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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第三十六話 鬨の声

 草薙童子は眼下の燃え盛る街並みの中を逃げ惑う人々を見下ろす。

「何故だ。こうも脆弱な生物がカビの様に、何故地表を埋め尽くしておるのだ。この体が再生後、再び現れるかと案じていた神人が何故おらぬ? 己の作り出した醜悪な虫どもを見限り、天の浮舟でこの地を去ったのか? さもあらん。ああ! さもありなん!」

 義覚と義賢は頭を垂れ、目を伏せた。

「遠野に参るぞ。城を築く」

 義賢が立ち上がると耳に指を当て、ワイヤレスの通信機で短い会話を交わした。

「は。我らに付き従うものに元自衛隊員で構成された部族がおります。露払いを任せても?」

「この時代の侍か。面白い、それは面白い。鬼がこの時代の武具を使うと何が出来るのだろうな」

「天下布武、で御座いますよ、お館様」

 草薙童子はさして面白くもないように鼻で笑うと、ふと真顔になる。

「その者どもから数名選んで、兄を連れさせてこい」

「捕縛ですか」

「……いや。命はどうでもいい。俺の話を聞かせるだけだ、首だけでよい」

「御意」

 義賢の己の知らぬ伝令手段を用いて何やら命を下すのを見て「何も変わっておらん」と呟いた。

「結局、平穏な時代なんて夢幻なのだ、兄上。戦はまだ死んでおらぬじゃないか」

 草薙童子は見えぬ姿を探すように遠くを見て目を細めた。

「穏は、穏非ず! 我らは鬼人、この地の正統なる主! 今宵の月光の下、目覚めたれ!」


 二度目の波動が大地を伝わり、微震すら起こした。

「暫くは私も動けん、後は頼むぞ。前鬼、後鬼」

 力が抜け地面に倒れ込む前に前鬼、義覚が草薙童子の肩を支えた。精を着き果たし老人のような顔立ちになっても眼は煌々と滾っている主を見て、牙を剥き出しながら微笑んだ。

「お任せを。義賢、ヘリを呼んでくれ」

「もう呼んでるよ」

 普段のだらし無い姿から想像出来ないほど義賢の手際の良さは今更ながら嘆息させられる。例の部隊を仕立て上げた事も義覚は気付けなかった。

「なあに? 惚れ直しちゃった?」

「そうだね、君はいつも予想外で面白い」

 相手の舌を噛み、お互いの血を啜る接吻は鬼特有の愛情表現なのかは本人達にも知らずにいるが、現世は奇跡的な邂逅だった。故に何時もより熱く深い。その甘い衝動を抑え、前もって用意していた本皮製の車椅子で静かに眠る主を乗せヘリを待つ。


「家畜にすら勿体ない人間だけど、美味しいのよね」

「沖縄辺りに放り込んで繁殖させればいい。世話なんかしなくて奴らは勝手に増えるさ」

「ええーやだよ、あそこはリゾート地にするんだから、汚くしないでよ」

 義覚は苦笑いをして義賢の頭を撫でた。

「まずはくそ忌々しいナナキをやるよ。全部それからだ」

「ナナキより清明を食べたい」

「転生してるが記憶を戻していないな。奴の気配が感じられない」

「卜占?」

「ああ」

「思い出すまでは食べてやるものか」

「そうだね。眼球を引っ張り出して自分の体が喰われるさまを見せてやろう」

「それ、いいね!」

 上空のヘリを見上げて義覚は目を細めた。

「お館様を頼んだよ。ナナキを片付けてくる」

「いってらっしゃい。うちらの駒はもう盤上よ。向こうで合流させるわ」

「そうかからないと思う。三日もあれば遠野に戻れるはずだ」

「分かった」

 義覚は屋上から一歩踏み出すと、三百メートルもの高さから腕を少し広げバランスを取りながら落下し、轟音と共に着地した。その衝撃で足元を中心に大きな亀裂を作り上げた。

「ナナキなんてどうでもいい」

 先程の屈辱を思い出し、側を駆け抜ける男に視線を送ると、炎がその身体にまとわりつき不幸な犠牲者が一人加わった。だが今となってはただの数でしかない。これから増加する犠牲者はいずれ犠牲者としては数えられなくなる。

 

 死体か、鬼か。

 簡単すぎる選別だった。

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