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第17話 初めてのデート

 翌日、僕はセリカさんの住んでいるアパートに向かった。着慣れない外行きの服に、人気ブランドのショルダーバッグ。変に気合いを入れたせいで、シエラさんからは白い目を向けられてしまった。アンナに告げ口でもされなきゃいいのだが。


「おはよう、ヤスオ君!」

「お、おはようございます」


 アパートに到着すると、セリカさんがいつになく溌剌(はつらつ)とした表情を見せた。人類を支配するためとはいえ、彼女を騙していることに少なからず罪悪感を覚えてしまう。


(魔王失格だな)


 セリカさんはジオハルトを倒すと表明した。シエラさんが言う通り、生かしておけば計画の障害になりかねない相手だ。だが、僕は彼女を始末することができないでいる。



『死ねっ、魔王ジオハルト!!』



 彼女の叫びが――怒りの形相が脳裏に(よみがえ)る。


 セリカさんは正しいことをやっている。魔王を倒して、人類の自由を守ろうとしている。だから、僕は――


「ヤスオ君? どうしたの、さっきから難しい顔して」


 遊園地に向かう電車の中で、セリカさんがくりくりとした目を向けてくる。この可憐(かれん)な少女が、怒れる勇者の素顔だというのか。


「大したことじゃありませんよ。僕も初めて行く遊園地なので、どこを回ってみようか考えていたところなんです」


 僕は、手にしていた「さきもりランド」のパンフレットをセリカさんに見せた。眠そうな顔をした猫のキャラクターが表紙を飾っている。なんというか、全体的にやる気のないデザインだ。


 さきもりランドは王見市の程近くにある老舗の遊園地だ。「バブル」とかいう時代には結構賑わったらしいのだが、今となっては見る影もない。来園者は右肩下がりで減少し、待ち時間なしでアトラクションに乗れることだけが唯一の売りである。

 こんな過疎遊園地のチケットを料理教室の主婦がわざわざ買ってきたとは思えない。商店街の福引きか何かで流れてきた不用品をセリカさんに押し付けたのだろう。


「私の住んでた世界ってさ、国と国が争ってばかりだから、みんなで遊びに行ける場所なんて一つもなかったんだよね」


 セリカさんにとっては、さきもりランドは夢のような場所なのだという。彼女の故郷は戦乱によって荒廃し、まともな生活が送れるような状況ではないのだ。


(同情なんてするな)


 彼女の身の上話を知って、それでどうなる? 今の僕に必要なのは、哀れみでもなければ思いやりでもない。人の心を捨てなければ、魔王になることは叶わないのだ。

 ……自分の感情を表に出してはいけない。ジオハルトは冷酷無比な支配者なのだから。


「セリカさん。今日は楽しい思い出をたくさん作りましょう。きっと素敵な一日になりますよ」





 ガラガラの電車を降りると、寂れた様子のさきもりランドが目に入った。休日の遊園地らしからぬ閑散ぶりである。まあ、クラスメートに見つかるリスクを考慮すれば、最適なデートスポットなのかもしれない。


「私、あれに乗ってみたい。なんか凄いスピードで動いてるヤツ!」


 入園するやいなや、セリカさんは真っ先にジェットコースターを指差した。整備が行き届いていないのか、客車がガタガタときしみながらレールの上を走っている。

 正直、あまり好きなアトラクションではないのだが、セリカさんをがっかりさせるのも嫌なので、顔色を悟られないように客車に乗り込んだ。


「うわっ、すっご……揺れる揺れる!」

「うへぇ……」


 地震でも起きたのかと思わんばかりの揺れが身体中に伝わってくる。登りだけでもこれなのに、急勾配を降下したら……。


「……あ、あ、アアアアッ!!」


 客車が急降下した瞬間、6Gを超える重力が全身に襲いかかった。強烈な振動によって脳と内臓が揺さぶられ、平衡感覚が完全に麻痺してしまう。


「アハハッ! 速い速い!」

「し、死ぬうっ!」


 客車は幾度となく宙返りを繰り返しながら疾走し、2分ほどでスタート地点へと戻ってきた。……あと1分長かったら本当に死んでたかも。


「これ楽しいね! 現実世界の人たちってこんなものが作れるんだ」

「ん、あ……はい……」


 はしゃぎ回るセリカさんの後ろをフラフラとついていく。嘔吐せずに済んだのはせめてもの救いである。重力加速度をコントロールできるグラビティレイダーがあれば、こんなことにはならないのだが。





「ヤスオ君、あの人たちどこに向かってるんだろ?」


 正午に近づいた頃、数組の親子連れが野外ステージに向かって歩いていた。子どもたちは、派手な塗装が施されたソフビ人形を手にしている。


「……ああ、向こうでヒーローショーをやるんですよ」

「ヒーローショー?」


 僕は園内のインフォメーションボードを指した。野外ステージで、特撮番組「アビスブレイバー」のヒーローショーが開催されるらしい。過疎遊園地に残された最後の希望と言ったところか。


「すごいね、本物のヒーローが出てくるの? 私も観てみたい!」


 セリカさんはテレビ番組のことなんて知らないし、大衆演劇か何かと勘違いしているのだろう。子どもだましの芝居を観せられて落胆しなければよいのだが。


 人もまばらな野外ステージのベンチで、僕とセリカさんはサンドイッチを食べながら開演を待った。さきもりランドは飲食物の持ち込みが許可されているので、高い金を払わずに済むのは結構ありがたい。

 しばらくすると周囲のスピーカーからアビスブレイバーの主題歌が流れ始めた。早速ヒーローの登場かと思いきや、黒タイツの戦闘員を引き連れた怪人が出現し、ステージを占拠してしまった。


「愚かな人間どもよ、この会場は我らレボルノーツが占拠した! お前たちは新たな帝国を築くための奴隷となるのだ!」


 人類支配を企む悪の組織「レボルノーツ」が観客席を襲撃した。予想外の事態に子どもたちは泣き叫び、会場はパニックに包まれてしまう――そこへ一人の青年が駆けつける。


「現れたな、正見(まさみ)カイト!」

「レボルノーツ、お前たちの好きにはさせない! アビスフュージョン!」


 カイトはブレスレットに秘められた暗黒の力でアビスブレイバーに変身する。ブレスレットはカイトに大きな力を与えるが、使い続けると心を悪意に支配されてしまうのだ。……子ども向け番組なのに、その設定は重たくないか?


「邪悪な怪人どもめ! 俺はお前たちの存在を認めない。この世から消し去ってやる!」

「ハハハハッ! アビスブレイバー、お前は何も分かっていない。我々を生み出した人間こそが悪の根源なのだ!」


 このノリで1年間放送するつもりかよ。途中で変なテコ入れされないか心配になってくる。


「たとえ心を失おうとも、俺はお前たちを倒す! ダークネスクラッシュ!」

「グアアアアッ!!」


 激しい格闘戦の末、アビスブレイバーは必殺のドロップキックで怪人を撃破した。販促用の玩具を使わない辺りに妙なこだわりを感じる。


「みんな、安心してくれ。この世界は俺たち人類の物だ。どんな侵略者が現れても必ず守り抜いてみせる!」


 ヒーローショーは無事に終演し、恒例の握手会が始まった。我先にとステージを駆け上がる子どもたち。その様子をセリカさんは無言のまま見つめ続けていた。





「カッコよかったね! 私もあの必殺技使えないかな? ダークネスクラッシュ!」


 ヒーローショーを観終わった後、観覧車の中でセリカさんがようやく感想を口にした。先ほどまで真顔を崩さなかったので心配していたのだが、ヒーローショーそのものは気に入ってくれたらしい。次の休みにでも、特撮のビデオディスクを貸してあげようかな。


「見て見て、街があんなに小さく見えるよ。私の住んでるアパートってあの辺かな?」


 無邪気に街を見下ろすセリカさんの横顔が、とても眩しく見える。もっと違う形で出会っていれば、本当の意味でデートを楽しむこともできたのかもしれない。



「――でもさ、信じられないよね。この世界が魔王に侵略されてるだなんて」



 突然、彼女の声色が変わった。窓から見えていた青空は、いつの間にか灰色の雲に覆われている。


 自分を殺しに来た女の子と二人きりのデート。宙づりにされたゴンドラに逃げ場はない。……観覧車に乗ったのは失敗だったな。


「勇者になれば、困ってる人や苦しんでる人たちを救えると思ってた。……でも違うんだよね。私みたいな弱い人間じゃ誰も救えない。誰も守ることなんてできない」


 セリカさんの顔に影が差す。うつろになった目を足元に向け、か細い声を絞り出している。


 一瞬、死地に誘い込まれたのかと思ったが、今の彼女に覇気は感じられなかった。あまりにも弱々しい有様に、見ているこちらまで胸が締め付けられる。

 ジオハルトに戦いを挑んだ勇者が、こんなにも儚げな姿を見せるのか。あの日の出会いは、全てが幻だったというのか。


「私、勇者なんか向いてなかったんだよ。自分の器の小ささに早く気づくべきだったんだ……」


 ゴンドラに少女のすすり泣く声が響いた。


 やめろ。

 そんな顔をするな。

 そんな声を出すな。


 本当の君は弱い人間なんかじゃない。 


「セリカさん、あなたにとって『勇者』とは何ですか?」

「え……」


 セリカさんが顔を上げる。僕は演技するのも忘れて彼女に語りかけていた。


「勇者とは、困難に立ち向かう人間のことです。大切なのは力じゃありません。困難に立ち向かう勇気こそが、勇者の証なんです」

「困難に立ち向かう……勇気」

「伝説の勇者は苦境に立たされても諦めたりはしません。あなたには難局を乗り越えるだけの勇気がある。だから――」

「……不思議なことを言うんだね」


 どこか冷たい声でセリカさんが呟いた。その声に僕は思わず身震いする。


「えっ?」

「ごめん、なんでもないよ。ありがとう、私なんかを慰めてくれて。ヤスオ君は優しい人なんだね」


 違う。


「僕の方こそ、変なことを言ってごめんなさい。ただ、セリカさんに悲しい顔をしてほしくなかったんです。デートで女の子を泣かせるのは、よくないことですからね」

「ふふっ、何それ? 訳わかんないよ」


 ……これ以上、彼女を現実世界に置いておくべきではない。シエラさんに相談して、早く帰還してもらう方法を探そう。





「ヤスオ君、今日は付き合ってくれてありがとう」


 遊園地をひとしきり回った頃には、日が沈みかけていた。閉園を知らせるアナウンスが遠くから聞こえてくる。僕とセリカさんは夕日を背にしながら帰路についた。


「僕の方こそ。こんなに遊園地を楽しめたのは初めてですよ。セリカさんがデートに誘ってくれたおかげですね」

「あれ? 他に好きな女の子がいるんじゃなかったの?」

「ちょっ、意地悪しないでくださいよ……」


 ……ただ遊んで帰るだけだったな。シエラさんはそこら中の監視カメラをジャックしているから、デートの様子も全て覗かれているのだろう。上手い言い訳を考えておかないと面倒なことになりそうだ。


「そういえばさ、ヤスオ君。一つだけ聞いておきたいことがあるんだけど」

「なんですか? セリカさん」


 不意に声をかけられた僕は背後を振り返る――彼女と目が合った瞬間、僕たちのデートは終わりを告げた。



「――ヤスオ君ってさ、ジオハルトだよね?」


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