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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第四十三話 帳


 怖い。

 でも何が怖いのかわからない。苺が鬼の刀をいなす時の金属音? 多分違う。苺が死んじゃうかも知れないのは怖い。でも今感じている恐怖はそれとは違う。先輩のお母さんから数日間だけ習った護身術が役に立つわけがなく、苺の背に隠れて悲鳴をあげないでいるのがやっとだ。

 銃弾すらクナイで弾く苺を見て感嘆する暇もなく、目を閉じずに相手の位置を把握しながら立ち位置を変えていくのがやっとだった。


 三十分前。


「お姉ちゃん、鬼が来ます」

 座席から立ち上がった苺が私を見下ろして微笑む。

「何のことはありません。元々私の仕事ですから安心してください」

 そんなわけない。目の陰りが全てを物語っている。

「一旦、外に出ましょう」

 私の手を引く苺を留めるように引いた。

「お姉ちゃん?」

「新幹線の車内なら前後を気にするだけでいいと思う」

「なるほど」

 くすりと笑いながら苺が頷いた。

「どうしたの?」

「綾姫を思い出しちゃったんです。本当に凄かったんですよ」

「槍使い、だっけ」

「そう。長尺の獲物を振り回すお姉ちゃんはかっこよかった」

 まだ実感が湧かない。先輩が言うには体が思い出すらしい。でも今生の私は体小さいし、どんくさいし。思い出したとしても何にも出来ないと思う。そんなイメージなんか欠片も出てこない。

「ごめんね。頼りっぱなしで」

「ううん、私は嬉しい。死にかけた私を幸せにしてくれたお姉ちゃんを、今、私が守れるから」

 私より背が高い苺の胸に顔を埋める。

「昔の話だし。いい? 無理しなくていいから。駄目そうなら苺だけでも逃げるんだよ?」

「そう言われて逃げると思う?」

「だよね」

 多分私は今泣きそうな顔してる。一生懸命に力づけようとして明るく振る舞っている彼女に気の利いた言葉も出てこない。

 私は何も出来ない。だから先輩から逃げ出した。そんな甘えてばかりの私を先輩は抱き止めてくれたのに、お礼も言っていないし、気持ちも伝えていない。


 そして。


 さよならも言ってない。


「きたよ」


 前方のドアの向こうに兵士が数名見える。映画で見るようなアーマーで全身を覆い銃を構えて前方車両から乗り込もうとしている。

 先程、苺が前後のドアをワイヤーで固定していた。

「迂闊に触れると指が飛びます」と言いながら最後に指向性の対人地雷とか何とか言って物騒な爆弾を仕掛けていた。

「苺、普通の女子高生はそんなもの持ち歩きませんよ?」

 きれいな横顔を見せ妖艶に微笑んだ苺は、

「これから見せるのは本当の私です。私の事、嫌いになるかも」

 悲しげなその頬を両手で挟み首を横に振る。

「ならない。絶対に」

と包む手をそっと触れながら苺は頷き、「沙耶は参ります」と囁いた。

 鬼狩りの名を今ここで口にしたのは覚悟の現れだ。次の言葉に何を選ぶか悩んでるうちに兵士が前方のドアを開けた瞬間に生じた爆発に言葉を失う。体を衝撃で壁に打ち付けられた兵士の数名は血に塗れた顔と弾けたプロテクターの合間から覗く血が滲む爛れた皮膚をものともせずに立ち上がった。

「おい、相手はただの女子高生って話じゃなかったか?」

「武器を持っていようが所詮、人間だ。この傷はあのロングで補うさ」

「どっちを殺しちゃいけないんだっけ」

「ロングは殺していい。ショートは生け捕りだ」

「ねえ」

「ただ、殺してはいけないが壊してはいけないとは聞いてないな」

 嫌な笑顔を称えた三つの頭のうち一つが、胴体から離れ座席の上に転がり落ちた。残った者の視線は首の落ち着き先を追う。

「話を聞きなさい、馬鹿なの?」

 しばらく事態を把握できずにいた一人の兵士が仲間の名を呼び叫んだ。

「このガキがあ!」

「ベータ、早まるな!」

 ベータと呼ばれた男は腰の後ろに備えていた大型のナイフを取り出すと同時に左右のシートをバネしてこちらへと飛んでくる。五メートルと迫ると勢いのまま上下に分断された体は放物線を描き嫌な音を立てながら床へと転がり落ちた。生肉を床に叩きつけた様な音に、顔をそむけ目を逸らした。勢いを失ったあたりの空間にあると知っていないと認識できない糸のようなものに血が伝ってボタボタと床に落ちている。指が飛ぶどころじゃなかった。

「そうか、お前は鬼狩りか。糸を使うならアラクネだな」

「そんな風に呼ばれていたんだ」

「なら、少し趣向を変えよう」

 男が指を鳴らすと車内の非常灯が全て消えて、闇に包まれる。まだ他に仲間がいると思うと少し焦りを感じる

「苺!」

 名を呼ばれた苺の影が振り返り微笑んだ。白い歯が闇に浮かび、瞳が赤く輝く。

 銃撃音が響き、苺の周囲で火花が散った。

「化物か!」

 壁に投げ捨てられた銃の落下音と共に男の声が近づいてくる。火花が微笑んだ苺の顔を一瞬照らし出す。逆手に握ったクナイで黒い刀を受け止めていた。

「おま、え、鬼か? 鬼が鬼を殺しているのか?」

 連撃の攻め手を受け流し、刀身を滑るクナイが金切り音を立てながら鬼兵士の刀の鍔ごと指を切り落とした。

 静寂と闇が車内に満たされた。男の激しい息遣いは聞こえるけど苺の気配が全く感じられない。死んではいないのは分かる。だって満たされている気配はもう一つある。

 これは死の匂いだ。先輩は苺の強さを語ったことがある。

「苺は底知れない怖さがある」

 妖怪、猫又。それは知られざる魔の存在。

「ようこそ。私の領域(なわばり)に」

 その声のする方に刀が振られ何かが斬られた。重量物が床に落ちた音が聞こえたが多分背もたれの一部。クスクスと笑う声に鬼兵士が苛立つように声を荒げた。

「アラクネじゃない。お前はチェシャ(笑う猫)だな」

「その名はちょっとお気に入りです」

「化け猫め」

 小さな金属音の後に何かが転がってくる。それはすぐさま炸裂して耳を劈く音と閃光が車内を満たした。後ろから抱き抱えられ、柔らかい手が目を覆ってくれたお陰で目を潰さずにすんだ。その手はすぐに消え、苺が鬼兵士へと飛びかかる後姿を見る。男の両肩を足場にして足の間にある首をあらぬ方向へと捻った。二人が崩れ落ちる中、苺は勢いで倒れた鬼の腰に跨りながら首筋に刃を当てていた。鬼が自由にならない首を忌々しげに舌打ちすると諦めたように溜息をついた。

「やらんのか? 尋問は無駄だぞ」

「でしょうね。あと一人は後続と合流?」

「尋問は無駄と言ったが?」

「ただ聞いただけ」

「今殺しとけ。面倒にならないうちにな」

 死の恐れも感じない男の言葉に苺は眉を顰め、舌打ちをする。

「だから鬼は嫌いだ」

 苺は立ち上がると刀の鞘を探した。どうやら気に入ったらしいのか、刀に魅入っていた。

「俺の背だ」

「ありがと。お礼に一つ。あなた、誰を襲ったか聞いてないでしょう」

 鬼兵士は何も語らない。そういう世界の人間だと、そうなんだろうなと漠然と思う。

「羅刹眼の前にあなたは立っているの」

 男の表情が急に変化した。

「お前がそうなのか」

「その問いはあまり意味をなさないかな」

「そうだな。俺等は踊らされたというわけだ」

 苺が男の喉元のスイッチに触れ、催促するように顎をついと上げる。兵士は暫く躊躇っていたが口を開いた。

「こちら、アルファ。全員撤退しろ。相手は羅刹姫だ。無駄に死ぬな」

 満足したかの様に自分の胸を天井に向ける。頚椎も砕かれ、もはや身体は動かないのだろう。

「礼を言う。お前が殺してくれて助かった」

「来世は違う世界が待っているよ」

 そう言うと男の胸に刀を突き立てた。

 

 鬼の死に目を背けなかった。慣れてきたわけじゃないけど、まるで儀式めいた命のやり取りから逃げるのは違う。

 もしかして命を取りに来た者に怒りの感情があったのだろうか。理由があって私達を襲ってきたけど、私達には理由がない理不尽に腹が立ったのだろうか。

「お姉ちゃん。あいつらまだ諦めてない」

「この眼が怖くないのかな」

「多分信じてない。羅刹眼ならすぐに片がついていたはずだと考えたのかも」

「使っても使わなくても死を呼んじゃうんだね」

「お姉ちゃんのせいじゃない。あいつらは命に重さを感じていないから」

 そう言いながら立ち上がると息を整える苺は刀を構え次の襲撃に備えた。


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