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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第四十九話 岐路


 若干、眼に痛みが残ってるけど、視界に支障をきたす程じゃない。脅威に対して使うか思案しているところ、「失明したお姉ちゃんを庇いながら戦えないよ」と苺から諌められた。全く返す言葉もない。何も出来ない役立たずどころか、足を引っ張るお荷物とか勘弁。

 私が何も出来ない分、苺は奮闘している。ふらつく鬼への猛攻も功を奏せず、虚実織り交ぜた刃を受け流されながらも小さいダメージを積み重ねていたが、いまや完全に受け止められてきた。苺も少し苛立っている様子で攻撃が単調になっているようだけど、おそらくこれ自体がフェイント。タイミングを見計らって変調するはず。

 苺の動きが徐々に止まる。それは葉から落ちる水滴が空中に留まるかのように。そして緩やかな動きに合わせ音にすら静寂を求めた。苺の「刻騙し」は分かってても騙されてしまう。

 それは僅か三秒ほど。体内の感覚と時計を狂わされ鬼の目が戸惑いを覚える。気を戻した頃には喉元が刀で切り裂かれ、辺りを墳血噴出で赤く染めていく。

 納刀し振り返った苺の悔しそうな顔は下唇を噛んでいた。

 世界が時を取り戻し、音が戻る。鬼が数歩後退り、喉元を押さえて酸素を求めた。でもそれは一時の間だけだった。指の間から漏れていた血は瞬時に止まり、目に光が戻った。

「苺! その鬼は超速再生!」

 苺はこちらに視線を向ける事もなく頷いた。防御を一切考えない鬼の攻撃が再開を始め、苺が間合いをずらしながら攻手を誘い、鉄塊に等しい鬼の拳をいなしていく。だけど相手の命を削る以上に回復され、このままだと苺の体力の方が持たない。

 眼を使うしかないと通路に立つが、鬼の姿が消えた。視線を巡らせ鬼の姿の代わりに捉えた苺の視線は私を見ていない。

 肌をひりつかせる鬼の咆哮が背中から届く。

 振り向けない。首筋に鬼の吐く息すら感じられる。

「お姉ちゃん!」

 

 これは死








 全く、世話がかかる。

 目に頼るな、耳で聴き、死を嗅ぎ分け、肌で風を読み、舌で死を味わえ。お前の中に私を残しているんだ。

 そんな事で(・・・・・)お前が死ぬわけないないだろう?

 

 まるで導火線を走る火花のように、膨大な情報がシナプスを駆け巡り、熱を持った血流が体の中で暴れ回ってる。細胞が死に、そして再生を繰り返し新しい素体へと変貌する。生きている間に人間は何度も死を繰り返す。死に手を伸ばすかのように何度も何度も。


 喉乾いたな。当たり前だよね、もう一時間もこんな事してるから早くお茶したい。

 また苺が叫んでる。

 右目の視界に鬼の手刀がわたしの肩へとゆっくりと打ち下ろされていくのが見えた。私の右腕が何かに導かれるような感覚に包まれ、その暖かさに身を委ねた。指先から手首、腕へと流れるように力が伝わり、再び力は自然と指先へと還っていく。

 まるで波のよう。

 鬼の右腕に触れる。熱く、弾けそうな腕に波を伝えた。水流が腕を捉え、波にさらわれる木の葉のように鬼の腕は軌道を逸らした。

 うん。覚えている。先輩のお母さんが教えてくれた技。

 九頭龍口伝「波折り(なおり)」だ。


 そら、奴の重心がブレた。芯をずらせ。力なんて要らないぞ。円と軸は運動全ての理だ。それを理解したならば。


 お前はもう死なない。


 重心を崩され下がってきた背中越しにある鬼の顔面に左肘を打ち込む。右手で角を掴んで背に鬼の胸を乗せる。少し重心をずらし、一気に床へと叩きつけた。とどめに踵で鎖骨を砕いた所で、ふぅ、と息をついた。

 苺が面白い顔であわあわしてる。写真撮りたい。可愛らしい顔が真顔になり、何か言おうとしていたけど慌てて武器を構えて跳躍した。

「駄目!」

 倒れている鬼の首に刀の切っ先を突き立てようとした苺を慌てて止める。

「でも!」

「大丈夫、暫く動けないよ」

「じゃあなおさら」

「ちょっと分かったことがあってね。羅刹眼で殺意が見えるようになっちゃったの」

「昔は違ったよね?」

「そう。転生前は違った。今回は変化したのかな。なのでこの鬼は殺意はもうないの。ただ苦しくて暴れているだけ。でも正気に戻す方法は分からない」

「あ!」

「あ?」

「お姉ちゃん、なんでいきなり強いの!?」

「あー」

「あー?」

「分かんないや。なんかあった気がするけど、よく覚えてない。なんか身体にインストールされた感じ? びびっと出来ました」

「なんてでたらめな自己分析」

 ここは姉らしく腕を組んで苺を見下ろそう。ん、無理だ。私の方が背が低かった。

「出来ちゃったから良いんだよ、ってあだだだだ」

 苺が涙目で「ずるい」と言って頬をつまんできた。本気で悔しがっていると同時に戒めを含んだ、ちょっと怒った苺の目を見て彼女の頭を撫でた。

 本当に心配性だなあ。だけども本当に良かった。この眼はもう殺すだけのものじゃなくなった。私の無意識で殺さなくても済むようになったんだ。

「ふふん、お姉ちゃんについてくるですよ」

 苺は指を離し頬を染めてこくんと頷いた。

 私が男だったら惚れてたよ! いちいち可愛い!

「取り敢えず拘束します」

 苺は鬼を手際よく縛り上げ、通路の中央に座らせた。といっても、それでも座席のヘッドレストより頭が飛び出ている。

「なんか壁になっちゃったね」

「というか盾ですよ」

「捕虜には人道的配慮が必要です」

「人?」

「ううーん。鬼人? ま、これで撃ってこなくなるかな?」

 と前の車両をチラッと見ると側の座席に中身を撒き散らしながら大きな穴が空いた。

「盾にもならないか。多分仲間にも見捨てられたようですね。もとより壊れかけの玩具を廃棄処分したかったんでしょう。って、お姉ちゃん?」

 私が意識を奪った結果で死なれると夢見に悪い。脇に手を回し座席の陰に引き込もうとしているけど、意識がない人の体ってすごい重い。何とか体は隠せたけどあんよは出たままだった。まあ、超速再生だし? 多分大丈夫!

「多分、お姉ちゃん、再生するから多少弾が当たっても大丈夫と思ってますね」

「ぎく」

「意識がないと無理ですよ。お姉ちゃんだって寝たまま羅刹眼使えないでしょ」

「確かに!」

 慌てて通路に出ていた足を折りたたむように座席間に詰め込んだ。

「絵面がヤバい」

「確かに」

 白目を剥いて足を折りたたみ仰向けに転がっている鬼の姿はなかなか見れるものじゃない。すると先程からの既視感の正体に気付き、思わず吹き出してしまう。

「お姉ちゃん?」

「何でもないよ」

「これはまるであれですね」

 まさか苺も気づいてしまったか。

「オムツ交換を待つ赤子のようですね」

 肺の中の酸素を我慢して抑えていたが一気に吹き出てしまう。咳き込みながら苺の背中を叩いたら、意地悪な顔で、

「オムツ」と呟かれ更に酸素が私から抜けていく。多分私の顔は酸欠で赤くなっているだろう。窒息死する前に苺を止めないと。


 でも、それどころじゃなくなった。

 綺麗なお姉さんが鬼の射撃を止め、こちらに乗り込んできた。

「まずわぁ。話し合いましょうかぁ?」

 人と言う容れ物に無理矢理詰め込んだ殺意が腐臭のように漏れ出し、床を這うようににじり寄ってくる。

 

 殺意だけじゃない。

 これは浅ましくも悍ましい食欲だ。













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