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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第四十五話 研鑽


「若様、見えましたぞ」

 朧の視線の先を追うと、高架の上で止まっている新幹線が見える。

 屋根上を連なって走るライト群。

 窓から漏れる閃光。

 連結部から立ち上る煙。

 未だ戦闘中であることにほっとした。外に追い立てないのは羅刹眼から身を守る遮蔽物を確保するためだろう。ホバリングするヘリから続々と投入される鬼達に、中にいる二人は気づいているだろうか。

「後どれくらいで着く?」

「十分程で。持ちますかな」

「朧も見ていただろうが苺は」

 俺の言葉は視界に飛び込んで来た影に遮られた。

 突如現れた鬼の両拳が振り下ろされ、軽装甲車両のボンネットをへし曲げながら地面へと叩きつけられた。それでも勢いが止まらない車両は回転しながら前方へと宙を舞う。無骨な戦闘車は自由落下の末にアスファルトの上を数度バウンドすると火花を散らしながら地面を滑り、ガードレールでようやく動きを止めた。という映画さながらのカーアクションを既に車から抜け出していた俺と朧は、燃え盛る車をいろんな感情で見ていた。勿体ねえとか、ダメになってそうな武器とか。特にカーマニアだろう朧は不機嫌そうになっている。

「やるねえ」

 白髪の鬼がにやにやしながら近づいてくる。警戒も無く無遠慮に、ただ距離を詰める。

 巨漢、巨軀、という言葉が該当するかどうか定かでないその鬼の三メートルはありそうな巨大な体躯からは筋肉の熱量すら感じられる。長い白髪はゴムで無造作に纏められ、雪のような肌に浮かぶ紅い双眸で、薄らと浮かべる笑みは嫌味もなく爽やかさすら感じさせた。

 朧が上着についた埃をぽんと払い、忌々しげに「下郎が」と呟いた。白鬼、恐らく先日襲撃してきた四天王の一人だ。

白鬼(はくほお)、相変わらず礼儀を知らぬな」

「兄弟を殺られたんだ、少しは察してくれよ。この煮え滾った怒りをよお!」

「馬鹿を言え。ただお前は死合いたいだけだろうが」 

 朧は呆れながら溜息をつく。

「ちげえねぇや」

 おおらかに笑うと白鬼は背負っていた巨大な斧を構えた。

「さあ、やろうや。爺の方でも若ぇ方でも、何なら二人同時でもいいぜ」

「死狂いめが。若様、ここはお任せを。姫の元にお急ぎ下され」

「まだ体が馴染んでいないんだろ。無理をしてくれるな」

「勘を取り戻すに丁度いい相手ですな」

 朧の言葉に白鬼が面白げに微笑む。憎めない奴だが体から漏れ出している殺気はマジで笑えん。

「言ってくれるね」

 白鬼は右手で構えていた戦斧の石突をアスファルトに叩きつけると暴力に抗えなかった地面が爆散した。反動で浮き上がった戦斧を中半で掴み、その勢いのままの横振りだけで風が巻き起こる。

 おいおい、振った斧の先が見えなかったぞ。その場を離れることに躊躇していると朧が振り返り、目を閉じ、僅かに会釈をした。これ以上恥をかかせるのは侮辱だろう。

「任せた」

「仰せのままに」

 

 鬼は単に力が強い、だけではない。かつて鈴鳴りと呼ばれた由良は巫術を使いゲーム的に言えば妖術系モンスターだ。無論、我が兄妹達にもそれぞれ特殊な能力がある。白鬼は一見パワータイプだが、あれも妖術系だ。時をも止めると眉唾な噂もある。対する朧は剣士系を極めた剣聖と言うべきか。

 分が悪い。

 ミドルレンジの白鬼と、近接戦闘特化の朧。朧が得意とする間合いに飛び込めれば分は有るが、白鬼は容易に近づけさせないだろう。瞬歩なら上位の鬼なら当然のように使い、瞬間と刹那の間の駆け引きが交差する高速戦闘に初老の人の体を持つ朧が対応出来るのか。

 だけれども、と俺はそこで少し笑う。何のことはない、それでも朧が負ける事が想像つかないのだ。

 俺は切り替えて空の元へと駆け出す。うむ、身体は軽い。地を蹴る足先が地面を捉え一歩ごとに歩幅が伸びていく。

 アメフトに明け暮れた日々。滝のような汗を掻きながら天を見上げ、負けた試合にすら満足した。悔しく無かったわけではない。だが今ならわかる。あの時の俺は負けても失うものがない事に安堵していたのだ。

 今この時。

 負けることは許されない。

 アスファルトを砕き、放置された車の屋根を潰しながら、ただ、駆けた。



 もう若様の気配はない。これで遠慮なくやれると言うもの。心配げに見られでもすると、つい雑に戦い無様な姿をお見せしようものなら切腹ものだ。徐々に力を取り戻す? そんな悠長な事は言ってはおられまい。奴の滾る殺気で鬼の息が己からも漏れ出している。

 ははん、儂もまだ若いということ。

 腰を沈め、若に授かった刀を左に備え小指からゆるりと柄を握る。肺からゆっくりと息を吐き出す。徐々に長く、細く。

「爺さん、何者だ」

 白鬼から笑顔が消え頬から冷や汗を流している。ああ、良い武者だな。刃を交える前に相手の力量を推し量るのはただの匹夫でない証。

「九頭竜が一柱、朧が罷り通るぞ」

「は? おぼ」

 言葉は継がせない。抜刀からの一閃は白鬼の頬を裂き墳血させ、納刀から次なる抜刀は刹那、喉元を小さく裂いた。

 後方に逃げる。反射的にそう動くであろうと思ったのは油断以外何物でもなかった。

「消え」

 不覚にも言葉が漏れた。脇腹に熱。斬られたかと確認はしない。鞘を背骨に沿って立てると戦斧の衝撃が脊髄を軋まさせた。勢いを利用し前方へと体を投げ、両足が地面を捉え滑っていく。この背中を追ってきた白鬼が刀一振り分の距離で動きを止めた。刃を挟んだ左脇下から伸びた刀身の切先を顔を背けながら「おおこわ!」と言い放って避けた。

 予測出来なかった反撃に体勢を崩した白鬼の大きな隙を見逃すほど寝惚けてはおらぬと脇下に刃を挟み、我が身を鞘とする抜刀術″雪崩れ″で背後の白鬼へと刀を走らせる。だが既に姿はなくソニックブームを発した刃が空を切った。いつの間にか左前方に姿を現した白鬼のまだ余裕がある顔面に隠し袖に仕込んだ袖鎖を投げ放った。人が使っても殺傷力の高い武器を鬼の膂力で投げ放ったのだ。刀で受ければ刀身は折れ、身で受ければ裂けるどころか、その部位を吹き飛ばすだろう。

 鎖分銅。

 九頭竜家で用意されていた武器だが古き伝統と技術を軸に最先端の素材で鋳造され、質量そのものが恐るべき兵器と言っても過言ではない。現に儂が放った分銅はアスファルトを穿ち、布地に鋏を入れたがごとくに地面を切り裂いた。

中距離(ミドルレンジ)もありかよ!」

 白鬼の楽しげな声。やはり躱されたか。そもそも躱していたのかも定かでない。だが投げた直後の違和感は奴の能力の発露を示している。


 時間を盗んだか? いやこれは。

 手首を翻すと細めの鎖が金属音とモーター音と共に肘に備えている隠し袖に収納され、背に仕込まれている軽金属のレールに沿って収まった後にがちりと固定された。その十メートルにも及ぶ鎖はそのまま背を守る防具となり攻守を担う鬼人専用の鎖帷子とも言える。

「ふむ」と、腰を沈め十メートル先の白鬼に半身に構え腰を落とす。

 黒革であつらえた柄巻きを指先でなぞる。

 うむ。良い仕事だ。菱形も均一に整えられた摘み巻きは卓越した技術を物語っている。お主を帯刀する資格があるか儂を見極めよ。銘は、そうだな。

「次、お主の攻撃が当たらねば、もうお主に勝ち目はない。詰みだ」

「おいおい爺さん、舐めれば治るような切り傷で勝ち誇るのかよ。本当にあの朧(・・・)さんかい? 疾風迅雷と唄われた?」

「はん、二つ名なぞ知らんわ。儂はお主より強い。それで充分」

「じゃあ、その二つ名は俺が頂く!」

 苦無を投げるが当たり前のように避けられる。小馬鹿にするように微かに鼻で笑われたが気にはしない。目的はそこじゃない。

 白鬼が再び消えた。

 ただの高速移動や瞬歩の類ではない。ましてや瞬間移動でもない。その動きは点と点とを結ぶ確かな移動術。投げた苦無は街路樹の枝を落とした。その枝は落下中に白鬼と同時に消えた。

 五感を奪い取る。

 千年前の医学では推し量ることすら叶わなかった脳神経の存在を己の術で知覚しコントロールまでに至るそれは最先端医術に準ずる呪術とも言えよう。だがその術は現代の脳外科手術と比べても遜色ない。巫術の組み立てと施行は繊細かつ恐るべき正確さを持った技に至るまでのその研鑽は賞賛に値する。

 ついてこれるな? 紫電よ。

 柄から伝わる脈動を感じる。それが返辞と受け取るのは己の想像だったとしても、鞘が、柄が、刀身が打ち震えるているのは真。

 ならば奥義を持って儂も応えようぞ。

 白鬼は次に起きたことを認識できたかどうか。鞘を走る金属音と鞘に収まる鍔が鳴らした小気味が良い金属音は同時に鳴ったとしか聞こえなかったであろう。

「無拍子と言う。お主が満足出来た斬り合いだったのなら幸いだ」

 白鬼は切り落とされた左腕と裂かれた腹部を見た。溢れる血が抑えた指の間から漏れ出す。

「バレたところで対応出来るわけがねぇだろう。五感を失ってなぜ動けた?」

「うん? お主は未だ五感が必要か? 未熟者めが」

「あの人みたいな物言いだな。負けだ。次の転生で再び相ま見えよう」

 刀を振り血を飛ばして鞘を鳴らす。此奴は、いや此奴らは気付いておらぬのか。

「どうも儂はお前さんを気に入ったらしい」

「そりゃ、どうも。てことは楽に殺してくれるということか? ありがたいねえ、涙が出てくるわ!」

 侮辱と取るか。ますます気に入った。

「そうだな。儂の無礼、失礼した」

 頭を下げる儂に拍子抜けしたかのように溜息をついた。

「なんだよ、じいさ、いや朧殿。俺を斬らぬ理由はなんだ」

「お前を気に入った。弟子にしてやる」

「はあ!?」

「どうせ茨木童子側についてた理由は馬鹿げた理由だろう。わしらの方があやつらより強い、故にお前さんは強い奴と斬り合いたかったとか、な」

「だが俺はただの人間、鈴鹿御前とかにやられたけどな」

「それは恥じなくても良い。あの御仁は恐らく神人だ。それはともかく、だ。今回の戦は転生はないぞ」

「いま、何と?」

「そのままの意味だ。死んだらこれっきり、この器で(・・・・)終わるんだ。次なんてない」

 白鬼から笑みが消え、眉間に皺を寄せた。


 

 







 

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