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第13話 不可侵領域

 マッピングで作り出した地図を頼りに、テトラは日が落ちた雑木林の中へと入った。セリカは、先行するテトラの足音を追って暗闇の中を進む。しばらくするとテントの前で焚き火を起こしているバルダーの姿が見えた。


「戻ってきたか。ジオハルトの情報は手に入れられたんだろうな?」

「それなりにはね。アンタこそ食料は確保できたの?」


 テトラの問いかけに、バルダーは気まずそうな表情で目をそらした。キャンプの設営は終わっていたが、食事の準備はちっともできていない。


「……失敗したな?」

「仕方ねえだろ。ここじゃイノシシはおろか、野ウサギすら見つからねえんだ。川は濁ってて、食えそうな魚は泳いでねえし……」


 狩りに関してはバルダーも腕に覚えはあった。剣を握れば太ったイノシシを仕留めることができるし、弓を引けば野鳥を射落とすことも朝飯前だ。故郷の世界であれば、狩猟だけで生計を立てることもできただろう。

 だが、開発が進む王見市の郊外では満足な狩猟などできるはずもない。獲物が見つからなければ、自慢の狩りの腕を披露することも叶わないのだ。


「ったく使えない男だなぁ」

「うるせえよ。文句があるなら、お前が獲物を見つけてこい」

「二人ともケンカしないで。今日のところは、同盟から支給されてる保存食で済ませようよ」


 空腹が続くとイライラして任務にも支障をきたす。缶詰で支給される乾パンはパサついてまずいが、贅沢は言っていられない。二人の口喧嘩をなだめつつ、セリカはテントへ入ろうとした。


「――!」


 セリカは反射的に後方へ飛び退いていた。何の前触れも無くテントに雷が落ちてきたのだ。瞬く間にテントは炎に包まれてしまう。


「なっ……こんな場所に雷だと!?」


 バルダーはたじろいだ。テントの周りは長身の木々で囲まれている。雷が樹木を無視して、直接テントに落ちてくることなどあり得ない。


「サンダーボルトだ……」


 テトラは震えながら落雷の正体を口にした。攻撃目標を指定して雷を発生させる規格外の魔法――それを行使できる存在をテトラは一人しか知らない。雷をも従える畏怖の支配者は、すぐ傍にまで近づいていた。



「こんばんは。魔王ジオハルトです。勇者同盟のみなさん、私有地でのキャンプは違法行為です。即刻この場より退去してください」



「魔王ジオハルト……!」


 セリカたちの前に姿を現したのは、他ならぬジオハルトであった。魔王は帯電した魔道剣を勇者たちに向けながら、一歩ずつ距離を詰めてくる。甲冑の隙間から覗かせる眼光は、いつになく鋭さを増していた。


「聞こえなかったのですか? ここは私有地です。あなた方がキャンプをしていい場所ではありません。今すぐこの場から消えてください」

「えっ……」


 セリカは、燃え盛るテントの傍らに落書きだらけの看板が立てられていることに気づいた。目を凝らすと「私有地につきキャンプ禁止」の文字が見える。ジオハルトは、勇者たちを私有地から追い出すために出動してきたのだ。


「この場から消えろだと? 侵略者の分際で何を抜かしてやがる!」


 バルダーは既に大剣を構えていた。待ち望んでいた獲物が遂に現れたのだ。魔王との遭遇は、無鉄砲な戦士にとっては願ってもないチャンスであった。


「お望み通りこの場からは消えてやるよ。……テメエの首をいただいた後でな!」


 大剣を振りかぶり、バルダーは地を蹴った。超重量の刀身から繰り出される兜割りは、魔獣をも屠る威力を備えている。魔王とて、この一撃には耐えられるはずもない――


「魔道剣ライトニング」


 兜割りが命中するよりも先に、魔道剣から放たれた雷撃がバルダーを襲っていた。攻撃されたことを認識する間もなく、電流が全身を駆け巡る。


「ぐあああ!」


 稲妻に打たれたバルダーがジオハルトの足元に倒れ込んだ。黒焦げになった蛮勇の戦士は、ネジが切れたようにピクリとも動かなくなっていた。


「なんだ……この前戦った勇者よりも弱いな」


 ジオハルトは、動かなくなったバルダーを掴み上げると私有地の外に向けて放り投げた。意識を失ったバルダーは、雑木林の斜面を転がりながら闇の中へと消えていった。


「あ……ああ、もうダメだ。こんなの聞いてないよ」


 絶望的な状況にテトラはへたり込んでしまった。魔王の手下が出てきたぐらいなら、張り合うこともできただろう。しかし魔王本人を相手にして立ち向かうほどの勇気も、覚悟も持ち合わせてはいなかった。


「次はお前の番だ」

「ひっ……」


 魔道剣の剣先をテトラに向けるジオハルト。すくみ上がった魔導士に対抗手段は残されていない。自分もバルダーと同じ道をたどるしかないのか――


「テトラ、早く逃げて!」


 テトラを庇うように、セリカは魔王の前に立ち塞がった。キャンプに残されていた大盾を手にジオハルトを威圧する。


「セリカ!? 逃げろって、今さらどこへ……」

「独立型の転移魔法使えたよね? 魔法陣を敷設するタイプのヤツ」

「え……た、確かに魔法陣を敷設できれば発動できるけど」


 テトラは魔導書を取り出して魔法陣の敷設方法を確認する。現状では唯一の脱出方法だった。


「私が時間を稼ぐ。その間にバルダーを回収してセンチネルに帰還してちょうだい」

「あ、アンタはどうすんのよ!? 魔導士の私が帰還したら、アンタは……」

「後のことは気にしなくていい。今は生還することだけを考えて!」


 セリカは決して後ろを振り向かない。たった一人で魔王と対峙することになろうとも、引き下がるつもりはないのだ。不退転の決意を受け取ったテトラは、自らの使命を果たすべく立ち上がった。


「分かったよ……必ず迎えに行くから!」


 テトラはバルダーの後を追って、雑木林の斜面を滑り降りていく――魔王が追撃を加える気配はない。ただ眼前の勇者をじっと見つめたまま静止している。


「仲間のために犠牲になるつもりか。勇敢だな」


 勇ましき少女の姿に、ジオハルトは感嘆の声を漏らした。だが既に魔道剣の剣先はセリカに向けられている。侵入者をそのまま帰すつもりはないらしい。


「犠牲になるつもりなんてないよ。私は魔王を倒すために勇者になったんだ。……ジオハルト、お前には絶対負けない!」

「そうか。ではその信念に応え、全力でお相手しよう。――魔道剣サラマンダー」


 炎属性にシフトした魔道剣の刀身が、火竜へと姿を変える。魔力によって形成された火竜は、セリカ目掛けて炎の吐息(ブレス)を浴びせた。猛烈な勢いの炎が、雑木林の木々を消し炭へと変えていく。


「そんなもので!」


 全てを焼き尽くす炎に巻き込まれてなお、セリカは引き下がろうとしない――それどころか大盾で正面からの炎を受け止め、ジオハルトへ向けて突進していた。身を焦がす熱波すら意に介さず、勇者はシールドチャージを魔王へ向けて叩き込んだ。


「……炎を前にしても臆さないか。勇者を名乗るだけのことはある」


 予想外の反撃を受けたジオハルトは、大きくのけぞった。ネメアダイト製の甲冑は、鉄の盾で殴られた程度では傷一つ付かない。それでも魔王の心には大きく響く一撃であった。


「言ったでしょ。私はお前を倒すと決めたんだ。現実世界は必ず守ってみせる!」

「大した闘志の持ち主だ。ならばこの攻撃は受け止められるか?」


 ジオハルトは再び魔道剣の属性をシフトさせた――瞬く間に周囲の空気が凍りついていく。燃え広がっていた炎が一瞬にして鎮火する。絶対零度の魔剣は全ての時間を止めてしまう。


「魔道剣ブリザード」


 氷の魔道剣が猛吹雪を発生させる。セリカは咄嗟に防御の体勢をとるが、猛火を凌いだ大盾も急激な温度変化には耐えることができなかった。


「しまった……熱疲労で盾が脆くなってる!」

「――魔道剣ボルトエッジ」


 耐久力が低下した大盾を狙い、ジオハルトは雷刃による斬撃を加える。ブリザードの発動と同時に魔剣の属性を切り替えてきたのだ。セリカを守っていた大盾は、たったの一太刀で砕け散ってしまった。


「うわあっ!」


 盾を破壊された衝撃でセリカは転倒してしまった。炎と氷の魔法の余波で、雑木林は草一つ生えない造成地と化してしまっている。もはや逃げることも隠れることもできない状況だった。


「――盾を壊したくらいで勝った気になるなよ!」


 セリカは闘志を失くしてはいなかった。残された最後の武器であるショートソードで魔王へと斬りかかる。雷刃と斬り結ぶ度に両手に電流が走るが、その程度の痛みに屈する勇者ではない。


「……強いな」


 獄王の鎧を(まと)うジオハルトにとって、短剣一本で挑みかかるセリカはさしたる脅威ではなかった。だが、いくら打ちのめしても勇者は立ち上がり、魔王を仕留めんと剣を向けてくる。

 単純な戦闘能力だけでいえば、Aランクの勇者には遠く及ばないのだろう。しかしセリカは決して(くじ)けない強き心の持ち主だった。巨悪に立ち向かう勇気こそが彼女の最大の武器なのだ。


 激しい剣戟の応酬が繰り返されるが、セリカの気迫の前にジオハルトは徐々に後ずさりを始めていた。装備の強さだけで勝敗は決しない。限界を超えた勇者の力は魔王の予想を遥かに上回っていたのだ。


「私はお前の存在を許さない! 死ねっ、魔王ジオハルト!!」


 セリカの渾身の一撃が、遂に魔道剣を弾き飛ばした。武器を失い、無防備になるジオハルト。セリカは両手に力を込め、ショートソードをジオハルトに突き立てる――


「……か、身体が動かない!?」


 剣先はジオハルトに届いていなかった。背筋に冷たいものが走る。セリカは身動き一つ取ることができない。恐怖で身体がすくんでしまったのか?


「まさか……」


 かろうじて動いたのは首だけだった。振り返ると、背後で魔道剣が辺り一面を凍結させていた。ジオハルトは魔道剣を手放す瞬間に属性をシフトさせていたのだ。氷の刃と化した魔剣は地面に突き刺さり、セリカの足元を永久凍土へと変えてしまった。


「ぐうっ……!」


 踏み込もうにも足に力が入らなかった。万物を凍てつかせる魔剣によって、セリカの身体も氷漬けになっていたのだ。どう足掻(あが)いてもジオハルトに近づくことは叶わない。

 一方で眼前のジオハルトは何事もなかったかのように宙に浮いている。グラビティレイダーによって重力を操る魔王は、凍土の影響を受けずに行動することができるのだ。


「……なぜトドメを刺さない?」


 自身を見下ろすジオハルトにセリカは鋭い眼差しを向ける。命が惜しいなら最初から勇者になろうとは思わない。魔王との戦いで命を落とすなら本望だ。


「セリカさん……でしたか。敵とはいえ、あなたのような勇敢な人間を死なせてしまうのは口惜しい。私有地でのキャンプは不問にしますので、どうか異世界へ帰っていただけませんか?」


 ジオハルトが魔道剣を地面から引き抜いた瞬間、セリカを拘束していた氷塊が砕け散った。――情けをかけてきた敵を討つべきか? セリカの心に迷いが生じ始める。


「どうされたのです? まだ現実世界でやり残したことでもありましたか?」


 打って変わって軽妙な口調で勇者を送り出そうとするジオハルト。セリカとしても帰りたいのは山々なのだが……。


「帰れないんだよ」

「え?」

「私、魔法が使えないんだよ。帰還用のポータルはテントごと燃えちゃったし、自力じゃ帰還できないの」


 本来であれば偵察が終わり次第、使い捨ての転移ポータルを使ってセンチネルに帰還する計画だった。ジオハルトは勇者たちの帰還手段までは把握していなかったのだ。


「……仕方がありませんな。あなたには魔王軍の捕虜になってもらいますよ」

「捕虜って……!」


 セリカの全身に悪寒が走る。魔王に捕えられ、生きて帰ってきた勇者は一人としていない。捕虜になった自分は、いかなるおぞましい仕打ちを受けるのか。

 ……ひょっとしたら、この場で死んだ方がいいのかもしれない。だからといって自刃する気力も湧いてこない。いたたまれない気持ちのまま、セリカは魔王の軍門に下るのであった。

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