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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第五十四話 静閑

 

 辺りはガスやら備蓄の燃料の爆発で騒がしくはあったが、消火活動どころか人影すら見えない。既に避難所やらに逃げ込んだんだろう。だが中には逃げ出せずにいたり、自分の家から離れられない人もいるはずだ。それに加えて近隣の家族同士で小さなコミュニティを形成し、自衛しながら助けを待っている人たちも少なからずいるだろう。どっちにしろドアを破られ鬼に喰われるか、鬼化した者が家族を喰らうという悲劇も考えられる。不謹慎だが、まだそれは幸せな方かもしれない。生産と流通が完全に止まった日本に、これから訪れる選択は、もう鬼になるか、喰われるか、そして餓死の三択しかないのだ。国際援助は期待できない。米軍の偵察の後、動きがないのは手に負えず日本の封鎖を決め込んだか、アメリカ自身がそれどころじゃなくなった可能性すらあるんだ。

 草薙よ。

 これがお前の望んだ世界か。

 どれほど人と神を憎んでいる? どれほどの悲しみがお前を蝕んだ?

 だがこの罪はお前一人が背負う必要はない。

 罪とは思ってはいないだろうが、な。



「先輩! あそこ! でも?」

 空の嬉しそうな叫び声に現実に戻され、指さす方を見ると以前俺たちを襲ってきた鬼が朧と同伴している姿が見えた。

「どゆこと!?」

 俺の驚きの声に手をスッと上げた朧が破顔した。

 

「探せば良いのはヘリの墜落箇所か、新幹線の二択でしたからな。いずれ来られると読んでいましたわい」

 朧は顎髭をさすりながら面々を見渡した。そんな視線を避けるように空は苺の背に隠れていたが、朧と気づいたや否やその胸に飛び込んだ。あれ? 状況の違いがあるとは言え、なんか納得いかないよ?

「朧さん朧さん朧さん」

 めっちゃ頼られてる。背の高いイケオジ朧は空の頭を撫でながら「よくぞご無事で。爺は嬉しゅう御座いますぞ」と久々に会う孫を可愛がるじーさんそのものだった。

 なんか悔しい。

 空がもう一人の男に気付き、今度は朧の背中に隠れた。

 俺、ほんと空気だな。

「おい、てめえ師匠のなんだ?」

「よさぬか、虎。この方がかつての綾姫が転生された空様だ。大人しく控えて」

 虎が殺気じみた表情で動くのを見たが、俺も朧も油断はない。だが空の目を見て驚きを禁じ得なかった。鬼が振りかぶった腕を見て反応している。俺は朧を止め様子を伺った。か弱そうな空の腕は丸太のような鬼の腕を取り自分の胸の方に巻き取ると背で地面に投げ伏せた。捩じられた手首の関節は極められてこの巨体を持つ鬼ですら地面から立てずに、身悶えするばかりだ。

「すまない! 俺の以前の記憶で体が反射的に動いたんだ! 熊を助けたのはお姫さんだろ? 俺はもうあんた達に牙を向けるつもりはない。だが、いや、俺の落ち度だな」

 空は鬼を開放し、膝に付いた砂を払い落とした。

「構いません。記憶に引っ張られる感覚分かりますし、怪我もありません」

「それなぁ。結構ショックだぜ。師匠にも負け、女子に投げ落とされ、今生はどうなってんの」

「先程の熊さん、って、あなたと同じくらい大きい人ですか? ごめんなさい、私、かなり酷く痛めつけ、あわわわ、そんなつもりはなかったんですが、さっきの寅さん? みたく加減できずに体が勝手に攻撃しちゃって。あの、その、気絶させてからまだ気が付かないんです」

 イントネーションが某映画の主人公みたく聞こえたが気のせいだろう。 

「おい、お前が、じゃない、姫様が熊を気絶させた? 冗談にも程が」

「猫風情は地べたで控えろ!」

 苺、猫又のお前が言うか。

「この俺様を猫呼ばわりたあ、いい度胸してるな!」

「は! すまんな、言い間違えた。猫はお前みたく、すぐにヘソ天なんかせぬわ。さっきのお前は差し詰めご主人様に奉じたネズミの死体じゃったな」

 昨晩のお前は見事な服従っぷりだったが。それに言葉に地が出てるぞ。

「苺ぉ!」

「は、はい、ごめんなさい」

 空の可愛らしい恫喝は苺も身体がすくむか。もう完璧に下僕だなあ。出来れば俺への冷めた対応も止めるように言って欲しい。

「言葉が可愛くない」

 えぇぇ、怒るのそこぉ?

「ごめんなさい寅さん。普段は可愛いんです」

「姫様が言うなら。爪を引きましょう」

 大人だなあ、寅さん。

「段ボールで爪でも研いでなさい」

 咆哮がビル間に反響する。息まく虎を押さえるのに俺と朧二人がかりでも必死だった。

 流石に虎と言われるだけある迫力のある咆哮だ。体中にびりびりと響く。朧も苦笑いだ。

「苺、謝りなさい」

 空がお姉さんだしてきた。

「いやです!」

 反抗期だな。てか俺と二人の時は遠慮もあるんだろうが普段はこんな我儘なんて言わんし、十日程でこんなに人間関係が育つものだろうか。やはり前世の主従関係が大きいのだろうなあ。

「苺ぉ。お姉ちゃんは大丈夫だったでしょ?」

「それは分かってたの! でもお姉ちゃんが一瞬怖がってた。そこのネ、虎が本気で殺気を込めて飛び掛かったとき、お姉ちゃん、殺すのを怖がって羅刹眼を使うのを躊躇ったの!」

 涙を浮かべる苺の言葉に空の顔が一瞬こわばる。

「お姉ちゃんを怖がらせた!」

 虎が頭をぽりぽりと掻くと地面にあぐらをかき、腕を広げて両拳を地面につけてると深々と頭を下げた。


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