしまう。クレイドが装備する白き鎧がライトニングを弾いてしまったのだ。
「無駄だ。この『白夜の鎧』がある限り、お前の魔法は通用しない!」
クレイドは、同盟の勇者たちが持ち帰った交戦データをもとに、ジオハルトを倒すための切り札を用意していた。それこそが「白夜の鎧」である。魔法を無力化する防御フィールドを展開するこの鎧は、まさしく魔道剣の天敵とも言える装備であった。
『ヤスオ様、あの勇者には魔法攻撃が通用しません。早く距離をとってください!』
戦況をモニターしていたシエラから通信が入る。彼女がここまで焦りを見せるのは初めてのことだ。魔道剣による攻撃を封じられてしまっては、ジオハルトに勝ち目はない。
「遅い! このまま叩き潰してやる!」
既にクレイドは自らの間合いに入っていた。巨大なハンマーが魔王に向けて振り下ろされる――獄王の鎧はジオハルトの意思に関係なく、防御の体勢をとっていた。
「――ぐっ!!」
鈍痛が左腕を襲った。ガントレットはハンマーによる打撃を受け止めたが、腕そのものへの衝撃を防ぎ切ることはできない。たったの一撃で、ジオハルトは左腕を動かすことができなくなってしまった。
「いくら強固な鎧を纏っても、身体そのものには限界があるはずだ。俺の攻撃にいつまで耐えられるかな!」
防御を無視してダメージを与えてくるハンマーと魔法を無効化してしまう鎧――明らかに「ジオハルト」を攻略するための装備だ。仲間たちが命懸けで得た情報を最大限に利用し、クレイドは必勝の策を講じていた。
「分かるか? 魔王は決して無敵の存在じゃない。攻略法さえ分かれば恐れる必要もないんだよ!」
ハンマーの乱打がジオハルトに襲いかかる。今はグラビティレイダーを強制起動させて、ハンマーの間合いから逃れるので精一杯だ。クレイドが得物を振り下ろすたびに地響きが発生し、スタジアムのフィールドは穴だらけになっていく。
「――なるほど。確かにあなたは勇者だ」
ジオハルトは「勇者」という存在をよく知っていた。
現実世界では、勇者とは英雄を指す言葉だ。知恵と勇気で難局を乗り越え、悪を制する正義の執行人――クレイドこそ、勇者を名乗るにふさわしい男であった。
「ならば、私は魔王として、最後まで戦って見せよう!」
窮地に陥ろうとも、ジオハルトは狼狽えはしなかった。侵略行為のツケが回ってくるのは必然である。たとえ命を落とすことになろうとも、ヤスオは魔王として戦う使命を背負っているのだ。
「魔道剣スローターゲイル」
反撃に転じるジオハルト。風属性にシフトした魔道剣で、3つもの竜巻を同時に発生させる。
クレイドに直接ぶつけたところで無力化されてしまうのは目に見えている――となれば間接的な方法でダメージを与えるしかない。竜巻はうねりを上げてスタジアムの観客席をバラバラに解体していく。
「む、闘技場を破壊して逃げるつもりか?」
あいにくだが魔王に「逃げる」という選択肢はない。自分の命が惜しければ決闘に応じたりなどはしない。魔王と勇者、どちらかが倒れるまで戦いは続くのだ。
「この攻撃は防げまい。ストームジャベリン!」
宙に巻き上がった棒状の建材を、烈風に乗せて射出する。魔法を無力化する鎧といえど、物理的な攻撃までは防げないはずだ。鋼鉄の投槍と化した建材がクレイドの頭上に降り注ぐ。
「とっさに対策を思いついたか。だがそれだけでは勝てんぞ!」
驚くべきことにクレイドは、360度から飛来する建材をハンマーで次々と打ち返してきた。重量鉄骨ですら、勇者の前には細枝に過ぎないのだ。常人離れした技量の持ち主としか言いようがない。
『ヤスオ様、その勇者は危険です。もはや手加減ができるような相手ではありません』
「だろうな」
起死回生の一手すら防がれてしまった。ジオハルトに残されたカードの枚数を、シエラは誰よりも正確に把握している。
『魔法攻撃では有効打を与えることができません。かくなる上は魔道剣の封印を解放してください』
……魔道剣には属性魔法の行使とは別に秘められた力がある。確かにそれを解放すれば、この窮状を覆すもできるだろう。
しかし魔王の切り札には一つだけ問題があった。魔道剣の封印を解放した場合、クレイドは確実に死亡してしまうのだ。
『決闘を挑んできたのは勇者の方です。あなたが勇者を殺めたとて、それは必然の結果なのです。……どうかご決断を』
――勇者だって人間だろ?
人間を殺すのが必然の結果?
僕は誰かを殺すために魔王になったのか?
「万策尽きたようだな。次の一撃で決めさせてもらうぞ、ジオハルト!」
ハンマーを掲げたクレイドがジオハルトに迫る。魔王は硬直したまま動くことができない。遂に勝負が決してしまうのか――
『二人ともそこを動くな! お前たちを決闘罪と器物損壊の容疑で逮捕する!』
鳴り響くサイレンと共に、無数のサーチライトがスタジアムに降り注ぐ。由緒正しき決闘に水を差したのは、法と秩序の番人――警察であった。
破壊された観客席の瓦礫をかき分けて、次々に警官たちがクレイドとジオハルトのもとへ押し寄せる。
「チッ……さっきの魔法で結界に穴が空いたか」
どうやら風の魔法で観客席を攻撃した際に、敷設されていた結界の一部が破損してしまったようだ。警官隊の突入はクレイドにとっても予想外だったらしい。
「武器を捨てて両手を上げろ! お前たちを拘束する!」
二人を取り囲む警官たちが、鬼気迫る表情で拳銃を突きつける。
クレイドとジオハルトは殺し合いをした挙げ句、公共の財産であるスタジアムをボロボロにしてしまったのだ。伝説の勇者だろうが、魔王であろうが、現実世界ではただの犯罪者だった。
「クレイド殿。このままでは決闘を続けることはできません。了承していただけるのであれば、1週間後の再戦を希望したい」
ジオハルトにとっては思わぬ助け舟であった。決闘を中断する口実が手に入ったのだ。勇者相手に不利な状況で戦い続けるよりも、警官たちをあしらう方が幾分気楽なものである。
「……いいだろう。次こそは必ずお前を討つ」
決着がつかなかったことに悔しさをにじませながらも、クレイドは再戦に同意した。
その気になれば警官たちを一蹴することもできたのだろうが、勇者を名乗る以上、現実世界の住人に危害を加えることは許されない。クレイドはハンマーを投げ捨て、警官隊に投降の意を示した。
その後、クレイドは警官たちに逮捕され、スタジアムの外へ連行されてしまった。警官たちの注意が勇者へと向いているのをいいことに、ジオハルトは転移魔法を使って忍びやかに決闘場を後にする。結界が解除され、野次馬がスタジアムになだれ込んだ時には後の祭りであった。
「クレイドはどうなった?」
犬山家では甲冑を脱いだヤスオが、シエラからの治療を受けていた。鎧越しであろうと、勇者のハンマーによる殴打はあまりにも重い一撃だ。高度な治療魔法を扱えるシエラがいなければ、危うく左腕に障害が残るところであった。
「既に現実世界から離脱しています。おそらく仲間の勇者たちが転移魔法で回収したのでしょう」
テレビでは、クレイドと思しき男がパトカーでの護送中に逃走したことが報道されていた。スタジアムに残されていたハンマーもいつの間にか消えたらしい。……自分から言い出したこととはいえ、1週間後の再戦を避けることはできなさそうだ。
「ヤスオ様、なぜあの勇者を殺さなかったのです?」
左腕に丁寧な治療を施しながらも、シエラはヤスオを問責した。無鉄砲に決闘を受けたことも、クレイドを殺さなかったことも、シエラにとっては許しがたい行為だった。
「あなたが死ねばどうなります? 人類支配計画が失敗すれば、アンナ様は処分されてしまうかもしれません。それがあなたの望む結末ですか?」
「そんなわけないだろ」
「だったら……」
シエラが怒るのも当然だった。アンナに代わって人類の支配者となった以上、身勝手な理由で死ぬことは許されない。誰も殺さずに人類を支配しようなんて考えはエゴに過ぎない。非道の限りを尽くしてでも、ヤスオはジオハルトを続けなければならないのだ。
クレイドは生きている限り、何度でもジオハルトを倒すために現実世界へ乗り込んでくるだろう。パンを渡して帰ってもらおうなんて甘い考えが通用する相手ではない。
中途半端な覚悟で戦いを挑めば、ヤスオは命を落とすことになる。次に勇者と対峙した時、支配者として成すべきことは――
「ヤスオ、お前本気で魔王になるつもりあるのか?」
慣れ親しんだ叱咤の声にヤスオが振り返る――そこに仁王立ちするは真の魔王、アンナ・エンプロイドであった。




