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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第五十一話 かつて哀れなる鬼。

 

 私は人として恥ずべき事をした。鞭を振りながら義賢さんが涙を堪える顔を見て、自分の言葉でどれだけ傷つけてしまったか。義賢さんがどれ程悪逆を重ねようが私にそんな事を言う資格なんて無かった。

「お姉ちゃん、謝ろうとか考えないで」

 猛撃から漏れる攻撃を糸でいなし、弾かれた鞭が辺りを破壊していく。

「でも」

「因果応報という言葉があります。あの邪気、人を喰って漏れる瘴気ですよ! 一人とかじゃない、かなりの人数を食べてます!」

「当たり前じゃない、我が子、五人分はこの国の人を喰らい尽くしたとしても足りるわけないのよ!」

 おかしい。五人の子供は殺されていない。役小角は釜の中に子供閉じ込めはしたが、鬼夫婦を改心させるため子を失う恐怖を味合わせただけで後に解放しているし、それどころか役小角の弟子にさえなっていた筈だ。歴史が違う? 

 そうじゃない、捻じ曲げられたんだ。勿論、どっちの話が本当なのかは分からない。草薙さんが仲間に引き入れるために吹き込んだ嘘か、役小角さんの非道を美化した話にすり替えた人物がいるのか。

「私の認識では」

 義賢さんが手を止めた。先程迄の何者かにならねば正気を保てないと言わんばかりの姿からとは打って変わって、その涙は偽らざるものだ。

「お子さんは生き延びて現代まで子孫を残していると言う話が存在します。本当にごめんなさい、酷いことを言ってしまいました」

 鞭で床を一回、打ちつけた後ハンカチで涙を拭き取った。薄っすらと赤い鼻をすすり、顎を少しあげ私たちを見下した。

「その話は勿論、知ってる。だけど大嘘。役小角は子等を茹で殺した。私たちの目の前でね。私達は明王の技で身動きができない体を無理矢理骨を折って手を伸ばし、名を呼ぶ為に頬を裂き、顔を見る為に瞼を剥いで苦しみに喘ぐ我が子達の、最期の一息が来ぬよう祈りながら」

 鬼の足元の床が音を立てて割れ、付近の車体が金属音を立てながら切り裂かれていく。

「煮えたがる釜の中に沈んでいく子等を誰が見紛うか! ええ、苦しみを味わったわ。小角の言う通りにね。改心?」

 鞭で粉々になった屋根は吹き飛び、夜の風が吹き抜けた。


「もちろん改心したわ!」


 その悲痛な叫びはその言葉の意味を知らしめた。

 怒り、深い憎悪、そして心身を苛む悲嘆。子を思う愛情は全てそれらに食われ、残っていた人への想いはどす黒い復讐へと変わってしまった。黒い残像は容赦なく降りかかり、致命的な打撃を避ける為に小さな当たりは受け流すしかない。それでも素手では限界がある。手の甲は赤く腫れ上がり、毛穴から出血し体を濡らしていく。

 これはもう二人でどうにかなるものではない。鞭の攻撃範囲を狭めていた障壁は無くなり夜に包まれた。この攻撃は枷を解かれた暴力だ。最早、何処から攻撃が来るのか予測がつかない。

 逃げる? 苺はともかく、私は義賢さんより早くは動けない。残った手は私が囮になって苺を逃がすこと。苺はおそらく捕獲対象ではなく、鬼にとってただの障害物としかみられていない。

「嫌ですよ。お姉ちゃんの命令でも絶対逃げない。逃げてしまったら死ぬより怖い後悔が私を殺します」

 その言葉は予想してたけど、やっぱり辛い。

「苺の死ぬとこなんて見たくない。それにね、あなたが逃げて先輩の助けを呼んでくる。そして私を助けに来て。これが最善策。だから綾姫、ううん、お姉ちゃんとして言うよ」

 私は鬼から視線を逸らし苺を見た。

「逃げなさい!」

 苺が悲痛の表情を見せ一歩下がる。良かった、理解してくれた。そう、それでいいの。もうそれしか手段がない。

「あら、本気でそう思っているの? 気まぐれで殺しちゃうかもよ?」

「それっていつでも殺せるって事ですよね。でも殺さない。先程の怒りを抑えてまで殺さない理由。それは殺せない、が本当の理由ですよね」

 義賢さんが押し黙った。先程、私の眼をおもちゃと言った。言い換えれば脅威でないって事だ。私を捕獲する理由がそれじゃないなら、

「だから義賢さんは私の話を聞かざるを得ないでしょ。先輩を誘き寄せる餌として私を生かす必要がある。だからこうします」

 私は苺から預かっていた苦無で手首を切った。

「お姉ちゃん!」

「馬鹿なのあなた!」

 ふふ。義賢も慌てた。

「ここで交渉です。あなたが苺を追いかけるなら私は抵抗し、そうなれば出血死も早まると思います。生かしたいのなら苺を放っておいて私を速やかに治療施設に」

「そんな駆け引き通るわけないでしょ!」

「私はどっちにしろ殺されるでしょ。だから今死んでも構わない」

「なんて子!」

「私の亡骸でも役に立つのなら計算外ですけども」

「そんなの、そんなの私が許さない!」

「お姉ちゃんは信じてるよ」

 涙をボロボロと零し、苺の口元はガクガク震えている。

 うん。私こんなに愛されている。短い間でも姉妹でいられた。そう、血が繋がらなくとも私たちは家族だ。

「私を助けたいなら先輩と一緒に」 

 口を結ぶ苺が全力で後方に飛んだ。義賢さんも反応したけど私が苦無を構えると、ぴたりと止まった。少し思案してから鞭をしまい、近づいてハンカチを取り出した。先程涙で濡らしたことに気づくと手から落とし、辺りを見回した。

「ほんとバカな子」

 兵士の小さなケースからメディカルキットを取り出して、私の手首を手当てを始めた。手元を見る義賢さんの目はもう落ち着いていて、装うこともなく、ただ黙々と手を動かした。

 悪戯をして怪我をした子供の面倒を見ている母親のような穏やかな目。

 こんな目も出来るのに、何故、間違えたのだろう。こんな人を誰が間違えさせたのだろう。

 酷く腹立だしかった。

「そうね。あなたは殺される。救いがあるとしたら不必要なゴミに手間かけるはずもなく、あっさりと死ぬ事が出来る事くらいね」

「今殺さないのは先輩、ナナキという存在を怒らせない為?」

 義賢さんが太腿に備えているナイフケース、かと思いきや黒と金であしらった扇子でヘリの方へと指し示した。

「あなたは聡すぎて損をしてるでしょ。たまには女の子らしくなさい。ほんとに可愛げがないわ。でも、まあ今更ね」

「よく言われます」

 そんな私の笑いを受け止めた義賢さんは苦笑すると扇子で私の背中を押して急がせた。

 後ろは振り返らない。苺が遠くで泣きながら見ている筈だ。先輩に伝える情報をかき集め、何が必要か、なにをすべきかを頭フル回転で見定めているなんて見なくても分かる。


 うん。苺なら大丈夫。








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