第23話 決闘
『我が名はクレイド・アイゼンバーグ。勇者同盟の勇者である。魔王ジオハルト、お前に決闘を申し込む。命が惜しくなければ、明日20時に王見スタジアムへ来い。必ずやお前を打ち倒し、その正体を暴いてやろう』
クレイドを名乗る勇者は、インターネットを使ってジオハルトに決闘を申し込んできた。動画投稿サイトにアップロードされた果たし状は、瞬く間に世界中へと拡散された。
少し前までならば、誰もこの決闘の宣言を真に受けたりはしなかっただろう。しかし今や魔王は現実の存在である。そして、それを打倒せんとする勇者の存在も例外ではなかった。
世界は少しずつ、確実に変わり始めていた。人々は、伝説から飛び出してきた両雄の対決を心待ちにしていた。決闘はブックメーカーの対象となり、メディアの話題も二人の対決で持ち切りになった。
勇者は果たして人類の味方なのか?
魔王が負ければ人類は自由を得られるのか?
世紀のタイトルマッチさながらに盛り上がる市民たち。だが、勇者と魔王の対決はスポーツなどではない。互いの命を賭した、文字通りの決闘なのだ。
「これは明らかな罠です。わざわざ敵の術中にはまるおつもりですか?」
決闘の時刻が迫る最中、シエラがクレイドとの決闘に異を唱えた。
獄王の鎧を身につけたジオハルトは、リビングのソファに腰掛けてニュース番組を視聴している。テレビ局のカメラは、王見スタジアムに押し寄せる見物人の群れを映していた。狂乱した市民たちが道路を埋め尽くし、周辺の交通網は既に麻痺状態に陥っているようだ。
「引き受けなければこちらの負けだよ。勇者との戦いから逃げ出したとなれば、誰もジオハルトを支配者とは認めなくなる。彼はそこまで計算して決闘を仕掛けてきたんだ」
今や、世界中の人間たちが勇者と魔王の全面対決を待ち望んでいる。魔王といえど、この状況で決闘を反故にすることは許されない――こうしてジオハルトを引きずり出すことが、クレイドの目的なのだ。
ジオハルトとしても、これは想定外の事態である。表立った行動を避けてきた同盟の勇者が、インターネットを利用して決闘を挑んできたのだ。クレイドの行動はブレイクスルーとしか言いようがなかった。
「勇者風情が、味な真似を……」
同盟の後手に回ったことに、シエラは苛立ちを隠せない。ハッキングによって掌握しているはずのメディアを、敵に利用されたという事実が彼女のプライドに傷を付けてしまったのだ。
「セリカさんはどうしてる?」
「アパートにこもったままです。こちらのコンタクトに応えるつもりもないようです」
セリカの行動を見張るのはシエラの役目である。ジオハルトが心を許しても、シエラが勇者に対して監視の目を緩めることはなかった。
先の小学校での一件以来、セリカは陰ながらジオハルトの行動を支援してきた。紛争地での人命救助はもちろんのこと、ペインフル残党の駆除においても彼女は大きな戦力として活躍した(ファントムアーマーの認識阻害機能によって、世間一般に彼女の存在は認知されていない)。
だがジオハルトが仲間たちと――同盟の勇者と戦うとなれば、話は別である。一度手を結んだとはいえ、セリカが再び魔王の敵となる可能性は捨てきれなかった。
「やはりあの女は危険です。敵の行動に呼応して、我々を背後から攻撃するつもりなのでは……」
セリカはジオハルトへの協力を約束したが、決して魔族の味方になったわけではない。シエラがセリカへの警戒心を抱くのは当然のことであろう。
だが、ジオハルトに動じる素振りはない。
「それはないよ。彼女は今もジオハルトに協力してくれている」
「は?」
「仲間たちの前に姿を見せれば、セリカさんは勇者としてジオハルトと戦わなければいけなくなる。……だから、彼女は表に出てこないんだよ」
セリカとしても、仲間たちとジオハルトの間で板挟みになる状況は避けねばならなかった。今は自らの存在を隠匿することが、魔王への最大の助力なのだ。
「彼女だって、ジオハルトが敵の命を奪わないことは理解しているんだ。殺しに手を染めない限り、彼女は僕たちの味方だよ」
「……そんな温いやり方が、何時までも通用するとお思いですか?」
「自分で決めたルールは破っちゃいけないよ。たとえ魔王であってもね」
ジオハルトはやおら腰を上げ、リビングの魔法陣へと歩を進める。シエラも後に引けない状況であることを悟ったのか、しぶしぶ魔道剣を手渡した。
「クレイドがどれほどの勇者かは知らないが、今回の決闘は魔王の力を見せつけるチャンスだ。人間たちは、強いヤツの言うことしか聞かないからね」
「……ジオハルトの勝利に期待します」
眉をひそめつつも、シエラは転移魔法でジオハルトを王見スタジアムへと送り出した。
ヤスオがシエラの言うことを聞いてくれないのは、今に始まったことではない。本来であれば人間を調教して、自分が全てを支配する算段だったはずなのに、どうして立場が逆転してしまうのか。何より、今の立ち位置に甘んじてしまう自分自身をシエラは許すことができない。
「私は、ヤスオ様の……」
ヤスオの心を支配しているのは自分ではない。
彼が何のために戦うのか。
何のために魔王を目指すのか。
全てを理解しているからこそ、シエラはジオハルトに従うことしかできない。銀髪のメイドはぼんやりとした表情で、決闘のモニターを開始するのであった。




