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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第三十九話 鬼人

 差し伸ばされた手を握り、力強く引っ張り上げられる、その力に頼もしさを覚えたと同時に、心の中の隙間にカチリとはまり込む一体感に戸惑う。かつては共に肩を並べ刃を絆とした頼もしい兄弟。まあ、見た目はイケオジだが。

「こっちでは少し若いな」

「転魂の際、母君が急死されて待たされる事に。まあ何れお話をする機会がありましょう。それより、過ぎる迂闊の弁解もございませぬ」

「いや、まさか首を飛ばされても逃げるとか俺も想像できなかった。もう一人の気配をすっかり見失ってた俺の失態さ」

「敵は鬼だけではござらんな」

 義覚の死体は俺の足元にあったはず。立つ瞬間の意識の隙間を縫って死体を持ち去った術は九頭竜の歩法に近い。その意味は俺の首もいつ斬られてもおかしくはなかったって事だな。隠形特化の能力なのだろうが、死体を運びながらは攻撃出来ないのだろう。

 一つの気配に朧が警戒するので手で制止した。

「お知り合いで? 只事じゃない気配ですが」

 気配が実態となり俺等に近づいてきた。身長百六十も満たない由良が両肩に大柄の兵士を担いで歩いてくる。

 朧が俺の言葉を聞いていたにも関わらず、腰の刀の柄を握った。明らかに敵である兵士にではなく、爽やかな笑顔の少年に警戒し、その額に汗を浮かべる。

「朧、よせ。お前なら勝てるかも知れんが、代償は大きいぞ。俺も死にかけた」

「な! あの少年が鈴鳴りと申しますか!」

「そ。まあ、この間より縮んでるがなあ」

 由良は頬を膨らませると、

「酷いですナナキ様、僕だって気にしているんですよ」

 由良とのやり取りに朧がようやく柄から手を離し、溜息をつく。

「生け捕りとか、良くやるなあ」

 由良は「えへへ」と照れると兵士を地面に置いた。後ろ手に縛っているワイヤーは先程、由良に与えたアラミド繊維製で鬼といえど容易くは切れないものだが、手首ごと持っていかれる覚悟があれば、拘束から逃れる事も出来る。

 生粋の鬼ならば、な。

 恐らくは半覚醒か、乗っ取った身体に未だ馴染んでいないか、どちらかだろう。

 目を覚ました兵士が身動き出来ない状態を確認すると笑いながらつばを吐いた。

「何も喋らないぞ」

「そうか」

 朧が兵士を蹴って仰向けにすると、右膝を上から蹴り砕いた。スーツ姿の朧はポケットのハンカチを取り出して暫く見ると元の位置に戻し、路上に響く兵士の叫び声を侮蔑を込めて見ながら身近にあるポストから郵便物を拝借した。

 兵士に跨り、包装を破き丸める。その間、目を離すことはなかった朧の眼が黒目に赤の光彩に変貌し、兵士を冷たく見下ろす。

「鬼の体に戻って蛮勇息巻いたか?」

 喉を叩き口が開いところに、丸めた分厚いカタログを力強く口に押し込めた。上唇が裂け、前歯が数本折れて喉の奥に押し込められた兵士が声にならない悲鳴を上げた。

「話さないなら喋る口なぞ必要あるまい。されどラッパは吹けようぞ。いい音を鳴らすが良い」

 そう言いながら鎖骨を細かく刻んで折っていく。

「あー、これは子供の教育に悪い。由良、席を外そう」

「そうですね。僕がいると朧さんが遠慮してしまいますもんね」

 その言葉を聞いた兵士が激しく首を振った。

「黙れ、いい加減耳障りだから御仕舞にするぞ。それとも何か忘れていた事を思い出したか?」

 兵士は涙目で頷くと、朧が深く溜息をついて「手を掛けさせおって」と言いながら口の中から筒を引き抜いた。

「仲間は何人だ」

「十六」

「草薙含めてか」

「その名は知らん。義賢という女に雇われた」

「残りは何処だ」

 兵士は言い淀むと喉の奥の血を顔を横に倒して吐き出した。既に抵抗の意思は消えているが朧は警戒を緩めない。

「京都に向かう新幹線を追っている」

「標的の名は?」

「空という小娘だ。死を撒き散らす女と聞いている」

 その言葉を聞いた朧が拳を振り上げたところで手首を掴んだ。

「若、もう十分で御座いましょう」

 兵士が顔を背け、目をつぶり死を待っている。屈強な体格を持つ男がガタガタと震えていた。

「ああ、もう十分だ。あんた名前は?」

「安芸」

「安芸さん、俺等は鬼だがな。この世は平安でもなく戦国でもない。殺し合うなら鬼同士だけにしよう」

「俺を殺すのか」

「いいや」

「若! 戯言を!」

「言ったろ。もう沢山だ」

 馬乗りになってる朧を立たせると安芸の上半身を起こして拘束を解いた。安芸は手首を擦りながら俺を訝しげに見てくる。

「どういうつもりだ」

 俺は肩をすくめ、

「殺し合うのは鬼同士って言ったが、出来ればやり合いたくない」と、そう言って頭を掻いた。

 安芸は暫く地面を見ていたが顔を上げてポケットに入っていたキャップを被った。

「最初に出会ったのがお前だったら人の心を捨てることもなかったのかもな。お前の名は? いや、現世の名は知っている」

「前世は……ナナキと呼ばれていた」

 安芸はあんぐりとした口を慌てて塞ぐと外国語のNGワードを喚き散らし始めた。

「あのクソ女! では何か? 空という女は綾姫か?」

「お、おう、そうだ。お、お知り合いでしたっけ?」

「鬼がお前らの名を知らぬことがあるか。くそ、超VIPじゃねえか。勝てるわけがねえ。ということは草薙ってあの草薙か」

「ああ。あのっていう意味がよく分からんけど」

「お上の連中だったお前らにはわからん話だが、いかれ九頭竜の中でも一番いかれてやがるのは、草薙ってのは赤子でも知っている」

「いかれ……そんな風評被害が」

「ま、下っ端の俺等には関わりたくない話だ。俺は抜ける。まだ死にたくないからな」

 安芸は腰の銃やらナイフやら放り投げて両手をあげる。さすが鬼だ、鎖骨はもうくっついたらしい。

「鬼は人を食わなくても生きていける。我慢が必要だが無理じゃない。だから安芸さん、あんたが人を食うことがあるのなら、また会いに行くよ。この朧が」

 立ち去ろうとした安芸が振り返ると鍵を投げて渡してきた。

「この先の車を使え。武器も多少ある」

「一緒に来ないか?」

「若!」

 安芸は苦笑いすると首を横に振る。

「言ったろ。俺は命が惜しい。だからそこの朧さんに睨まれないように大人しくしてるよ」

「そっか。安芸さん、自衛隊員だよね?」

「そうだが? ていうか、もう自衛どころじゃないだろ」

「まだやれることがある」

「なんだ?」

「市民の避難誘導を」

 口が開きかけたが、真面目な顔で、

「九頭竜はやはりイカれてやがる。お前を殺そうとした俺に普通頼むか?」

「いや真面目に言ってるんだが? あんた自衛官だし」

 安芸は考え込み始めた。無理を言いすぎなのは分かってはいる。鬼に人を捨てるなと馬鹿を言っている。

 それでも今の時代の鬼は変わらなければならないんだ。

「安芸さん、あんたは国民を守るために自衛官を選んだんだろ?」

「俺に、鬼の俺に、人を守れと?」

「何かおかしいかな」

 安芸は大きな声で笑い出し、大きく咳き込んでから息を整えた。

「お前は本当にナナキ様なんだな。俺は昔、お前の下で働いて死んだんだ。懐かしいよ……ああ、懐かしい。これは助言だが、綾姫の方の奴らは死刑を待っていた犯罪者集団だ。早く行ったほうがいい。横浜あたりで緊急停車しているから時間はないぞ」

「有難う」

「礼はまだ早い。俺はこれから鬼化した連中を集めるが説得出来るかどうかわからん。できりゃあお前の指示に従おう。出来なかったら俺は逃げるぞ。一人じゃ手に負えん」

「そん時は俺のところに」

「誰が好き好んで爆心地に行くかよ」

「だよなあ」

「そこの坊主」

 安芸は由良を指差した。指された由良は辺りを見回し「僕か」と苦笑いをした。

「お前は俺を簡単に殺せるはずだったのに命を拾わせてくれた。感謝する」

 由良は肩をすくめて見せて真顔になると、

「皆さんが殺すだの殺さないだの、物騒すぎるだけです」

 安芸は再び考え込む。由良の言葉だけじゃない、今夜起こった事象や己の動揺や葛藤、それは昨日まで人として生きていた事は紛れもない事実として心に残っているからだ。

「お前らは何がしたい? 何者になろうとする?」

 俺は躊躇しなかった。答えは既にある。

「俺は大事な(ひと)を救いたい」

「彼女か?」

「あー、片想い」

 安芸はまた吹き出して笑う。こんな事態で言うことでもないしな。

「そして」

 笑い涙を湛えて俺を見た安芸は姿勢を正した。

「俺等は人あらず、鬼あらず。だけど人でもあり鬼でもある。だがそんな括りは止めだ。これから俺等は鬼人(おにびと)になろうと思う」

 安芸は頷いた。その顔は憑き物が落ちたような顔だった。

「鬼人、か。悪くない。俺は行く。今生は綾姫を助けてやれ」

「ああ、そのつもりだ」

「じゃあな、大将」

 安芸はキャップを被り直し敬礼をすると背を向け、去っていく。



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