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第21話 真実の勇者

 ――テロ発生から1時間47分が経過。


 王見市立第三小学校6年B組は、武装テロ集団ペインフルによって占拠されていた。教室の窓側には、これ見よがしに生徒たちが一例に並べられている。卑劣なテロリストたちは人質を盾代わりに利用し、機動隊の狙撃を妨害しているのだ。


 校舎の外では、報道関係のヘリコプターがけたたましいローター音を上げている。荒らされた教室の真ん中に設置されたポータブルテレビは、小学校周辺の状況を知らせる監視モニターとして機能していた。テレビ局が必要な情報を生中継で伝えてくれるので、わざわざ見張りを置いておく必要もないのだ。


「……そろそろ2時間が経つな」


 ペインフルのリーダーが口を開いた。黒い覆面の下からは、不気味な声が聞こえてくる。


「さて、どいつから始末しますか?」


 年季の入ったアサルトライフルの銃口が子どもたちに向けられる。最初の1時間は泣き喚いていた生徒たちも、絶望に心が折れてしまったのか、憔悴(しょうすい)しきった表情で教室の床を見つめている。


「人質は13人もいるんだ。見せしめに何人かやっちまっても……」

「馬鹿を言うな。人質が減れば機動隊が強行突入してくるぞ」

「この状況で? へへへ。奴らは馬鹿な市民どもの相手で手一杯ですよ」


 下っ端の男は、スマートフォン片手にデマ情報の拡散を続けていた。市民たちの不安を煽り、「子どもたちの命が危ないぞ」とけしかけるだけの単純な作業だ。教室の中からでも、機動隊と市民たちがもみ合いになっている様子は十分見て取れた。


「ところで、ジオハルトが日本政府と繋がってるって情報はマジなんすか?」

「……単純な話だよ。軍隊を持たない日本にとって、ジオハルトは好都合な存在だ。放置しておくだけで国際紛争はなくなるし、自国が制裁の対象になることもない」


 食糧と資源の調達を輸入に頼っていた日本にとって、国際紛争の解決は長年の命題であった。日本政府は表向きジオハルトを批判しているが、それは魔王との癒着を隠ぺいするためのカモフラージュなのだと、ペインフルのリーダーは推測する。


「まあ、俺らにとっては目の上のたんこぶですけどね」

「永富市のアジトを潰された時も、ジオハルトの行動は早すぎた。アジトを立ち上げて3日しか経っていなかったんだぞ? 政府がジオハルトに情報を提供しているとみて間違いないだろう」

「仮に見立て通りだとして、政府が素直にジオハルトを殺してくれますかね? ヤツは異世界から来たって話もありますし」


 世間では、ジオハルトを異世界からの侵略者と見なす風説が流布されていた。アメリカを始めとする大国は、既に異世界の存在を認知し、ジオハルトへの対抗手段を模索しているとの噂も出回っている。魔王の超常的な力を知れば、ゴシップも真実味を帯びてくるというものだ。


「政府が殺せないというのであれば、それでも構わん。人質が助からなければ、世界はジオハルトを憎む。……その時こそ俺たちの勝利だ」


 無論、人質の殺害は最終手段だ。人質を失うことは、自らの身を危険に晒すことに他ならない。だからこそ、テロリストたちはギリギリまで政府の出方をうかがう必要があった。


「おっ、いい感じにテレビ局のカメラがこっちを向いてますよ? ここは一つ、ガキどもが怯える様を全国ネットで流してもらいましょうか」


 下っ端は楽しげな様子で、窓際の人質に近づいた。(にじ)み出る悪意を感じ取り、生徒の一人がビクッと肩を震わせる。


「へへっ、いい表情で怯えてくれるじゃねえか。そのまま窓側に振り返れ。パパとママに元気なところを見せて――」



「魔道剣エイムパルス」



 雷属性にシフトした魔道剣が電磁パルスを発生させた。これにより校内の変電設備が故障し、電力供給を絶たれた校舎は暗闇に包まれる。


「な、なんだ!?」


 突然の停電にテロリストたちは動揺した。


 機動隊が突入してきたのか?

 自分の身を守るべきか?

 それとも人質を――


 一瞬の逡巡(しゅんじゅん)を突き、ジオハルトは教室へと突入する。窓ガラスを突き破ると同時に、人質に銃を向けていた下っ端をタックルで吹き飛ばした。


「ぐあぁぁっ!」


 子どもたちを背に、テロリストたちの前に立ち塞がった一人の影――暗闇の中で悪人たちは何が起きたのかを察知した。怨敵たるジオハルトが遂に姿を現したのだ。


「ガキどもを殺せ!!」


 戦争と犯罪を否定するジオハルトは、生来の悪党どもにとって不倶戴天(ふぐたいてん)の敵に違いなかった。世界から居場所がなくなることを恐れた彼らは、小学生を人質に取る暴挙に打って出たのだ。


 ……あとはジオハルトの目の前で人質を殺害すればいい。ヤツのせいでガキどもが死んだと――ヤツの行いは間違いだったと世界に知らしめてやればいい。


 悪意に心を支配された外道どもは、躊躇(ちゅうちょ)なく引き金を引いた。


「魔道剣フロストウォール」


 間一髪のところで魔道剣が氷の防壁を展開する。教室を二分するかのように形成された超低温の氷壁は、アサルトライフルの銃弾をも通さない。


「くそっ、氷が邪魔でガキどもに近づけない!」

「こうなりゃヤケだ! ロケットランチャーでまとめて吹き飛ばしてやる!」


 業を煮やしたテロリストたちは対戦車用のロケットランチャーを担ぎ出した。教室内で発射すれば、自分たちも爆風に巻き込まれかねない。それでもなお、彼らは子どもたちを殺害することに執着しているのだ。



「――お前たちは人の姿をした悪魔だ」



 暗中に響く断罪者の声――心を貫くような冷たい声色にテロリストたちは戦慄する。声の主はジオハルトではない。敵は魔王一人ではなかったのか?


「だ、誰だ……うわあああっ!」


 背後を振り返ったテロリストのリーダーは、スタンブレードの一太刀によって昏倒させられた。


「何が起こった……うがああぁぁっ!」


 闇を斬り裂く剣の(ひらめ)き。抵抗もできぬまま、次々に打ち倒されていくテロリストたち。


 氷の壁を通して生徒たちは全てを見ていた。悪しき者共を滅する勇者の活躍を――それは、純粋なる子どもたちが憧憬する「正義の味方」そのものであった。幻想のヒーローは真実の勇者として姿を現し、子どもたちを悪意から守り抜いたのである。





 人質処刑の時刻が迫る中、小学校の周囲では市民たちによる暴動が発生していた。


「今すぐ突入作戦を中止しろ!」

「政府は子どもたちを死なせるつもりか!」


 テロリストの策略により冷静な判断ができなくなった市民たちは暴徒と化し、もはや機動隊でも収拾がつかない状況である。

 いち早く小学校に駆けつけていた生徒の保護者たちは、絶望的な状況の中でも我が子の無事を祈り続けていた。……機動隊による突入作戦が実行できなくなった以上、残る希望はテロリストたちが諦めて人質を解放するか、それとも――


 そこへ突如として校舎から銃声が鳴り響く。引き金を引いたのがテロリストたちであることは明白だった。最悪の事態が発生したことを悟り、人々は一瞬にして凍りつく。


「ああっ、そんな……!」


 闇夜に包まれた小学校で、両親たちは小さな命を救えなかったことに絶望し、悲嘆の声を上げることしかできなかった。



 ――その時、奇跡が起こる。



 人々は自らの目を疑った。校舎の窓から透明な滑り台が伸びてきたのだ。それは魔法で作り出された氷のスロープである。

 スロープの上から次々と滑り降りてくる小さな人影――それが誰なのかは一目で理解できた。



「お父さん! お母さん!」



 暗闇を抜け出した子どもたちが一目散に駆けてくる。両親たちは涙を流しながら我が子を受け止めるのだった。





 その後、校内に突入した機動隊によって、テロリストたちは無抵抗のまま全員逮捕された。玄関の見張りも含め、全員が棒状のスタンガンのような武器で気絶させられたようだ。

 校舎の電気設備は全て故障。6年B組には多数の薬莢と水たまりだけが残されていた。校内では一体何が起きたのだろうか。


 救出された子どもたちは「魔王と勇者が助けてくれた」と興奮気味に語った。夢の世界から駆けつけた二人の英雄が、悪者たちをやっつけてくれたのだ。

 夢を失くした大人たちには、荒唐無稽(こうとうむけい)なおとぎ話に聞こえたかもしれない。しかし、その英雄譚が幻ではないことを――真実であることを人々はいずれ思い知るのである。





「ジオハルト。あなたは正義の味方なの?」


 小学校から少し離れた廃ビルの屋上。勇者と魔王は再び相対していた。


「私さ、分からないんだよ。あなたが何者なのか、何をしようとしているのか……」


 セリカは疑念を払拭できずにいた。ジオハルトは人類の支配者を名乗りながら、子どもたちを助けるためにテロリストと戦った。それは間違いなく「正義」の行為だ。

 ……邪悪なる存在であるはずの魔王が、なぜ善行を働くのか。彼女はジオハルトの本心を探ろうとしていた。


「本当はさ、人類を支配することになんて興味ないんでしょ? 悪人をやっつけて、みんなからヒーロー扱いしてもらいたいだけなんでしょう?」


 セリカは都合のいい答えを期待していた。ヤスオと戦わずに済む、都合のいい答えを。


「……セリカさん。残念ですが、それは違います。」


 しかし、ヤスオは彼女の望む回答を持ち合わせていなかった。彼女に嘘をつき続けることができなかった。漆黒の甲冑が剥がれ落ち、偽りの支配者が真の姿を見せる。


「僕は、正義の味方なんかじゃありません。本当の僕は魔族に心を支配され、人類を裏切った悪人なんです」


 ヤスオはセリカに全てを打ち明けた。


 本当はただの人間であることを。

 アンナに心を支配されてしまったことを。

 ジオハルトを名乗り、人類を支配しようとしていることを。


「……じゃあ、あなたは魔族の手先として現実世界を支配するつもりなの?」

「その通りです。勇者同盟が、人類を魔族の支配から解放するために戦っていることも知っています。僕はあなたの敵なんです」


 真実を知ったセリカは表情を曇らせた。人間であるとはいえ、魔族の手先となったヤスオは――ジオハルトは間違いなく勇者同盟にとっての敵である。彼女も同盟の一員である以上、ヤスオを見逃すわけにはいかないのだ。


「でも、これだけは知っておいてください。僕は人間を殺すつもりはありません。殺させるつもりもありません。あくまで人類を支配することだけが目的なんです」

「――分かったよ」


 セリカは一つの決断を下した。同盟の構成員としてではなく、勇者として自分が成すべきことを彼女は見定めていた。


「あなたが人間を殺さないなら、私はあなたを殺さない。約束を守ってくれるなら、これからも私はあなたの味方になる」

「ありがとうございます、セリカさん」


 二人は握手を交わした。だが、それは単なる友好の証ではない。セリカは手を通じてヤスオの心を試そうとしていた。


「だけど覚えておいて。もしあなたが悪の道に落ちて、人を傷つけるようなことがあれば、その時は――」

「僕を殺すのは、あなたの役目だ」


 たとえ盟友であろうと、二人は魔王と勇者――本質は敵同士であることに変わりはない。ヤスオが道を誤れば、セリカは迷いなく務め(・・)を果たそうとするだろう。


「でもさ、一つだけ納得できないことがあるんだよね」

「えっ? なんのことですか、セリカさん?」

「そのさ、なんでニートの魔王なんかを好きになっちゃったの?」

「それは……」


 幼なじみだから――なんて、単純な答えで言い表わせるものだろうか。アンナへの好意に偽りはないものの、ヤスオは言葉を詰まらせてしまった。


「どうせなら、私に乗り換えてくれればいいのに」

「いや、それはだめですよ。そんなことをしたら、僕は……」

「……冗談だよ。でも考えておいてよね。本当の君は悪人なんかじゃないんだから、ヤスオ君」


 セリカは信じたかった。立場は違えども、ヤスオが正しき心の持ち主だと信じたかった。

 だが、魔王と勇者が同じ道を歩むことは許されない。二人は再び敵となるのか。それとも新しい可能性を見出すことができるのか。その答えは、ヤスオが進む魔道の先に待っている。

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