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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第四十二話 偽りの闇夜

 

「朧、実際どれくらいの人数が鬼になったと考える?」

 そう尋ねると装甲車のスピードを緩め、少し思案したあと困った風に笑った。

「見当もつきませんな。まず鬼化する条件が不明なので」

「確かになあ」

「まず鬼籍の定義です。血があれば鬼なのか? 記憶の継承が条件なのか? ならば記憶を思い出せない鬼は昨晩の草薙の波動が必要なのか、と疑問はいくつも浮かびます。だが安芸殿は波動以前に目を覚ましています。あまつさえ組織化されている。誰が何のために密かに築きあげてのか。父上の者の目を避けるように動く必要があったのかが分かりません。現代兵器が発達したとはいえ人間ですぞ。鬼ならば抵抗をする人間なんて、障害にすらなりませぬ。鈴鹿御前のようなお方が多くいたとは思えませんしな」

「怪異対策室から逃げるためではないのか」

「ここに至るまでに鬼の気配は安芸殿を除けばほとんど見られなかったでしょう。恐らく血が濃い者は何者かが起こして回り何処かに集められていると考えると少し厄介ですな」

「じゃああちこちで目覚めた鬼が無差別に人喰いまくるのは、そんなにないわけか」

「目覚める時間差があるのなら楽観できません」

「そう、だな。にしても静かすぎる」

「二日前の波動でも記憶を持つ鬼のどれだけが目覚めたでしょうなあ。」

「俺たちみたいな因縁を抱えた者だけが……そう考えると数は限られるな」

「故に恐ろしい。未練を抱えた者、欲望を満たせなかったもの、悔恨根強い者。どれをとっても厄介な相手となりましょうぞ。それに安芸殿の様に現代の武器を使う鬼がいるという事実が問題です。これまでの時代の武器と比べ殺傷能力が桁違いな上に戦術も武器に合わせて洗練されております。数が少ないとはいえ、鬼には現代人には為す術もないでしょうな。素手でも人は紙きれの様に容易く裂かれ殺され犯され、暴虐の意味を垣間見るでしょうな。私なら千人ほどで日本を落とせましょう」


 窓の外を見る。現代社会の恩恵を受け夜でも昼間さながらだった街が今は家屋が燃える点々とした炎と、避難を始めた人々の国道に連なる車のライト以外光源はない。その流れに乱れがないのは無差別に鬼が暴れているわけではない証左だと思いたい。しかしその炎もいずれ静まり、月明かりが頼りの世界に戻るのだ。

 

「鬼は何のために生まれたんだろうな。いや、作られたんだろうな」

「不明瞭な事に憶測を言っても無駄とは思いますがね」

「人も転生しないわけじゃない。鈴鹿御前の例がある」

「鈴鹿様は純粋な人ではありません。神の血流、神籍かと。そもそも転生すら怪しい話なのです。血筋によって転生するならば現代風に言えばDNAに鬼因子を埋め込む能力が鬼の転生かと」

「一気にロマンが蒸発したなあ。それだと鬼の自覚がないと転生できないじゃないか。親となった鬼が口を閉じれていてば、子はそのまま人間てことじゃないか?」

「若、一つ聞いてもよろしいかな? 記憶の中に死の間際や老いたご自身に、お心あたりがありましょうや」

 思えば沸き起こった夢の中にはない。どの記憶にも家族に見守られて往生したとか、そんな記憶もない。若い頃とか小さい頃の記憶ならある。だが老いた時の記憶がないのだ

「そういう事か。記憶の継承は子を成した時点の記憶しかないってことか。鬼因子の埋込は正しいのかもな」

「あ、いや……」

 そこで朧が押し黙った。

「どうした?」

「若は、その、これまでの転生中に鬼の記憶を取り戻したことは一度もなかったのです。空様もそうでしょう」

「朧たちは?」

「我らは生まれた後に魂を分籍し、若についておりました。時代によっては各々時期がずれておりましてな。常にいたのかは我々でも把握しておりません」

「今生は何故、同時なのかな」

「それが一番の謎ですな」

 俺は背筋が凍るのを感じた。俺のあまり中身がない脳が叩き出した危惧が憂慮であって欲しい。スポーツ推薦でしか大学に入れなかった俺の脳みそよ、今回も活躍してくれ。

「それは波動がなかろうが記憶がなかろうが今生は鬼化するって事じゃないか?」

 朧が冷汗を流して俺を見てくる。

「若、今生は偶然じゃない、仕込まれてますぞ」

「草薙が?」

「草薙はきっかけでしょう。ならば起きたのは草薙だけじゃない、あやつらも」

 ぞっとした。酒呑童子や茨木童子、大嶽丸までもか。

「少なくとも日本は終わる、な。世界はどうなってるかわからんが日本がおかしいことに気付いてアメリカとかが介入してくれれば」

「若、お気づきでしょうが介入とは名ばかりで第二次世界大戦の時の様に、世界各国は我々を封じ込めますぞ。私なら核を撃ち込みますがね」

 あれ? 詰んでね?

「その証拠に米軍のヘリや航空機、ドローンがやたら飛んでいますからな。衛星もいわずもがなでしょう。となると彼らも鬼の存在を把握していると考えるのが自然かと」

「うちの父親の組織と連携しているとか?」

「どうでしょうな」

 朧に言われて夜空を注視する。確かにヘリの動きが見える。が、降下しているわけではない。

「なんでこんなことになったんだろうな」

「問題はそこじゃありませぬ。何でこんなことをする必要があるのかって事です。鬼の世界が蘇れば我々は世界の敵になる。何のメリットもない。一つ突拍子もない事を言いますが、もしやそうなったとしても、なんとかできる(・・・・・・・)算段があるとしか思えません」

 いくら鬼でも核には耐えられない。我々は生物学的に上位であるって事だけだ。

「なあ、朧。鬼は日本だけじゃないよな」

「世界各国に伝承が残っています」


 まさかな。

 再び窓の外を見た。闇に沈んだ街は無機質に見える。

 草薙よ。お前はどこまで世界を憎んでいる? 全てを飲み込むほどにその闇は深いのか?

 我らの苦しみを一人で受け止めていた、誰より、何より、優しかったお前。人の中でも空を愛したお前が何をそんなに苦しんでいるんだ? わからないよ。だからお前にも会いに行く。会って話そう。

 何か話かけようとした朧が、開きかけた口を閉じて代わりにアクセルを踏み込んだ。


「空、無事かな」

 答えを期待して発した言葉じゃない。つい出てしまった言葉を朧はただ受け止めていた。



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