第11話 偵察部隊
デバインたちの敗北は同盟に大きな衝撃を与えた。必勝を信じて送り出した勇者たちが、魔王の首ではなくお土産のパンを持ち帰ってきたのである。
魔王との戦いで戦死するならまだしも、保護対象である市民に石を投げつけられた挙げ句、撤退を余儀なくされるなど前代未聞の事態であった。
「結構うまいな、これ」
「うん……」
ギリアムとノエルは使命も忘れたのか、虚ろな表情で丸パンをかじっていた。
こんなことになるなら焼き立てを食べておけばよかったな――二人の脳裏には、陽気にパンを振る舞うジオハルトの姿が浮かんでいた。
「今のままではジオハルトの討伐は不可能だ。どんな手品を使ったかは知らないが、奴は市民たちを味方につけている。ここは基本に立ち返り、情報収集に徹するべきだ」
帰還したデバインは、女神に対し偵察任務を提案した。
魔王攻略において最も重要なのは敵の情報を得ることである。いかに強力な魔王であろうと攻略法さえ見つければ討伐は不可能ではない。……偵察任務の提案が見苦しい言い訳でしかないことをデバインは誰よりも理解していた。
緊急クエストだったとはいえ、魔王討伐に失敗したことをデバインは深く恥じ入り、一時的に前線から退くことを決意した。辛酸を嘗めさせられたギリアムとノエルも精神に不調をきたし、クエストへの参加を自粛せざるを得なくなった。現実世界での緒戦は、同盟の敗北に終わったのである。
クエストに参加できなくなったデバインたちに代わり、現実世界への偵察部隊はBランクの勇者から選抜されることになった。勇者同盟には多数の勇者が在籍しているが、その功績や実力に基づいてランク分けがなされている。任務の危険性や重要性に応じて、適切なメンバーがパーティーとして派遣されるのだ。
当初は偵察用ドローンを用いた情報収集が行われていたが、人口集中地区を飛行していたドローンが現地の警察に拿捕される事案が発生(ドローンはやむを得ず爆破処理された)。今後の情報収集のためには、調査員を直接派遣する必要があると判断された。この手の任務はBランク勇者にあてがわれるのが通例である。
Bランク勇者の多くは、同盟が設立した勇者訓練学校の卒業生である。デバインのような生粋の勇者は数が限られるため、同盟は異世界から勇者候補生を集め、戦力確保を図っていた。
「現実世界への偵察任務か……」
偵察部隊に選抜された一人、勇者セリカは物思いにふけっていた。薄暗いセンチネルの待機室の中央には、潜入先である現実世界の地球儀が投影されている。かつて自分の住んでいる世界が平面だと信じていた彼女には、馴染みのない代物だった。
セリカは、異世界に数多く存在する小国の住人に過ぎない。しかし隣国の侵略によって彼女の国は滅ぼされ、両親も命を落としてしまった。茫然自失となった彼女は、その境遇を哀れんだ同盟の勇者たちに拾われ、勇者候補生として訓練学校に入学することになったのだ。
彼女には天賦の才も神の加護もない。ただ世界を平和にするため、自分が味わった苦しみから人々を救うため、勇者の道を歩むことを決意したのだ。血のにじむようなトレーニングに耐えたセリカは訓練学校を卒業し、Bランク勇者としての資格を与えられるに至った。
「現実世界は、魔王も魔獣も存在しない平和な世界だったんだよね?」
「今まではね。でもジオハルトとかいう魔王が突然現れて、人類支配宣言を出したんだよ」
魔導士テトラは気さくに答えた。彼女は優秀な魔導士を輩出する家系の生まれだが、セリカに対しても分け隔てなく接していた。もっとも、テトラ自身が魔法の術式を暗記できない落ちこぼれであることが理由の一つなのだが。
「平和だった世界を力ずくで支配しようとするなんて……早くみんなを助けに行かないと!」
「こらこら、今回は偵察が目的だっての。そもそもAランクのデバインたちが勝てなかった魔王に、Bランクの私たちが敵うわけないでしょ」
「それは、そうだけど……」
セリカは己の未熟さを悔いていた。訓練学校のトレーニングで武器の扱いは覚えたものの、魔法だけはどうしても習得できなかった(生来の魔法適性がない人間に魔法を習得することは不可能である)。努力だけで解決できない問題があることを彼女は身を持って痛感させられていたのだ。
「……気に入らないな。俺が討伐クエストに参加していれば、ジオハルトの首を取って帰れたものを」
戦士バルダーは偵察任務への不満を漏らした。彼も今回の偵察任務へ参加するBランク勇者の一人である。
同盟における任務……クエストへ参加するかどうかは勇者たちの判断に委ねられている。ただし、難易度の高いクエストを受注できるのはAランクの勇者だけなのだ。
Bランクの勇者がAランクに昇格するには、相応の功績が必要となる。功績を稼ぐためとはいえ、バルダーにとって偵察任務への参加は本意ではなかった。
「デバインの野郎は市民に石を投げられて戦意を喪失したらしいじゃねえか。笑い話もいいところだな。俺なら正気を失くした連中もろともジオハルトを斬り伏せてやったぜ」
得物の大剣を軽々と掲げつつ、バルダーはしたり顔で語った。Bランクのレッテルを貼られたことに不満を抱いていた彼は、Aランク勇者の筆頭であるデバインに強い対抗心を持っているのだ。
「……アンタさ、前から思ってたんだけど同盟の仕事を傭兵業か何かと勘違いしてない? 保護対象の市民を救えなきゃ意味ないでしょうが」
テトラはバルダーを訝しんでいた。単純な戦闘能力だけでいえば、バルダーはかなりの実力者だ。巨大な魔獣を前にしても怖気づくことのない蛮勇の持ち主でもある。しかし、反骨心の強さが原因で同盟内でも度々トラブルを起こしていた。同盟からの命令無視や同僚相手の暴力沙汰などは日常茶飯事である。
「最終的な目標が魔王討伐であることに代わりはないだろ。多少の犠牲は必要悪だ。魔王さえいなくなれば現実世界も平和になるだろうよ」
「だめだよ。そんなやり方じゃ」
セリカはバルダーの持論を決然と否定した。人々を救うために勇者となった彼女にとって、犠牲の上に成り立つ平和など受け入れられるはずもない。
「人々を救えないんじゃ魔王を倒しても意味がないよ。私たちは魔王のせいで苦しんでいる人たちを助けるために勇者になったんでしょ?」
「じゃあなんだ。お前は一人の犠牲も出さずに魔王を討伐できるとでもいうのか? ガキの絵空事が通用するほど世の中は甘くないんだよ」
「それは――」
「二人ともそこまでにしろ」
口論に割って入ったのは、白き鎧を纏った勇者である。見かけは若い男だが、Bランクの勇者たちにはない貫禄を身に着けていた。
「クレイド教官……」
先ほどまで威張り散らしていたバルダーが改まった態度を取る。彼の前に立っているのは、訓練学校で候補生たちの教官を務める勇者「クレイド」であった。
「バルダー、今回のクエストに参加するメンバーで一番場数を踏んでいるのはお前だ。功を焦らず、後輩たちの面倒をしっかりと見てやれ」
「……分かりました」
バルダーが問題を起こす度、尻ぬぐいをしていたのは他ならぬクレイドである。恩師を前にしては、ならず者のバルダーも頭が上がらないのだ。
「テトラ、お前はどんな魔法でも使える優秀な魔導士だ。自信を持ってクエストに臨めばいい。力を発揮できれば、結果は後からついてくる」
「は、はいっ!」
緊張しきった表情でテトラは直立不動の姿勢をとった。クレイドとしては背中を押したつもりなのだが、テトラにとっては結構なプレッシャーだったようだ。
「セリカ、偵察任務の目的はジオハルトの情報を持ち帰ることだ。敵と遭遇しても無茶はするな。必ず生きて帰ってこい」
「はい。このクエストは絶対に成功させます」
新人勇者であるセリカも任務の重要性は理解できていた。Aランク勇者で構成されたデバインのパーティーが討伐に失敗しているのだ。ジオハルトについての情報を収集することは、最優先の課題であった。
「今回の偵察で得られた情報をもとに、新たな討伐クエストが要請されることになるだろう。その時は、お前たちにも任務に加わってもらいたい」
「Bランクの私たちが……?」
「大切なのはランクじゃない。実際に目と耳で得られた情報に勝る武器はないんだ。お前たち自身が魔王討伐の切り札になると俺は踏んでいる」
クレイドが重要視しているのは、個人の戦闘能力の高さではない。敵を知ることこそが勝利の鍵なのだ。情報を軽視し、力押しに頼ったデバインたちの敗北は、必然の結果だったといえよう。
「まずは現実世界の『ニホン』に転移しろ。向こうの世界でも比較的治安が安定している場所だ。厄介事に巻き込まれる可能性も低いだろう」
偵察ドローンを用いた先行調査の結果、ジオハルトは、紛争やテロが多発する地域を中心に活動していることが明らかになっている。魔王の真意は不明だが、遭遇戦を避けるためにも、治安が安定している地域を潜入先に選ぶ必要があった。
「治安が安定してるってことは、そこに魔王軍はいないんでしょう? 十分な情報が得られるとも思えませんが……」
クレイドの提案にバルダーは眉をひそめる。正直に言えば、魔王軍と遭遇戦になった方が自分の実力をアピールできるし、あわよくば敵兵を捕虜にして情報を得ることもできる。敵のいない場所に転移してコソコソ行動するのは、彼の性分に合っていなかった。
「魔王軍の陣営にまで乗り込む必要はない。戦闘は可能な限り避けろ。市街地でジオハルトに関する情報を集めるだけで十分だ」
「え~と、その、デバインたちは市民に石を投げられたんですよね? ニホンの住民がいきなり攻撃してくる可能性もあるんじゃ……」
落ち着かない様子のテトラが不安を口にする。デバインたちの敗因は、市民たちを敵に回したことに他ならない。同盟の構成員であるテトラたちが敵視されないという保証はなかった。
「少なくともニホンの治安維持組織は、ジオハルトを危険な存在として警戒するように市民に呼びかけているようだ。彼らが魔王に服従しているとは考えにくいな」
警視庁は既にジオハルトを危険人物として指名手配しており、見かけても近づかないように市民たちへの注意喚起を行っていた。魔王は必ずしも市民たちの味方ではないのだ。
「あー、それなら平気ですね。市民たちが魔王を敵視しているなら、私たちの味方になってくれますよ」
「だが、万が一のことを考えて、お前たちは身分を隠して潜入しろ。海外からの渡航者を装えば怪しまれる心配はないし、調査も進めやすい」
クレイドは地球儀を使ってニホン……日本のあらましを説明した。現実世界においては小さな島国であるが、海外からの観光客が多く、現地の住民も親切に接してくれるらしい。
「海外からの人の出入りが多いということは……」
「そうだ。それだけ多くの情報が集まる地域だといえる。現実世界の情勢を把握するには、うってつけの場所だ。うまくいけば、魔王軍の戦力や支配計画に関する情報も得られるだろう」
最適な潜入地点を選定したクレイドの洞察力にセリカは舌を巻いた。クレイドは叩き上げの教官であり、実戦経験に裏打ちされた指導は、多くの勇者たちの助けになっているのだ。
「本当は俺も偵察任務に同行したかったんだが、デバインたちがやる気をなくしたせいで、前線に穴が空いてしまってな。……あいにく現実世界のクエストに同行することはできない」
クレイドには、とある異世界での防衛任務が与えられていた。本来であればAランク勇者が対応すべき案件なのだが、デバインたちが戦意を喪失してしまい、教官のクレイドが駆り出される羽目になってしまったのだ。
「心配しないでくださいよ。教官が帰って来るまでに偵察任務は終わらせてみせます。次の討伐任務で一緒にジオハルトの首を取りましょう」
バルダーは自信ありげに胸を叩いた。一匹狼の荒くれ者も、クレイドにだけは信頼を置いていた。不服だった偵察任務も、魔王討伐の布石ならば納得はできる。
「その意気だ。俺も異世界でのクエストを完了させ次第、現実世界に出向くつもりだ。厳しい任務になると思うが、どうか魔王の情報を手に入れてきてほしい」
クレイドの後押しを受けたBランク勇者たちは、現実世界へと出発した。
現地で魔王の情報を集めて、センチネルに帰還する――討伐クエストに比べれば、確かに簡単な任務だったかもしれない。日本の治安が安定しているという情報も間違ってはいなかった。
ただ一つ、彼らにとって不幸だったのは、日本こそがジオハルトの本拠地であることを教えてもらえなかったことだ。新米勇者たちに待ち受ける悲劇をクレイドが知る由もなかった。




