第22話 復讐の狼煙
セリカがジオハルトの捕虜になった頃、偵察部隊のテトラは、黒焦げのバルダーを担いでセンチネルに帰還していた。
ライトニングの直撃を受けたバルダーは満身創痍の状態。命に別条はないものの、医療施設への入院を余儀なくされた。
残る問題は殿を引き受けたセリカの救出である。命からがら逃げ延びたテトラは、センチネルで救助部隊の帰還を待っていた。テトラ自身もセリカの救出を志願したが、あまりにも危険な任務であると判断され、Bランクの彼女には待機命令が言い渡されたのだ。
「必ず迎えに行くって言ったのに、なんてザマだよ……」
自分の力不足が招いた事態だった。
あの時、魔王に立ち向かう勇気が――覚悟があれば、セリカ一人を危険な目に晒すこともなかったはずなのに。
誰もいないセンチネルの待機室で、一人浮足立つテトラ。――そこへ、ようやく救助部隊が帰還したとの報せが届く。
「ギリアム先輩! セリカは……セリカは無事なんですか?」
テトラの前に姿を現したのは、Aランク勇者のギリアムとノエルだった。ジオハルトのパンを口にして以来、クエストへの参加を自粛していた彼らも、後輩たちの危機とあっては動かずにはいられなかったのだ。
「……お前たちがキャンプを設営した雑木林は更地になっていた。ジオハルトは魔法で全てを吹き飛ばしたんだ」
テトラたちが撤退した後も、セリカは単身でジオハルトに立ち向かった。魔道剣から放たれた炎と氷の魔法は、雑木林を跡形もなく消し飛ばしてしまった。
「そ、それじゃあセリカは……」
「見つからなかったわ。代わりにこれが……」
ノエルは小さな金属片を手にしていた――それを目にしたテトラの表情が一瞬で青ざめる。
「その破片の模様……セリカが使ってた盾と同じだ」
見間違えるはずもない。金属片はセリカが装備していた大盾のものだったのだ。
「彼女は最後まで戦ったのよ。そして恐らくはジオハルトに……」
「う、うわあああっ!!」
テトラは発狂した。
セリカが死んだ。
私を逃がすために犠牲になった。
私が死なせた。
私が殺した。
イヤだイヤだイヤだ。
本当に死ぬべきは、私の方だったのに――
「うっ……ううっ……」
テトラの嗚咽だけがセンチネルに響く。
ギリアムたちにはかける言葉もなかった。ジオハルトの討伐任務が成功していれば、Bランク勇者たちが偵察任務に駆り出されることもなかったのだ。セリカが犠牲になった遠因を作ったのは、魔王討伐に失敗したギリアムたちに他ならない。
「――狼狽えるな!」
重苦しい空気を一蹴するかのごとく、白き鎧の勇者がセンチネルへと推参した。
「クレイド教官……!」
その姿にギリアムが目を丸くする。クレイドは異世界での防衛任務に就いているはずだった。
「教官、異世界での防衛任務を完了されたのですか? 41番目の魔王が攻勢を強めていると聞きましたが」
「その話はまた今度だ。今は現実世界の問題を……ジオハルトを始末することが先決だ」
クレイドは苦悶の表情を浮かべていた。偵察任務へと送り出した教え子の一人が犠牲になったのだ。教官を務めるクレイドが、自責の念に駆られるのは至極当然のことであった。
「テトラ、お前が自分を責める必要はない。全てはお前たちを任務へと送り出した俺自身の責任だ」
「で、でも、私の、私のせいで、セリカは」
動揺のあまり、まともに話すことすらできなくなったテトラの肩を、クレイドは優しく叩いた。
「セリカは立派に任務を果たした。……後は俺に任せろ。お前たちが手に入れた情報をもとに、ジオハルトを倒すための策を練った。現実世界から魔王がいなくなる日も近い」
「本当ですか!? だったら、私も現実世界に連れて行ってください。今度こそ、今度こそ魔王を……」
最後の言葉が出なかった。
今更、現実世界に乗り込んで何ができるのか。それでセリカが帰ってくるのか。テトラは自分が何もできないことを察してうつむいた。
「その意気だけで十分だ。ジオハルトとの戦いは俺が引き受ける」
「クレイド教官、俺もクエストに参加させてください。雪辱を果たせないままでは、勇者としての矜持に関わります」
強く胸を叩き、魔王との再戦を望むギリアム。しかしクレイドはかぶりを振った。
「いや、次のクエストに参加するのは俺一人だ。女神からもお墨付きは得ている」
「単独で魔王を討伐するつもりですか!?」
「そうだ。というよりも、今回の作戦は単独で実行することが前提なんだ」
単身での魔王との直接対決――クレイドはギリアムたちに、ジオハルトに勝利するための秘策を説いた。
「……確かに、クレイド教官の実力ならジオハルトにも遅れは取らないはず。その作戦ならきっと勝てます!」
魔導士ノエルもクレイドの策を支持した。同盟の構成員であれば、クレイドの武勇を知らぬ者はいない。戦線に加わった当初から一騎当千の活躍を見せつけ、魔王軍からも警戒されるほどの存在であった。
やがて、彼の勇猛果敢な戦い振りに感銘を受けた異世界の住人たちが、勇者同盟へ志願してくるようになった。本来、同盟の構成員は女神によって選ばれるのだが、クレイドは戦力の拡充を提言し、自ら率先して訓練生たちの指導にあたった。その働きに敬意を込めて、勇者たちはクレイドを「教官」と呼ぶのだ。
「お力添えできないのは残念ですが、あなたならジオハルトに勝てると信じています。どうかセリカの仇を討ってください」
戦士ギリアムはクレイドに同盟の勝利を託した。後進を守れなかった悔恨はギリアムとて同じこと。魔王を討たんとする互いの志を感じ取り、勇者は力強い握手を交わした。
「任せておけ。これ以上ジオハルトの好きにはさせない。セリカの無念を晴らすためにも、魔王は必ず仕留めてみせる!」




