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第2話 偽りの支配者

「アンナ、ご飯の時間だよ」

「んー、今のクエスト終わったら食いに行くから先に食べてろ」


 結局、彼女が部屋から出てきたのは2時間後のことであった。食事をかきこむと彼女はすぐに自室に戻ってしまった。


「アンナ、お風呂の時間だよ」

「今それどころじゃないんだよ。……あっ、あ、あ、あー!?」


 この後なぜか彼女は不機嫌になり、口を聞いてくれなくなった。いつまで経っても部屋から出てこないので、シエラさんが転移魔法を使ってアンナを湯船に突っ込んだ。


「アンナ、もう寝る時間だよ」

「エヒッ、エヒッ……エヒヒッ!」


 ニートになったアンナは一日中部屋に閉じこもり、ネトゲに没頭するようになった。部屋からは謎の奇声が聞こえるようになり、シエラさんも(さじ)を投げる始末である。





「アンナ様がニートになってしまったのはヤスオ様の責任です。あなたには罪を償っていただきますよ」


 銀髪のメイドが僕を糾弾する。理由は――言わずもがな。


 シエラさんは僕やアンナよりも年上の女性だ。家では見目麗しいメイドの姿をしているが、その本質は純粋な魔族である。セミロングの銀髪と紫色の瞳が、その異彩を際立たせていた。


 本来であればシエラさんは使用人や従者の身分に収まるような人物ではない。彼女は魔界でも有数の貴族の令嬢として生まれ、魔法の行使に関しては類稀なる才能の持ち主であった。

 しかし彼女の父親がガルド王との権力争いに敗れてしまい、一族が「処分」されるという憂き目にあった。下手をすれば命すら危うい立場であったが、親交があったアンナの嘆願で従者として身を立てることが許されたのだ。


 シエラさんにとってアンナは命の恩人であると同時に、一族の仇とも言える存在である。氷のような冷たい表情の裏には、アンナへの思慕とも憎しみともつかない複雑な感情を抱えているのだ。


「今のアンナ様は廃人も同然。とてもではありませんが、人類の支配者になどなれません。……私の言いたいことはお分かりですね?」

「……分かりました。僕を殺してください」


 何年にも渡って準備してきた人類支配計画をお釈迦にしてしまったのだ。もはや死罪は免れないだろう。

 だが、シエラさんから返ってきたのは意外な言葉だった。


「何を仰っているのですか? これからあなたには人類を支配する役目を担っていただきます」

「え?」

「アンナ様に代わって愚かな人間どもを支配するのです。……新たな支配者として」


 シエラさんは、僕をアンナの代わりにするつもりらしい。彼女もガルド王から現実世界侵略の命令を受けている以上、なんとしても計画を実行しなければいけない立場にある――が、いくらなんでも僕にその役目を押し付けるのは間違いだと思う。


「だめだよ。僕には人類を支配することなんてできない。人間が人間を支配しようとすれば必ず失敗する。……人類の歴史がそれを証明しているはずだよ」


 人類の支配を目論んだ野心家は枚挙にいとまがないが、成功例は一つとして存在しない。分不相応な野望を抱いた人間は、自らの所業にふさわしい悲惨な末路を迎えるのが常だ。まして僕のような弱い人間が、人を支配することなどできるはずもない。


「では、人間をやめて『魔王』になればよいのです」

「僕が魔王に?」

「そうです。人が人に支配されることを拒むのならば、人を超越した存在……魔王になればよいのです」


 魔性のメイドが甘い声で(ささや)いてくる。思わず誘惑に屈してしまいそうになるが、従ってはいけない。彼女は僕を人の道から外そうとしているのだ。


「魔族の目的は人類を支配することなんだよね? 人間である僕が人類を支配するのは、なんだかおかしな気がするんだけど」

「何の問題もありませんよ。あなたは既に魔族に……アンナ様に心を支配されている」


 全てを見透かしたような目を向けてくるシエラさん。アンナの傍で僕を監視し続けていた彼女に隠し事は通用しないのだろう。


「あなたは魔族を裏切れない。だからこそ人類の支配者に適任なのです」


 シエラさんは僕がアンナに惹かれていることを利用し、操り人形を作り出そうとしているようだ。早い話が「魔族の手先として人類を支配しろ」ということである。


「もし僕が断ったら……」

「現実世界への侵略は失敗したとみなされ、アンナ様は廃嫡されてしまうでしょう」

「そんな……」


 アンナの父親、ガルド王の目的は全ての世界を支配することだ。その目的が達成できないとなれば、実の娘にも容赦はしないだろう。


「ニートになった魔王に使い道はありませんからね。下手をすれば『処分』される可能性も……」


 アンナにはずっと僕の家にいてほしい。魔王でもニートでも構わない。せめて彼女が現実世界でネトゲを続けることさえできれば……。


「ガルド王は人類を支配さえできれば手段は問わないと仰っております。あなたを使って(・・・)人類を支配できればアンナ様の面目は保たれるでしょう」


 ……もはや覚悟を決めるしかあるまい。アンナが人類の支配に興味を失った以上、誰かがその業を背負わねばならないのだ。


「分かったよ。僕が人類の支配者になればいいんだね?」


 返事を耳にしたシエラさんがほくそ笑む。もう後戻りはできない。


「――でさ、僕が魔王になるのはいいとして、どうやって人類を屈服させればいいの? 僕は普通の人間だから怪力も魔法も使えないよ?」

「ご心配には及びません。全ての準備はできております。あなたは今日から人類の支配者となるのです」


 いつになく上機嫌なシエラさんが僕を焚きつけてくる。自分が支配者になるよりも傀儡(かいらい)を使って世界を支配する方が、彼女の性に合っているらしい。軽蔑の対象でしかない人類の面倒を見るつもりなど毛頭ないのだろう。


「侵略作戦用の装備を用意しております。それらを使って人間どもを屈服させてください」


 シエラさんが何もない空間から一本の剣を取り出した。黒色の刀身の周りをガラス状の刃が覆い、(つば)には虹色に輝く宝玉が埋め込まれている。禍々しさと美しさを兼ね備えた工芸品のような剣だった。


「これは『魔道剣(まどうけん)』です。この剣さえあれば、あなたにも魔法が使えるようになります」


 人間でも魔法が使える剣? 間違いなく強力な武器だが、その名称には深い意味があるのだろうか。


「魔道剣? 魔導(・・)じゃなくて?」

「魔道剣で合っています。魔道を歩む者のみが握ることを許される規格外武装です」


 シエラさんが魔道剣について説明してくれた。鍔の宝玉には炎、氷、雷、風の4属性に対応した精霊が封じ込められており、それぞれの力を解放することで属性魔法を自在に行使することができる。

 属性魔法は精霊の力を引き出すことによって発動できるため、使用者本人が魔力を消費する必要はない……言い換えれば、魔力を持たない人間でも魔法を使うことが可能になるのだ(無論、ヒトが魔法を扱えるのは副次的効果であり、シエラさんも僕がこの魔剣を手にすることは想定していなかった)。


「武器の次は防具が必要だね。いくら強い剣を持っていても、銃で撃たれたら死んじゃうよ」

「人間どもの武器など恐れる必要はありません。魔界のガルド王より、最強の鎧を預かっております」


 シエラさんが指を鳴らすと、リビングの床から巨大な格納庫が出現した。知らぬ間に犬山家は魔族の前線基地に改造されていたらしい。格納庫のロックが解除され、中から漆黒の鎧が姿を現す――


「ネメアダイトで作られた『獄王(ごくおう)の鎧』です。人類の武器では、この防具を破壊することはできません」


 ただならぬ風格を放つ鎧だ。兜と両肩の三箇所には犬の頭部の意匠が施されている。魔界でガルド王が討伐した魔獣をモチーフにしたものらしい。


「ただの頑丈なだけの鎧じゃなさそうだね」

「ええ、この鎧には『三つ首の呪い』がかけられています」

「三つ首の呪い?」

「身体が勝手に動いて敵の攻撃を防いでしまう呪いです。アンナ様は邪魔な機能と仰っていましたが、戦闘経験のないヤスオ様にとってはむしろ好都合でしょう」


 オートガードまで搭載されているのか。便利な機能ではあるが、確かにアンナの性分には合わないだろうな。


「装甲には物理耐性と魔法耐性が付与されています。加えて各部に重力制御装置(グラビティレイダー)を搭載。気密性も確保されているので宇宙空間でも活動可能です」

「まるで宇宙服だね。着るのに少し時間がかかりそうだ」

「その心配はありませんよ」


 シエラさんがリング状のアクセサリーを手渡してきた。鈍く光る黒鉄色のブレスレットだ。


「そのブレスレットには転送機能が搭載されております。離れた場所にいても、獄王の鎧を瞬時に装着することが可能です」

「へえ……なんだか変身ヒーローみたいだね」


 まあ、今から変身するのはヒーローじゃなくて、悪の魔王なんだけどね。早速ブレスレットを左腕に着用し、転送機能を発動させてみる。


「うわ! なんだこれ……」


 格納庫に収められていた鎧を構成するパーツが、次々に身体の周囲へと転送されていく。気がついた時には、僕の身体を獄王の鎧が包み込んでいた。兜が頭部を覆っているはずなのだが、視界は一切制限されていない。頭部と両肩のセンサーが周囲の情報を収集し、視野に投影する仕組みのようだ。


「不思議だな。見た目は重厚なのに、鎧の重さはほとんど感じない」

「グラビティレイダーの機能です。ベクトルを調整すれば飛行も可能です」


 鎧というよりも強化外骨格(パワードスーツ)と呼ぶべきか。一見するとクラシックな外観の甲冑であるが、その機能は現実世界の科学水準を遥かに凌駕している。


 シエラさんによると、魔道剣も獄王の鎧も本来はアンナが使うために用意された装備だという。魔界を支配したガルド王は装備品の開発に余念がなく、自分たちの子どもに試作品の数々を供与しているのだ(ガルド王は戦闘能力の高さもさることながら、装備開発の分野でも天才的な才能を持っている)。


「これだけの装備があれば人類に負けることはないだろうね」

「はい。後はあなたが支配者としての宣言を表明し、人類を従わせることさえできれば現実世界の侵略は完了です」


 支配者としての宣言、か。

 残念だが、言葉だけで従うほど人間は聞き分けのよい種族ではない。本気で人類を支配するつもりなら一工夫が必要だ。


「そういえばさ、まだ名前を決めてないよね?」

「名前?」

「新たな支配者の名前だよ。魔王ヤスオなんて名乗っても、誰も言うこと聞いてくれないでしょ」


 やはり名前は大事だ。人間たちが(おそ)れるに値する、支配者にふさわしい名前が必要なのだ。


「では、今日からあなたは『魔王ジオハルト』とお名乗りください」

「ジオハルト?」


 不思議と聞き覚えのある言葉だ。その名が表す意味は――


「魔界の言葉で『地上の支配者』という意味です」

「なるほどね……」


 ジオハルト――それは真の支配者を指す言葉ではない。あくまで仮初(かりそめ)の、偽りの支配者に与えられる肩書きに過ぎないのだ。……今の僕にとってこれ以上にふさわしい名前は存在しないだろう。


「よし。じゃあ早速だけど人間たちに、ジオハルトが人類の支配者になったことを宣言しようか」

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