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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第二話 邂逅

 空を何となく探し始めて一週間目。友人たちにも見かけたら宜しく頼むと言ってあるが、それらしき人物の情報すら届かない。


 水無月空。

 父親は大学教授。なんと俺達が通っている大学に在籍していたと高坂が教えてくれた。母親は宮司の家系で空を生んだ時に亡くなったらしい。本人に聞いたわけじゃなく、うちの母親の子供の時分から、空の母親は街では有名人だったらしく「水無月んとこの茜」と言えば「ああ、あそこの嬢ちゃんか」と定型文になる程、名家だっとか。だがあまり良い噂ではない話もある。


 獣憑きの娘。


 馬鹿な話だ。噂のお嬢様は知らないが、娘である空は、大人しく、弱々しく笑う女子だ。凶暴性から反対のベクトルに振り切った可愛らしい子だ。あれ、なんとなく俺キモいなと思いつつ、ランニングの足を止め、首にかけたタオルで顔の汗を拭く。


  グラウンドを囲む背の高い緑色のフェンスの向こうでは部活動に勤しむ高校生達が汗を流していた。

 かって自分も向う側にいたグラウンド。一年前、いやまだ一年も経ってもいないのに懐かしさが溢れてくる我が母校。ここに来たのはたまたまじゃない。普段のランニングコースを大きく外れている。


 空を探す、と言っても接点は学校しかない。漠然と探すより、まずは空の生活圏内辺りを見てみようと思ったが、考えてみれば、俺は空の事を何も知らないのだ。

 好きな食べ物。好きなファッション。音楽や本。

 ああ、本は好きだったな。日本語で書かれているのに俺には読めない本とか。

「アメフトは頭脳戦ですよ? 勉強も必要です!」

 と、怒られたっけ。

 くすりと笑っていたら、地べたに座った若い女性が視界の端に見えた。夕方とはいえまだ暑いこの中、厚手のパーカーのフードを深くかぶっているがダイエット中の女性だろうか。こちらをちらちらと見てくるがなんか警戒されてる? たしかにフェンス越しに高校生を見てニヤニヤしていたら変質者に見られてもおかしくはない。というか変質者だな。ここは慌てず軽く会釈して離れよう。

 学校に背を向け、歩き出しながら頭を下げると、その女性は脱兎のごとく駆け出したが派手にコケていた。

 そんなに怪しいか、俺?と、思いつつ「大丈夫ですか?」と声を掛けた。

「だだだだいじょうぶです!」

 その声を聞いて思考が停止。

 いたよ、空が。

「あー。空?」

「人違いです!」と背を向けたまま首を横に振る。

「あ、そうか。人違いか。すまんすまん、空」

「いいえ! ではこれで!」

「騙されるかああ!」

 手を掴もうとしたら突然振り返り「あ、高坂先輩ご無沙汰しております」と俺の肩越しに向かって挨拶をした。何ぞと振り返ると誰もいない。


 騙された。

 その隙に空は交差点を渡ろうと越え全力疾走していた。

「現役コーナーバックの脚をナメるなあ!」

 一歩踏み出す毎に速度を上げる。自分の心臓が唸りを上げる。てか、何だこの違和感。いつもより早いぞ。交差点半ばで追いつきそうになり空の肩へと手を伸ばした。

 その時俺の耳にブレーキ音が聞こえてくる。左手を見ると青ざめたドライバーと目があった。

 うむ、これは間に合わん。空を抱えて車に背を向けた。

 母さんごめん。じいちゃんに会いに行く。とか結構考える時間あるなあと思っていたら衝撃の後、視界がアスファルトと茜色の空がくるくると変わり止まった。

 俺を轢いた車が一瞬止まったが、タイヤを鳴らしながら去っていく。そして去りゆく車の後に空が落ちてきた。我ながらすげえ。車の衝撃を利用して空を空中に放り投げたが上手くいくとは。

 が、空は動かない。感覚だがそこまで高く上げていないはず。そもそも人間の腕力には限界がある。

 俺の手は動くか? 

 うむ。

 立てるか?

 立つさ。


 膝に手をつき立ち上がる。切れた額の傷から垂れた血がアスファルトを濡らしていく。ふらつきながら空のもとに行くと、空をそっと仰向けにした。首筋に指を当て脈を見るがうまく行かない。脈がないとか気の所為だ。思い切って心臓辺りに耳を当てた。額の血が空のパーカーに跡を残す。あれ? これ、胸に顔を埋めたとか勘違いされるパターンか? と変に慌ててると異変に気づき顔をしかめる。


 心臓が動いていない。

 パニックになりかけたが、とにかく心臓マッサージだ。自動車学校で教わった応急処置の講習を思い出せ。

 おそるおそる空の左胸、じゃない、もっと体の中心部のほうだ。教わった場所に手を当て左手を添える。

 なんか視線を感じたので空を見た。

 うむ。起きている。

 空の目が俺の顔と胸の上の俺の手を交互に見て、頬を紅潮させると目に涙を浮かべた。

 すまん、俺も泣きたい。気を失っている女の子の胸に手を当てている変質者だよな、これは。


 突然、手に鼓動を感じた。空の心臓の鼓動じゃない。慌てて胸から手を離すと手の先から足の先まで痺れ、いやこれは麻痺か? 

「先輩?」


 激しい頭痛が襲ってくると意識がフラッシュバックとシェイクされていく。

「もう! 綾はもう子供じゃないんです! 子だって産めるんですよ! さあ、抱いてくださいまし!」


 空、ではない。空はそんなこと言わない。※△が仰ったんだ。いや誰だ?

 あー、夢というか、俺、死ぬのか。


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