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三日天下の聖女です!

 異世界に聖女として召喚された。なんて日だ!


 明け方まで『小説家になろうよ!』を読んでたせいで寝不足でぽやぽやの頭を必死に起こして学校に向かっていた所だったのに!



 気がつけば、薄暗いだだっ広い部屋の真ん中に書かれた魔法陣の上にへたり込んでいた。

「聖女様、お名前を教えていただけますか?」

 目の前には、(ひざまず)いたお約束のイケメンの王子様。後ろにはいかにも偉い神官ぽい服のおじいさんと、多分王様と王妃様。少し離れてヒラの神官と貴族っぽい人たちが見守っている。


「その前に、この状況を説明してください」

 『なろうよ!』を読んでる私は、簡単に名前を教えたりしないぞ。隷属魔法とかあったら怖い!


 王子様はちょっと面食らったようだが、「それもそうですね」と部屋の外へと案内してくれた。殺風景な廊下が広がるが、ここは王宮の一角らしい。

 少し離れた広くて明るい部屋に通され、豪華なソファに座り、私は王子様、王様、王妃様、偉い神官様と向き合う。

 出されたお茶を飲むと、美味しい。良かった、ここでの食生活は問題無さそう。


 そこで王子様から説明されたのは、この国では人は死んでも思念が残り、長い年月でそれが溜まると(よど)んで国に害悪を与えるのだとか。『なろうよ!』で言う「瘴気」だね。

 思念と同じ血同じ肉体を引き継いでいる者には浄化する事が出来ず、三百年前に国の滅亡を前に神官たちは必死に他の世界から浄化できる人を召喚する方法を探し出したのだそうだ。

 それから、百年に一度聖女を召喚して浄化をしてもらっているらしい。


「明日、祭壇が完成しますので、明後日神事を行います」

「それで、浄化したら私はどうなるんです?」

 それが一番大事だ。

「元の世界に戻るのも、こちらに住むのも自由です」

「戻れるんですか!」

「当然です。お呼びした時の場所と時間の座標にお返しいたします」

 良かったぁぁ。実質三日間だけの聖女だ。


「ちなみに、戻らなかった方っているんですか?」

「百年前の聖女様は、残る事をお選びになりました。自国が『ほろこーすと』をしていて、『強制収容所』という所にいたそうです」

 ホロコースト!

 うわぁ、アマプラで見た『シンドラーのリスト』『アンネの日記(黒柳徹子が出演してたアニメ映画のやつ)』の世界だ、と私はしょっぱい顔になったのだろう。

「田舎に住みたいという聖女様のご希望でしたので、貴族の一人が責任を持って自領に連れ帰り、家を手配しました。その後、地元の男性と結婚したようです」

と、王子様が慌てて説明してくれる。

「良かった」

 そう言った私以上に、周りの人が安心した表情になってる。ぷぷっ、良い人たちっぽい。


 なので、自己紹介することにした。(チョロい?)

「塚田あゆみ、16歳。高校一年生です」

 頭を下げる。




 

 聖女となると認めた私は、改めて客間に案内された。何部屋もあってお風呂もトイレも付いてて、バラエティ番組で見る一泊十万円とかのホテルのスイートルームみたいだ。


「手前の部屋に侍女と護衛が控えています。何かあれば彼らにお申し付けください」

「あ、どうも。お世話になります」

 頭を下げる私に、相手が面食らってる。


「後で昼食を運びます。食後はごゆっくりなさってください」

と言って、王子様は去って行った。緊張から解放される。


 予想通り美味しい昼食を食べ終え、まったりするのにも飽きてきた頃、侍女が客の訪問を伝えた。

 聞いてもどうせ誰か分からないから、通してもらう。


「わあ……!」

 初めて本物の金髪の縦ロール見た。重そうなゴージャスなドレス。これはもしかして………。

「レティシア・ファンダムです。聖女様の話し相手に呼ばれたファンダム公爵家の娘ですわ。聖女様がこの国で感じた不安や疑問を、何でも聞いてくださいませ」

 ひゃああ~。やっぱり公爵令嬢ですか!

 初めて見る生の公爵令嬢に、ソファに座るよう勧める。わくわく。

 侍女がお茶を淹れてくれる。


「レティシア様は、王子様の婚約者ですか?」

「殿下に婚約者はいませんわ」

 なんだ、テンプレとは違った。

「だって、召喚された聖女様が彼を望むかもしれないでしょう?」

 聖女とのパターンか。やっぱテンプレ……ええっ!?


「聖女って、私!? 望みません! 無理!」

 思いっきり顔の前で両手を振る。付き合うなら高校生がいいです! 

「あら、そうですの」

 表情に出さないようにしてますが嬉しそうなのが分かりますよ、レティシア様。そっか、私が帰った後に婚約するのですね。


 さて、「何でも聞いてください」かぁ……。

「具体的な神事のやり方とかわかります?」

「それは、明日大神官から説明がありますわ」

 百年に一度の事だから、公爵令嬢は知らないか。あの偉い人は大神官って言うんだ。


「あの、この国の面積と人口は? 産業は何でしょう? 周りの国とは仲がいいの?」

「……さあ、私には分かりませんわ」

 え? 公爵令嬢なのに? と、思ったが、そうだこの人は王子様の婚約者じゃないから王子妃教育されてない。淑女教育のみの超ブルジョア箱入り娘なんだ。


 ……困った。話題が無い。

 恋バナとか?

 でも、うっかり「王子様ステキですね」なんて言ったら、「狙ってるのか」と思われそうだし……。



 そして、「当たり障りのない会話」とはこういうことかぁぁぁ!、という時間を過ごした。




「ごめんね、女性同士だと話がはずむかと思ったんだけど」


 夕食の準備が出来たと連れて来られた部屋には、王子様だけが待っていた。

 これは、私を(ってか聖女を)狙っている?と思ったのだが。

「人数が多い方がいいの? 父や母と一緒だと肩が凝るかと思ったんだけど」

 凝ります。きっとガチガチに。お心遣いありがとう!


 そんなで食事が始まったのだけど、

「レティシア嬢はどうだった?」

と聞かれて

「もういいです」

と、素直に答えてしまった。


 謝ってくれた王子様は、私の質問にスラスラと答えてくれた。さすが。

「それじゃ、私の国では今値上げラッシュなんですが、こちらではどうですか?」

「聖女アユミは経済にも造詣が深いのか」

 いいえ、ポテチが百円で買えなくなった事を(うれ)いてるだけです。


 明日は、午前中に大神官から神事の説明があるそうだ。

「それが終わったら午後は自由なんだけと、何かしたい事はありますか?」

「自由……」

「観光とか、買い物とか」

 うわああ、めっちゃ興味ある! 異世界の風景や建物とか! 市場で異世界の日常を見たり、街で食べ歩きとか!


 でも……。


「いえ、どこにも行きません」

 王子様が驚いているが、『なろうよ!』を読んでいる私は知っている。 

 街に行くと、高確率でトラブルに遭うのだ。

「無事に神事を終わらせる事を優先します」

 そして、予定通りに帰るのだー!


「ありがとう。さすがは聖女アユミ」

 ん? 何が『さすがは』なんだろう。




 夕食後、侍女に勧められてお風呂に入る。

 いつの間にか、寝間着と替えの下着と室内履き、明日着るワンピースと靴が用意されていた。 


 スイートルームのゴージャスなお風呂で、パンツとブラと靴下を手洗いする私。聖女に出世(?)しても、下着を他人に洗ってもらう勇気は無い。タオルで包んでぎゅっと絞る。これで寝室の家具の取手にでも引っ掛けておけば、帰る日までに乾くだろう。


 環境が変わっても、とことん庶民な私だった。



 

 翌朝、王子様と朝食を食べていたら

「予定を決めてなかった午後は、城の中を案内する事にしようと思うんだけど」

と、提案された。

「見たいです!」

 大喜びで食いついた。

 その手があった! これなら外に出なくても安全に異世界を堪能できるじゃん。楽しみ! 王子様いい奴!



 ご機嫌で部屋に戻ったら、大神官様が神事の資料を抱えてやって来た。お勉強会が始まる。


「こちらが当日の祭壇です」

と、見せてくれた図解は、二年前のじいちゃんの葬式の祭壇と似てた。こういうのって異世界でも共通なのかな。

 左側に5脚椅子が並び、

「こちらは王族三人と、護衛二人です。物々しくならないよう二人にしていますが、あらゆる所に騎士が控えていますから警備はご安心ください」

そして、右側に椅子が30脚。

「こちらは貴族席です」

 元の世界と違うのは、椅子が祭壇に向かって置いてあるのではなく、ハの字というか、王族と貴族が向かい合って座るように置いてあるくらい。


 椅子の並んだ奥が1メートルくらい高くなっていて、中央と左右に数段の階段がある。その上にお葬式の飾り付けのような装飾がされていて、真ん中にある椅子、元の世界ならお坊さんがいる所が私の場所。

「この、少し離れた左側の椅子に私が控えています」

「それなら心強いです!」

 

「次は式次第ですが」

 幼い信徒たちが祭壇の前で聖歌(讃美歌の事だね)を歌って神事がスタート。貴族が入場して着席した後に王族が入場して着席すると、聖歌は終わり信徒たちが退場する。

 そして、大神官様にエスコートされて聖女が入場。祭壇に上り椅子に座って祈りを捧げる。


 祈りの方法は、

「亡くなった人たちよ安らかにあれ」

と、思うだけで、決まった祈りの言葉などは無いそうだ。

 これは、神社仏閣教会お墓神棚お稲荷さんお地蔵さんで祈りまくる日本人は得意かも。


 浄化されたら大神官様が合図するので、立ち上がって右手に置いてある一輪の花を手に取って祭壇に捧げて神事が終わる。

「花ですか」

「花にも決まりは無いのですが、希望の花はありますか?」

 この世界にどんな花があるのか分からないので、お任せする事にした。


「後は、聖女の衣装ですね」

 大神官様がドアに声を掛けると、待ち構えたように大きな箱を抱えた侍女と女性神官たちが部屋に雪崩れ込んできた。

 ワンピースを着たまま試着、というか試巻きされる。光沢のある白い布だ。

 インドのサリーみたいな、「ブルータスお前もか」の人みたいな、布をグルグル巻いて引っ掛ける形で、侍女たちも初めてだから試行錯誤してる。


「これは代々伝わる衣装なんですか?」

 衣装と言うより布だな。

「いえ、今回のために用意しました」

 何せ、聖女の体型が来るまで分からないので、布だけを用意して、言い伝えられている巻き付け方をするのだそうだ。まあ、召喚してからサイズを計って仕立てるより確実だよね。神事が終わったら布に戻せるし。



 何とか終わって、届いた昼食を食べ終わった頃、王子様が城の案内にやって来た。

 

 私と王子の前後にさりげなく護衛らしき人がついてる。

 嬉々として歩いて行くが、城は入り組んでいて、すぐに方向感覚が無くなってどこを歩いているのか分からなくなった。

「分かりにくくてすみません」

「いえ、こうしないと敵が襲撃した時すぐに目的地へ行けて、城を制圧されてしまいますよね」

「聖女アユミはよくご存知ですね」

 でも『なろうよ!』では大抵妾腹の第二王子とか王弟が敵に協力していて、あっさり王の元へ行けちゃうんだけどね……。この国にはそんな王子いないのかな。


 歩きながら、「さすがはお城。廊下もドアも広~い!」などと思ってたら、ドレスを着ている人がいるから幅が必要なんだと気付いた。

 もし我が家にレティシア様がやってきたら、廊下でドレスが引っ掛かるな、などと想像してつい笑ってしまい、王子様に何を笑っているのか聞かれたので教えてあげたら

「くくっ、聖女アユミの家ではドレスが引っ掛かるのか。聖女アユミの国はドレスを着ないのか?」

と、聞かれた。

「着ませんねぇ。着るとしたら自分の結婚式くらいですね」

 当然、予定など無い!


「なら、着てみるか。縫製部へ行こう」

「い、いえ! もったいないからいいです!」

「ああ、わざわざ作るのでは無い。お客のドレスが汚れたり破れた時に備えて用意してあるドレスがあるのだ。今日はドレスを着て夕食をとらないか?」

 あ、『なろうよ!』でドレスに赤ワインを掛けられた時に登場するやつですね。

 それなら喜んで、と付いて行く。


 前を歩いていた護衛さんが縫製部らしき部屋の扉を開けると、王子様に気付いた責任者らしきおじさんが飛んできた。

「殿下! そのワンピースに何か問題がありましたでしょうか」

 部屋にいた人たちに緊張が走ったのがわかる。

「いや、晩餐用にドレスを借りたい」

「さようですか。ではこちらへ」

 お騒がせしてすみません、と思いつつ後につく。


「流行遅れになったドレスは撤去するので、あまり数は無いのですが」

と、案内された保管庫は、それでも色んな年齢、嗜好の人に対応できるラインナップだった。

「ふおおお、匠の技だ」

「たくみのわざもいいけど、自分のドレスを決めるんだよ」

「そうでした」

 とは言っても、私の人生で「こんなドレスを着たいわ」とか「どんなドレスが似合うかしら」とか考えたこと無い……。


 う~んと見渡すと、部屋の隅にお針子らしい女性が二人控えているのを見つけた。

 駆け寄って

「あの! 私のドレスを選んでもらえませんか?」

と言うと、驚かれた。

「それでしたら殿下に……」

「男は『似合うもの』じゃなく『着せたいもの』で選ぶからパス! 彼氏が出来たら服の趣味がおかしく変わる娘っているじゃない!(※個人の見解です)」

 それなら……、と引き受けてくれた。


 彼女たちが選んでくれたのは、えんじ色で飾りの少ない、はっきり言ってオバサンくさいドレス。

 内心「ぴちぴち(死語?)の16歳なのに……」と思いつつ姿見の前でドレスを当ててみると……。

「ほう、これは似合うな」

「誠に」

「私が深窓の令嬢に見える……!」

 めっちゃしっくり来るドレス! ありがとうお二人さん!

 大満足で、合う靴と共に私の部屋に届けてもらう事にした。


「聖女アユミは人を見る目があるな」

「餅は餅屋、ドレスはドレス屋です!」

「もち……?」

 あ、餅が無かったか。


 それから、書庫に行ってラノベとは対照的な大きくて重い本を堪能したり、厨房へ行ってIHもガスコンロも無いかまどに「私には自炊は無理だ」となったり。

「次は庭を案内しよう」

と、手を取られて外に出る時、目の端に金髪の縦ロールが見えた気がした。

 振り返ってもドアが閉まるのが見えるだけ。レティシア様かと思ったんだけど、それなら声をかけるよね……。

 ちらっと思った疑問は美麗な庭に吹き飛んだ。

「すごい! 花の色のバリエーションがこんなに~!」

「これだけの種類を一斉に咲かせるなんて、なんてすごい!」

 すごいすごいと進んで行くと、大きな温室があった。やたら丈夫そうな鍵が付いて、曇りガラスは中を覗かせない。

 物々しい作りに

「これって……?」

と聞くと

「禁断の温室と呼ばれている。門外不出の植物を母が管理しているのだが、見たいかい?」

と、物騒な返事が返って来たので、思いっ切り首を横に振る。

 その先の庭を満喫して、

「そろそろドレスの着付けをしないと」

と言われて部屋に戻った。


 

 先に届いていたドレスに侍女の気合が入りまくっていたようで、既にえんじ色のリボンを用意して手ぐすね引いて待ってくれてた。

 肩までの髪が器用にリボンと編み込まれ、右向いて左向いてばんざいしてと言われるままに着付けしてもらっていたらいつの間にか御令嬢が出来上がってた。おおう、コスプレ感が無い! 侍女マジック!

 一緒に借りた靴を履いて完璧……と思ったのだが、考えてみたらヒールのある靴って初めてだ。どうやってこんな不安定なのを履いて歩くの?


 どうせドレスで見えないんだから私が履いて来たスニーカーと交換したらダメかなぁ……などと考えてたら、王子様が部屋まで迎えに来てくれた。

「どうしたんです? わざわざ」

「ドレスの女性にはエスコートが必要だろう?」

 エスコート! そうだ、それがあった!

 ありがたく王子様の腕に絡みついてバランスを取りながら歩く。楽ちん。


「ん? これってエスコートと言うよりつっかえ棒?」

と言ったら、王子様が吹き出した。王子様もそう思ってたんですね……。


 よく見ると王子様も盛装してくれてる。

 おとぎ話の王子様とお姫様のシーンのようで嬉しいな、と思ったら、目の端に廊下の角を金髪の縦ロールの人が曲がって行ったのが見えた。まただ……。

「どうしました? 聖女アユミ」

「金髪の縦ロールの人って多いんですか?」

「たてろーる?」

 あのヘアスタイルの正式名称って何?!


 


 おしゃれしていただく夕食はとても楽しかった。元々美味しいのが三割増しで美味しく思え、王子との会話も楽しかった。

 大満足で部屋に戻ると、部屋でレティシア様が待っていた。

「すみません! お待たせしてしまって」

「よろしいのよ、先触れも無く来たのですもの。実は、これをお渡ししたくて」

 高級ワインが入っていそうな縦長の紫色のビロードの箱を手渡す。


 受け取ると、あれっ?と思うくらい軽かった。

 蓋を開けると、ビロード敷きの中に一輪の赤い薔薇。

「うわぁ……すごい」

 取り出してよく見ると、一枚一枚の花びらの根元が朱色で先は深紅へとグラデーションになっていて、まるで燃えているみたい。棘は透明で宝石のようだ。はあ……、この世界にはこんな薔薇があるんだ。


「こちらを明日の神事に使っていただきたいの」

「え、でも大神官様にまかせていて」

「こちらから必要なくなったと連絡しておきますわ」

「は、はい……」

 有無を言わせずレティシア様は帰っていった。



 レティシア様が帰られた後、私は侍女に王妃様へ伝言を頼んだ。





 そして、いよいよ今日は神事本番!

 朝食の後に、気合の入った侍女&女性神官たちに聖女コスチュームに実装され、髪をセットされて、それっぽい装飾品を額に胸に手首に着ければ、なんとか聖女っぽいのが出来上がった。

 皆はメイクやヘアをもっと盛りたいようだが、のっぺり日本人顔の私に似合うとは思えないので我慢してもらう。


 大神官様が大量の護衛と迎えに来てくれたので、昨日貰ったビロードの箱を中の花を確認して受け取り、会場へ向かう。

 右に左に折れて進むうちに、またどこを歩いているか分からなくなるが、やがて皆が躊躇(ためら)わずに外に出て行くのでちょっと不安になる。神事をするんだよね? 

 一行はどんどん城から離れて行く。

 教会とか大聖堂とか、よそでやるのかな。


 皆の後を付いて行くと、背の高い生垣の向こうから沢山の人のざわめきと歌が聞こえてくる。生垣の隙間から覗かせてもらうと、そこは人がひしめき合ってる公園のような所みたいだ。

 歌声の元を探すと、見晴らしの良さそうな舞台の上で子供たちが歌っている。


 大神官様ー!! 「野外ライブだ」って肝心な事を言って無い!!


 私が平地と思っていた椅子席は、ギャラリーから見やすいよう2メートルくらい高くなってた。

 あの椅子、王族と貴族が向かい合ってるんじゃなくて、祭壇を向くと平民から顔が見えなくなるから横にしてたのね。

 そんな事を思ってたら、王様たちが登場して大歓声だ。その間に私たちも舞台裾にスタンバイさせられる。あのっ、まだ心の準備がっ!


 王様たちが着席して子供たちが去ると、大神官様に手を引かれて舞台に登場する。この白い衣装は、さぞ遠くからでも目立ってるんだろうなぁ。

 ギャラリーは生の聖女に大盛り上がりだ。まだ何もしてないのに。必死に笑顔笑顔。


 祭壇に上がり、ビロードの箱を右側において椅子に座ると、会場に沈黙が降りる。

 離れた椅子に座った大神官様が頷いたので、祈りを始める。お墓参りの時のように合掌して、ひたすら「亡くなった人たちよ安らかにあれ」とだけ考える。


 静かだった会場にやがてざわめきが生まれ、その音量が大きくなっていく。

 ちらっと横目で見ると、空一面にオーロラのような幕が生まれて揺れている。ただ、オーロラと違って色がおどろおどろしい。これが澱んだ思念……。

 大神官様を盗み見ても、こちらを見てない。このまま行けって事ね。

 

 きっと国中の人がこのキショいオーロラに不安になっているはず!、とさらに強く祈り続ける。

 みんな! オラに元気を分けてくれ!!


 すると、空にいくつもの渦巻きが生まれ、ゆらゆら揺れていたオーロラが次々と渦に吸い込まれて行く。

 オーロラが一つ消え、二つ消え……。

 最後の一つが吸い込まれて消えて、青空だけになった。


 空の下にギャラリーの悲鳴のような歓声が響いた。


 ちらりと見た大神官様が頷いたのを見て、立ち上がってビロードの箱から花を取り出して祭壇に捧げようとしたら……。


「そのファイアローズは、王妃様の禁断の温室から盗まれた物ですわ!」

 突然、貴族席からレティシア様の声が響いた。レティシア様が祭壇に上がってくる。

「この人は聖女なんかじゃありません! 盗人、詐欺師です!」


 あの薔薇、ファイアローズって言うんだ。王妃様の物だったんだ。と、いうことは?!

「私、王妃様に王妃様の薔薇をプレゼントしてしまいましたか?」

「プレゼント?」

「あ、はい。あの薔薇は王妃様に差し上げました」

 レティシア様の顔色が変わる。

 祭壇に捧げられた花は、王妃様が用意してくれた薔薇に似ている別の赤い花だ。


 ごめんね、私の国では「棘のある花をお供えすると、亡くなった人が苦しむ」って言われてるから、せっかくの薔薇だけど抵抗があって王妃様にプレゼントしちゃった。

 昨夜、侍女に「会いたい」って王妃様に伝えてもらったらすぐに私の部屋に来てくれて、話を聞いてすぐに別の花を手配してくれた。

 ほら、と代わりの花をふよんふよんと振ると、言葉を失うレティシア様。


 王族席から、怒りを隠さず王妃様がゆっくりと階段を上って来て私たちと向き合う。

「レティシア。なんという醜態です!」

 私までひれ伏しそうな威圧感。

「あなたのした事は国家を揺るがす神事の妨害です。この件に手を貸した者たちは厳罰を覚悟しなさい」

 王妃様が周りを見渡して冷たく告げると、あちらこちらで血の気の引いた人がいた。


 一転して営業スマイルを作った王妃様は私の手を取って、一般席へ向かって

「神事は無事に終了しました。聖女アユミと皆に幸あらんことを!」

と言うと、会場は地鳴りのような歓声に包まれた。



 歓声はなかなか鳴り止まず、王妃様の隣で笑顔で手を振っているのも顔が引き攣ってきた頃、大神官様と王族が私の横に勢ぞろいして大歓声を浴びて終わりとなった。


 そして、私たちが注目されている間にレティシア様や何人かの貴族が騎士たちに連れて行かれた。





「つ、疲れた……」

 私は部屋に戻って何とか巻き付けられた衣装を剥がしてもらい、元の制服に着替えてから、初日にお茶を飲んだ部屋に来ている。

 目の前には王子様。

 王様と王妃様は、今回捕まった人たちの対処中だ。


「お疲れ様」

 爽やかな笑顔の王子様に

「王子様。レティシア様に、私と結婚するとか何とか言ったでしょう?」

と、恨み言を言う。

 王子様は無言の笑顔。否定しませんね。

 レティシア様なら、百年前の聖女がここに残った理由なんて調べて無いでしょう。今回の聖女も残るかも、と思ったはず。


「私と仲良くしてるのをわざとレティシア様に見せたでしょう。レティシア様が私に手を出すのを期待して」

 王子様に婚約者がいないのは、私を待ってたのではなく、婚約者の座を狙っているレティシア様のせいだろう。さぞ、えげつなくライバルを蹴落としまくったはず。

 何とか彼女を排除したいが、なまじ家柄が良過ぎて手が出せない所に私がやって来たのだ。


「レティシア様って、外面だけは完璧なんですけどね~」

「君は、レティシアに(おとしい)れられそうになった事にショックを受けて無いみたいだね」

「まあ、なんとなく予想してましたから」

 公爵令嬢って、悪役令嬢なのがお約束なんで!

「さすがは聖女アユミ」

 そして王子様は、ポンコツか腹黒がお約束なんですよね……。



 元の世界へ戻す準備が出来たと連絡が来て、王子様と最初の魔法陣の部屋へ向かう。


 大神官様や神官たちが見守る中、スタスタと魔法陣の中に入る私に、

「本当に帰る気なんだ……」

と、王子様。

 何を今さら?と思ったら、いきなり距離を詰めて私の前に立ち、私の両肩に手を乗せ

「聖女アユミ。城に残って私の(かたわ)らにいてくれないか」

と、言った。

「はあ……」

「あなたのような聡明な人にずっとそばにいて欲しいんだ」

「つまり……側近のスカウトですか?」


 ガクッと頭を落とした王子様は

「いや……プロポーズだ」

と、言った。


 うわ、私『なろうよ!』テンプレの「鈍感ヒロイン」やっちゃった? いや、女子高生相手に遠回し過ぎるのが悪い! 「好きだ。結婚しよう」なら分かったんだよー!

 これが貴族の遠回しな話術? 鈍感ヒロインの皆さん、今まで「ありえねー」とか思ってごめんね!


 でもね、王子様は絶対に私を誤解している。


 聡明ってのは、私からファイアローズを笑顔で受け取りつつ、頭の中では高速でレティシア様の計画を読み取り、神事を漏らした人、ファイアローズを盗んだ人、間に入った人を割り出して、夜のうちに証拠を固める王妃様みたいな人の事だ。

 そして、レティシア様が祭壇に無い「ファイアローズ」を口に出して逃げ場を無くしてから、行動に出る……。後から説明を聞いて唖然としたよ。

 私に王妃はぜってぇ無理だ!

 

 私がはっきりきっぱり断ろうとしたのを察して、

「今回のお礼に、これを。本当にありがとう、聖女アユミ」

と、私の手のひらに何かを載せてくれた。


 小さなお花のブローチ。花びらは宝石なのだろう。薄暗い部屋の中でも赤く輝いている。

 価値とかよく分からないが、私に似合う物と考えてこの可愛いブローチを選んでくれたのかと思うと笑顔になってしまう。

「ありがとう、王子様」

 ブローチを、落とさないように制服の内ポケットに入れる。


「今更なんですが、王子様の名前って何ですか?」

「本当に今更だね」

「せっかくの初めてのプロポーズなのに、今聞いておかないとこれから何十年も思い出すたびに『あの人誰だったかな~』ってなるかと思って」

 なんてね。本当は、王子様は「王子様」ってキャラで、それ以上でもそれ以下でも無いと思ってたんだ。ごめんね。


 王子様は、少し笑ってから名前を教えてくれた。



 王子様が魔法陣から出ると、神官長や神官たちが呪文のようなものを唱え出した。

 さよなら、みなさん。

 意識が消えていく。




 私の体の中に私がぎゅうぎゅうと押し込められるような不快感。ピッタリ収まった時、誰かに背中を思いっきり押された気がした。

 

 はっと気がつくと、私はいつもの朝の通学路でカバンを持って立っていた。

 ポケットにはブローチの感触。

 もう少し経ったら、プロポーズを断った事を後悔するかもしれないな。



 感傷に浸る間もなく、私は学校へ走り出した。


王妃様の禁断の温室

***

「ここにある花を外で見たら、引っこ抜きなさい!」という強い毒性のある植物の見本市&研究室。

悪用されないよう口外禁止、入室禁止、持ち出し厳禁。真実を知ってるのはごく一部。

ファイアローズも、うっかり口に咥えて「オレ!」などとフラメンコごっこをしてたら死んでた。




2025年1月31日 日間総合ランキング

7位になりました!

ありがとうございます(^∇^)

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