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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第五十話 義賢


 眼のせいか、目の前の鬼が実像とダブって黒い煙が渦巻いて人を模っているようにも見え、腰まで届いている黒髪もうねっているように見えるのは錯覚なのか。

 黒い革のライダースーツの胸元を開け、胸の圧力がファスナーの戒めを弾き飛ばさないのが不思議なくらいの盛り上がりは私、いやいやいやいや私たちへの宣戦布告だ。

 お姉さんが一歩右足を出す。ブーツがかつん、と鳴ると車内に涼風が吹き抜けた。

 吐き気がする。隣に立つ苺の見据えた目に怯えが見えた。この正体は分からないけど、これは存在してはいけないものだ。話をしましょう? 口から出たその言葉は本当に望んで出たものか甚だ疑わしい。あなたを晩御飯にしましょう、と言ってくれた方がまだ落ち着ける。

苺が両の手を広げて警戒する。指の一つ一つにはめられた指輪から小さな金属音が聞こえた。最大限に防御に特化した構えだ。

「いまさら?」

 苺の顎先から汗が滴り落ちる。

「だってあなた達、思いの外抵抗するんだものぉ」

 困った顔して口にするが、鼻につく演技が苛立ちを無性に掻き立てる。この鬼が1番手に降りてきたならすぐに終わってた筈なのに理由が分からない。時間なんていくらでもあったはず。

 ならば、来れない理由があったと言うことだ。

 来れない?

 違う。眼を警戒して近寄りたくなかった。先ずは他の者で試したんだ。

 少し煽ってみよう。

「あなたは卑怯ものだ」

「当たり前じゃない、あたしぃ、鬼よ?」

 こちらも向こうが礼儀やらを慮るとは思っていない。予想通り血が通わぬ口調だけど、ただ心にどれだけ人が残っているかを知りたい。

「私の眼が必要? それとも邪魔なのかな?」

「人風情の作り出した玩具を欲しがる? 冗談でも笑えないわ。正面に立たなくても貴方の首を捻り切るなんて、わたしより弱い鬼でも出来るのよ? 空海ちゃんの落し子だから、どれほど凄いかと思ってたんだけどぉ。がーっかり。眼を碌に使えないし、使うことすら躊躇っているでしょ?」

 正直、あまり怖くない。力任せの鬼なら苺とだったら対処もできる。

 ただこの鬼は嘘をついている。卑怯者とは大違いで智者の類だ。この喋り方も装いも全てまやかし。

「苺は見てて」

「何を!共闘でないと無理です!」

「うーん、多分大丈夫?」

何かを言おうとした苺の口は横に結び、

「死んだら私がお姉ちゃんを食べます」

「あれ?怖い事言われたのになんか嬉しい」

 熱が疾った。それは確実に私の真ん中貫こうとした。空中に弾ける白い衝撃、ソニックブームだ。

 鞭。人類史上、初めて音速を超えた武器。白煙の後、音が後からやってくる。人の力ですら肌を裂く。鬼ならば四肢をもぎ取るくらい簡単なはず。だけど直線的なら避けるのは容易。

 

「ちょっと癪に触るわぁ。あなた本当に見えているのね」

 こんな狭いところで鞭とかありえない。確実に鞭先が届く間合いで振りつけてくる技量は鬼の膂力だけではない。この技術は日々の鍛錬と研鑽の賜物。ある意味、畏敬の念すら覚えちゃう。

シートが豆腐の様に切り落とされ、車体ですら金属が紙のように裂かれていく。鞭先が起こす風を感じる程にすれすれで躱す。鞭だからこそ圧縮される空気、押し出される風圧を肌で感じられる。そう、眼を使うまでもない(・・・・・・・・・)。先輩が言ってた銃弾すら躱せる、ってこういう事だったんだ。

 だけどあの鬼には何故か近付きたくない。この攻撃すら欺瞞に満ち溢れている。視界の端で苺が身を縮めているけど怖くてじゃない。猫がおもちゃに跳びつく前の溜めみたく、今にもおしりふりふりしそうな感じ。うーん見たすぎる。でもちゃんと私の言ったことに気付いてくれた。

 これは中距離の間合いから近接への誘いだ。なんか私の中のどこかで警鐘が鳴っている。

「苺、後ろの車両に鬼はいる?」

「四、五人」

「合図したら飛び込んで」

「わかった」

 うん、余計な事は聞いてこない。良い子だぞー。

「ね、お姉さん、お名前は?」

「聞いてどうするのぉ。今から貴方を拘束して、あたしがぁ食べちゃう、あ、怖がらないで?性的に食べちゃうって話だからぁ。もう、他の人の事なんか忘れる位、愛しちゃう」

「えー」

 リアクションに困る返答だった。そっち方面は奏の分野だ。

「義賢よ」

 名を告げる鬼が真顔になる。

 義賢。役小角の使役した鬼だ。なんかむっかついてきた。

「痴女エロ女ですね」

「なんとでも。どうとでも」

 食いつかない。あんまり乗り気はしないけどもこれには食いつくかな。

「お子さんには見せられないね」

 義賢さんの様子が変わる。笑顔が消え、蕩けそうだった目にはっきりと怒りを表した。

 あ。やばい。これは地雷どころじゃなかった。

 触れちゃいけない逆鱗だ。

 辺りの温度が下がる。私の顎先から水滴が落ちた。

 汗じゃない。空気中の水分が飽和した!

「苺!」

 苺はそれだけで後ろのドアを開けざま、待ち構えていた鬼を瞬殺し退路を確保した。

 鞭が襲い掛かってきた。只の鞭じゃない。沸騰した水を纏い、振るう鞭先から放たれる高速回転した水の渦が不規則に辺りを蹂躙した。もう義賢さんに笑顔がない。明らかな殺意だから羅刹眼は使える。

 下唇を嚙む。

 私は知っている。この人の、この夫婦の顛末を。





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