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鬼人御伽  作者: 宮﨑 夕弦
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第一話 失踪


 大学に入って一年目。(はばき)市は今年も暑い。梅雨も明け、七月に入ってからは猛暑続きだ。アメフト部の練習も一年の俺は雑用も多く、自主トレでなんとか補いながら先輩方に追いつくのが精一杯。


「高校んときは先輩、先輩、って呼ばれて浮かれてうぬぼれて。今更ながら天狗だったのかと思うんだ」

「韻を踏んでんじゃねぇ。勝っても笑わん、負けても泣かねぇ。風鈴、お前後輩からなんて呼ばれてたか知ってるか?」

「知らん」

「梵天さんだぞ?」

「鎺寺に祭られてるあの像?」

「んだ」

「心外な。梵天さんに失礼だ」

「確かに。まだあっちの梵天さんのほうが笑ってら」

 昔、俺を虐めていたグループのリーダー格、高坂隆の首根っこを二の腕で締め上げる。

「ぎ、ぎぶぶぅ」

 高坂が変な声を出し始めたので開放すると後ろから本来可愛らしい声が、苦々しく「キモい」と囁く声が聞こえた。

「おう、八月朔日奏(ほずみかなえ)。こいつとデートだったか。さっさと連れていってくれ」

 高坂は現役高校生の彼女を持つけしからん奴で、奏は俺達が高校時代の時の後輩だった。しかもスーパーアメフトオタクで教師と監督の座を争って勝ち取ったガチ勢だ。

「違うっす!」

「あー、部の悩みか? いま暇だから聞くぞ?」

「それは好都合です!」

「お、おう」

「あー。えっと」

 元気が服を着て歩くような奏が少し言い淀んだ。

 ふと記憶の中の奏が、すっくと立ち上がり親指で自分の首を掻き切る仕草をした。そう、その後必ず「やってください」と指示を出してくる。敵のランニングバックを殺せ、と。俺はいつも苦笑いで自分のヘルメットを叩いていた。

 そんな奏が、らしくない(表情)を見せる。

「らしくないな?いつものようにキルサイン出してくれ」

 奏の頭を撫でると「やめてえ」と少しはにかんで笑った。

「風鈴、てめえ! 俺の彼女に!」

「涼風先輩はいいんだよ!後輩の特権だ!」

「お、お前、ほ、本当に俺の彼女だよな?」

「痴話喧嘩は後だ。言いにくい事か?」

「まあ、何と言うか。空、の事ですが」

「あー……。そうか」

 そりゃ言いにくい。卒業の時に告白して玉砕した相手だ。その時以來、高坂すら話題に出さずに腫れ物状態の話題だった。だが、今このタイミングでその話題はない。


 一週間前に起きた連続殺人事件。その被害者に空の父親が入っていた。


「でも先輩なら気にしてるかなって」

「事件の事なら、まあそうだな。そ、空だからじゃないぞ! 後輩が辛い目にあったんだ、気にして当然だ」

「わかりやす!」

「二人でハモるな!」

「まあ、あの事件、ちょっと変なんですが公開されていない情報があって」

「親父さんネタか?」と問うと、記者の父親を持つ奏が頷く。

「変死、なんですよ。空のお父さん」

「待て、それを空は目撃してるのか?」

「通報したのは本人ですし。そして多分、それと関係していると思うんですけど」

 奏が目を伏せた。睫毛に涙が溜まり地面に落ちていく。

「空が何処にもいないんです。事件の状況から女性の力では不可能な、殺害、被害状況らしく空が疑われているわけじゃなくて逃げる理由もないはずなのに。先輩も知ってるでしょ、空にはお父さんしか身寄りがいないこと」

 奏の親友、水無月空。俺が初めて告白した相手。

 高校時代、我がアメフト部を地区代表までにのし上げた、天才アナリスト少女。将来のスポーツアナリストとして各分野から既に声がかかってるとか。


 高校卒業の帰りがけ、最後に部室を掃除していた時に空が挨拶をしてきた。

 勢いで告白をした。

 そんなつもりはなかったが、もう、うっかりとしか言いようがない。

「私は、その、自分が何者か分からないんです。先輩の言葉、嬉しいです。けど今は、まだ無理、というか、あのごめんなさい!」

 その時の空は言葉を選びながら俺を傷つけないように謝り、困った風に笑ってから、そして何か言葉を探すように目を逸らした。


 空がいない?


「先輩! もしかして空は犯人に!」

「変なこと考えるなよ。頭がいいあいつの事だ。そうしなけばならなかったから、そうしてる。だろ? お前が一番分かってる事じゃないか」

 奏は一回頷いて「うん。です」ともう一回頷いた。

「一人で探そうとするな? 俺は用事を思い出したから帰るぞ。お邪魔だろうしな」

 手を上げて去ろうとする俺に高坂から声を掛けられた。

「夜は危ないからな。早めに切り上げろよ」

「何の話だ?」

「いや、お前なら夜通し探しかねないから」

「ちげぇわ!」

 そう言って足早に立ち去るが「わっかりやす!」と後ろの二人の声が聞こえた。


「まあ、探すんだろ? 涼風風鈴」

 悩むまでもない。無駄ですらある。

 俺はまだあいつに惚れてんだから。

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