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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第四十話 焦燥

「若様、少しは自重なされよ。あれが再び敵にならぬとは限らないのですぞ」

 俺は手に入った銃を眺めていたが「わからん」と言って由良に放り投げた。受け取った銃を弄り始めた由良は銃からマガジンを取出し残弾数を調べ、再び元に戻してから銃の上部をスライドしてから安全装置とやらを確認して背中側の腰のベルトに差し込んだ。

「お前、高校生だよな? なんで使い方知ってるんだ」

「リアル系のFPSやってたんで」

「お、おう。何だか分からんが今時の高校生は凄いな」

「若、話を聞いてくだされ」

 朧が本気で怒り出しそうな勢いなので向かい合う。だが腕を組んで思案したところで朧が納得する答えが出そうもない。

「俺にもわかんないんだよなあ。だけどさっきのはあれで良かったんだ思っている。さっきも言ったけど、うんざりなんだよ。生きるか死ぬか、勝つか負けるか、とかさ」

「されど草薙めはそれで納得はせんでしょうに」

「だからな、俺は全員が勝つ方法を考えたい」

「全員が? それはどういった事で?」

 一時、沈黙した。答えを探すが見つかるわけもない。俺が言ってることは夢物語で現実逃避に他ならない。

「一つ言えるのは、今は神代でも戦国でもなく、明治維新でもない。……俺達が今迄、成し得なかったのはいつも同じことをやっているからだ。だから今生は時代に合った動きでないと、また繰り返すだけなんじゃないかな、と思っているわけだ。何が何でも勝つ、て所を考え直したい」

 朧は顎髭の先を弄りながら深く考え込んでいるようだった。

「得心というわけではないですが……。ふむ、若様が考えもなしに風鈴殿の思考に引きずられているのではないかと、少々不安になり申した。お許しくだされ」

「なあ、朧。俺は草薙ですら殺したくないんだよ。そう言ったら皆は俺を見捨てるかな」

「あれを生かすには世にとって良いものではありません。ですが若にとって草薙は一番近しい存在ですからな。心情は納得はできなくとも理解はしております」

「分かってはいる。いつかは答えを出さないとな」

「差し出がましい事を申しました」

「いや、構わんさ。俺を止めるのは朧の役目だから」

「滅相もない」

 俺は車の鍵を朧に投げ渡した。

「免許持ってるけどペーパーだから任せるよ」

「本当に私が運転しても?」

 なんぞ? と疑問を持つより理由を尋ねておいたほうが良かった。誰に想像ができよう? 朧が現世ではスーパーレスキューのトップとか、現役時代、救急車両は全て乗りこなし、何人たりとも影すら踏めなかったとか、兎にも角にも今まさにその逸話の証明しているわけだ。転生体たちは人間体でも目覚ましい活躍ぶりだなぁ。

 五分後、俺と由良は装甲車両の後部座席で人生初の車酔いで吐く寸前だった。「体は重いが良い車ですな」と嬉しそうにアクセルを踏み続けている朧が恨めしい。「うははは」とコーナーの度にタイヤを鳴らし笑いながらドリフトを決める。朧に子供のような一面があるとは、やはり転生の度に人は変わるものだなと思わざるを得ない。とはいえ朧を諫めるつもりもなく、ただ空の乗る新幹線へと一秒でも早く着くには我慢しかとか思った矢先、涙が出るほど嗚咽しまくっていた由良がとうとう吐瀉物をぶちまける。

「ごべんばざい」と、もう怪しい日本語しか出せない由良が不憫だ。


「朧、少しだけスピードを抑えてくれないか。時は惜しいが着いたときに戦えない状態じゃ意味がない」

 バックミラーを見て由良の様子を伺った朧はアクセルを緩め、すまなさそうに表情を曇らせた。

「分かり申した。由良殿、すまぬな」

 えへへと笑う由良の顔が再び青ざめ、俺の膝に温かいものを振りかけた。必死に謝りながらタオルで汚物を拭き取る由良に苦笑いで答え、朧に車を止めるように言う。

 車の屋根に登り、辺りを見回す。

 ベッドタウンの一角なのか高いマンションがちらほら見える。上に登れば様子を伺えるだろうが、そこまでの時間はないか。ふむ、とひとりごちたところ背後から由良が謝りながら車から出てきた。

「ほんとにごめんなさい」

「気にすんな。それより屋上に居た安芸さんを捕まえたとき、かなり早かったよな? エレベーター止まってただろ」

「普通にベランダを一階づつ飛び上がって行きましたよ」

「それは普通か?」

 由良は苦笑して「違いますね」と言うと、

「それが出来ちゃうのが体が知っていました。迷いもなくやってたけど、知らない記憶は、何と言うか認識のずれ? とでも言うんですかね。それが少し違和感として纏わりついて、たまに判断が遅れます」

「それな?」

「ナナキ様も?」

「朧もだろ?」

「私はお二人より転魂が遅いので、今でも違和感どころか、自分以外の皮を着て動いているような錯覚を覚えます」

「やはり今生は違うな。何か変化がある。現世の魂が濃ゆいんだよ。以前の朧も乗り物、特に馬を好んでいたが、今回は馬より車だろ」

「確かに。現世の経験、常識が今の自分を形作って、その中に以前の記憶が佇む、と申しますか」

「今までにない感覚だ。今生は荒れるぞ」

 由良は腰の刀に手に添えた。

「それは今迄は味方だと思っていた者が敵になっている可能性もある、ということですか?」

「どうだろな。それ以前に現世の倫理観がどう影響をあたえるのかもわからん。敵とか味方とかいう概念もな」

 由良が不安そうに天を仰ぐ。

 由良と鈴音の結びつきは強い。千年も魂が寄り添っていたのだから今の喪失感は想像もできない。

「鈴音はお前を探しているさ。あいつは変わらんよ」

「でも僕はこんな風になってしまった。気づいてくれないかもですよ」

「お前は変わってないよ。何一つ、な。必ず見つけるし、向こうも気付くはずさ」

「ですよね! ナナキ様と綾姫様みたいに!」

「うっく」

 俺は気付いていなかったけど!

 てか、お互い気付いてなかったな!

 由良が細目で俺を見て、

「まさか」

「さあ、行くか」

「待ってナナキ様、すぐ綾姫見つけたんですよね??」

 俺は立ち止まって少年の頭に手を置いた。

「まあ、些細なことだ。この千年の時間の流れに比べれば、数年の時なんてな」

「僕不安になってきました。鈴音ぇ……」

 朧がやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

「由良殿、心配召されるな。お主ならこの状況で鬼を探すならどうするかな」

「えっと鬼同士の戦いになってそうな騒ぎの場所に、あ! そういうことですか!」

「そ、そうだぞ。いずれにしろ鬼同士は知れずと集まるのだ」

「ナナキ様……結構……」

「いやな? この手の話は苦手でな。いつも奏にからかわれていたよ」

「奏さん?」

「ああ。今動いている理由はまず友人を保護するためだ」

 何様だよ、俺。

 確かに今はこの状況に対応できるのは俺らくらいだ。それでも保護とか守るとか、違うんじゃないか。日本の自衛隊や警察官も全てが鬼になったわけじゃない。殆どの人が彼らを頼るだろうし、自ら武器を持って家族を守ろうとするだろう。


「一つ考えがあります!」

 奏の良く通る声を思い出す。

 地面に膝をつけた巨人(プレイヤー)達に囲まれる中、左手を腰に当てて右人差し指を天に突き立てる。劣勢に動じないドヤ顔で俺たちを見回した。隣で空がバインダーを胸に抱えて眉毛をしかめる姿は毎度の光景だった。空なりのドヤ顔だったらしい。


 思わず笑い声が漏れてしまった。

「大事な人なんですね」

 俺は由良を見ると彼のうんうん、と頷く姿を見て悟った。そうか、これは難しい話じゃない。

 由良の言う通り、単純な理由だったんだ。助けに行くのは俺が鬼だからか? 

 違うな。人間の体でも同じ事をするさ。

「だな。ここからそう遠くない。後少し我慢してくれ」

 俺の後に続く由良に助手席を勧め、後部座席に身を滑り込ませる。

 遠くの燃え盛る街並みを見て不安が募る。

 だが。

 彼女が震えながら膝を抱えてうずくまってるわけない。八月朔日奏(ほずみかなえ)の強さは良く知ってるさ。


 少し運転が大人しめになった揺れる車体に身を委ねていると睡魔が訪れる。

 引き留めもしなかったくせに空に会いたい気持ちが沸き起こり、そんな苦々しい気持ちを抱きかかえながら睡魔に勝てずに眠りに落ちてしまった。



 


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