第六話 告白
「私どうなっちゃったんだろう。今は生きてる感じで動いてるけど、体が動かなくなって本当に死んじゃうのかなぁ、先輩どうしよう! 怖いんです!」
空は堰が切れたかのように不安を吐き出し、震える手で俺の左腕にしがみ付いてくる。がちがちと歯を鳴らし、涙すら流れない恐怖。言葉にしたことで実感が湧いて来たんだろう。空には悪いがここで違和感を覚えた。この現象だけでは全てから逃げようとする理由にならない。体の異常ならばまずは病院のはずだが、病院では解決できない理由を空は知っている。
空のしがみ付く手に手を添える。
「空、俺はまだお前の事が好きだ。お前が出ていかないようにするのも下心かもしれん。お前の前で格好つけようとするのも好きになって欲しいからだろう。ただな。傍にいたいというのはそれらとは関係ない事だ。お前の体がおかしな事になってるが、尚の事、居なければ、とお前には迷惑な事を考えている」
「迷惑じゃ!……ないですけど。これが人に感染するとか、その、なんか怖い映画みたいに」
「それはないな。俺は散々空に接触してるし、擦り傷からの血も手についた。なんならお前が流した涙も口に入っていた」
「え。やだあ」
「いや俺が気を失っているときだからな!?」
空はくすりと笑い、
「冗談です。……少し落ち着きました。そっか感染はないか」
「普段の空ならすぐ気が付いたはずだ」
「買いかぶり過ぎです」
「俺はなぁ。奏や空を凄い奴だと思っている。空は特にな。俺なんかより全然強い」
空は本来、引っ込み思案の女の子だ。奏に引っ張られて部室に来たときは背中に隠れて怯えた表情で挨拶をしていたことを今でも思い出せる。
「そんな事、ないです」
「二人は俺の憧れであり目標なんだよ」
「私がアメフト部に行ったのは、かなちゃんだけじゃないんです。私だって女の子ですよ? 憧れの先輩がいたから入ったんです」
「なんだよぉ。その時点で俺に勝ち目がなかったってことじゃないかぁ」
「そんなこと、知りません」
空がまた笑った。そう、こいつは笑っていないとダメだ。俺の傍でとか贅沢な事は言わない。だからもう一つの核心的な事を聞く。
「空、まだあるよな」
「えっと、何がですか……」
「警察にも、病院にも行けない理由。だけどその体と警察から逃げる理由は理屈に合わん」
空は俺から腕を外すと、膝に顎を乗せ床を見ている。
「かなわないなぁ。……お話します。こんなにしてもらって何も話さないのはずるいですよね。そして約束してください」
「なにをだ?」
「話を聞いたら私を追いだしてください。多分そうなります。信じなくても私の頭がおかしい、と思うはずですから」
「却下だ。話は聞く。そして空を追い出したりはしない」
「そんな。ずるいです!」
「あんなぁ、空」
「はい」
「その話を聞いてお前を追い出したとする」
「はい」
「俺は事情を知らない母さんに殺される。勘違いで実の息子を締め堕とす母だぞ? 大げさじゃなく多分俺も家から追い出されて連れて帰ってくるまで家には出入り禁止だ。結局の所、結果はどういう経過を辿ろうが、空をここに居させる、それが着地点なんだよ」
空がくすくすと小さく笑う。
「先輩が怯えるなんて。試合では絶対見たことないです。いいものを見せてもらいました」
「ちぇ、他人事だと思って」
「私、おかあさんが大好きになりました」
「それに」
「はい」
「せめて母さんに空の母さんの話を聞いてからでもいいんじゃないか」
「そう、そうですね! 聞きたい! あ、ごめんなさい」
「うん?」
「なんかちょっと馴れ馴れしくて」
「俺に敬語使ってたのはお前らだけだぞ! 後輩共も下の名前で呼んでいたしな。いや梵天さんと裏で呼ばれてたっけ」
「それは! だって恥ずかしいし」
「なんで」
「もう! 憧れの先輩って先輩の事ですよ! 本当に梵天さんなんですね!」
「え。じゃあなんで俺はフられたんだ。憧れと好きな人は違うって事か」
空はまた前を向いた。
「私は、違うんです。他の人と。私のお母さんの話、知ってますよね」
「噂だろ?馬鹿馬鹿しい」
獣憑き。この時代に迷信的な噂なんて意図的に悪い噂を流したやつがいるってことだ。
「私は鬼の子です」
空の突拍子のない話を俺は信じている。というより知っている感覚だ。空にはその体以外に何かが起きている。
「続けて」
「わ、らわないんですね」
「不思議な事にね」
「父は死んでいません」
おっと。それには驚く。ニュースにもなり警察が散々捜査や検死を行ったはずだ。
「父が亡くなった翌日、警察から連絡がありました。父の死体が消えたと。その時に警察の方も何人かお亡くなりになって」
「なんだって? いや消えたことはおかしいが、なんで死んでいない、になるんだ」
疑問。何故生きているかも、にならないのか。
そうか。今の空と同じという事か。生きてはないが死んでもいない。
「全部お話します。事件の前の夜の事」
空がまた震える身体を寄せてくる。左手で空の右手を握る。空は微笑むと腕に寄りかかって来た。
「父が私を、食べたい、といって襲ってきました」
その信じがたい内容は俺が空にかける言葉を消失させた。